69.ノアの事情
(クッソー!!!)
ノアは怒り狂いながら、シュタイナーの部屋で、檻の中の動物のように行ったり来たりしていた。
リーゼロッテは花の香りで寝入ってしまい、手際良く運ばれていった。そしてノアはこの部屋に放り込まれた。
(何なんだあいつ、バケモノなんじゃないのか!?)
ジークハルトはにこやかに、
「君は見どころがある。ちゃんと教育してあげるから、今は大人しくしてろ」
と、リーゼロッテを人質のようにしながらも、とても穏やかに言ったのだ。
騙し打ちに人質、ノアもリーゼロッテもそんなに鈍感ではないが、ジークハルトの企みには気がつくことが出来なかった。
ノアは魔王の種だから、欲望というものに敏感だ。欲望というものは、その時々で量も内容も変化する。
この城でも様々な欲望を感じていた。
アデルハルトの自分が中心でありたいという欲望、シュタイナーのリーゼロッテを自分のものにしたいという欲望(ただしそれは、鉄の理性で抑えられていた)、クラウゼヴィッツ卿の評価されたいという欲望。
そして昨日から激しくなった、リーゼロッテの魔力が欲しいという欲望。
しかし、ジークハルトからは欲望を全く感じないのだ。彼は当主になりたいと思っているわけではないし、リーゼロッテと結婚したいとも思っていない。
少なからず、大それた行動には欲望が影響するものだ。だからノアには、ジークハルトの行動が読めなかった。
おそらくリーゼロッテも、ジークハルトからは敵対心が感じられなかったから、素直にお茶を飲んだ。
「くそー!!!」
今度は悪態を声に出して、どんどんと足を踏み鳴らした。
そうしても、誰も来やしない。唯一ラッキーなのは、ノアがこの部屋から出られないと思われている事だ。だから多分、外に見張もいないだろう。
ノアはぽすんと、ソファーに座った。クッションを抱え混んで眉根を寄せた。
これからやらなければならない事ははっきりしている。とにかくリーゼロッテのところに行って、魔力を分けてあげなければ。
だいぶ供給を減らしていたから、早くしないとまた魔力切れになってしまう。
普段なら、欲望を辿っていけば見つけられるが、眠っていると難しい。
誰にもみつからず、この広い城で、リーゼロッテのところに行けるだろうか。せめて起きてくれれば。
「ううう」
魔力なんて、もっとあげておけばよかった。そうすれば、もう少し時間があったのに。
今の量だと、全く動かなくても、夜には切れてしまうだろう。
苦しむリーゼロッテを思い浮かべて、ノアはきゅっとクッションを掴んだ。
……一つだけ方法がある。確実な方法。リーゼロッテを死なせない、それどころか安全で、多分本人も喜ぶ事。
(リーゼおねえちゃんに、魔王の種をあげる)
ノアはクッションに顔を押し付ける。さっきからどうしても、それを実行する勇気が出ないのだ。
(でも。もしそうしたら、おれはどうなるんだろう)
はじめて、自分が何なのかをよくよく考える。
自分は魔王の種だ、思う。自分が出た後のノアは、元のノアに戻るのだろうか。魔法も使えないちっぽけな子供は、何の役にも立たないだろう。
それでも、リーゼロッテのそばに、いられるだろうか。
(そして、おれはおねえちゃんのなかでどうなるのだろう。消えてしまうのだろうか、それか、心の奥におねえちゃんを押し込めてしまうのだろうか)
もし、心の奥に押し込めてしまうならば。王都に戻ったら身体から出ればいい。他にも欲望を持った人間は山のようにいるし、何ならバットキャットになった時のように、魔石に取り憑いてもいい。
だから、問題ないんだ。
一生懸命、自分に言い聞かせるが、身体が動かない。
魔法を見せるたびに聞いた、リーゼの弾むような声が脳裏に響く。
「ノアは凄いな、天才だ!」
それを思い出すと、ただ怖い。
──何よりも、自分が無価値になるのが。
読んでいただいてありがとうございます。
短いので、今日は後ほどもう一話投稿します。
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