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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第六章 披露宴は交渉から
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68.ジークハルトの都合

一方その頃リーゼロッテは!



 ソワソワしながら、繊細な造りのティーカップにそっと口をつけた。上品な不思議な香りがする。こちらに来てからよくいただく、少しスパイシーなハーブティーだ。

 最果ての村で食べたベーコンが思い出される。しかしまさかあの森に……


「リーゼロッテさんは、私とアデルハルト、どちらがふさわしいと思いますか?」

「え?」


 森の事──いや、魔王の種の事を考えていたせいでよく聞いていなかった。

 先ほどの本によると、魔王の種は、最果ての森で、器が来るのを待っているのだそうだ。

 妄執や執着とも呼べるほどの欲望があれば、魔王の種を身に宿すことができる。そうすれば、願いを叶え、膨大な魔力が手に入るという。


 魔力が欲しい。思った通りに動ける身体が。強い力が。生まれ持ってこなかったのだから仕方がないと、常に別の方法を考えていたが、手に入る可能性があるのなら手に入れたい。


 ノアも知らないって言ってたしなぁ。探しに行くしかないよなぁ。


 ……そんな事を考えていたので、優雅に微笑むジークハルトの突然の問いに答えられなかった。


 そうだ、不思議な図書室を出た後、サロンに通されて、お茶をしているのだった。


 このお茶は彼が自らの手で淹れてくれた。趣味なんだそうだ。

 この部屋にも使用人が控えているが、特に手伝いもしない。私とノアのほうがそわそわしていた。


 美しいティーポットを手元に置いたまま、ジークハルトもティーカップに口を付けた。


「次期辺境伯ですよ。私とアデルハルト、候補が二人。アデルが跡継ぎということになっていますが、なかなか成長が見られない、という声もある」


 そんなの、人格なども含めて、どう考えてもジークハルトの方がいいに決まっている。というか、アレより駄目なやつを探す方が難しい。


 しかし、それは部外者が言って良いことではないだろう、とも思う。魔力の差があるとか言ってたし。それにあまり巻き込まれたくない。


「ええと、それは私が口を出すのは……」

「貴女はこの家の一員になるのだし、ここは実力主義が信条ですから。父からも、リーゼロッテさんの意見を聞いておくように言われています」

「はあ」

「私も昨日の一件で、少し考えを改めました。これまでは、多少難があっても、アデルが継ぐべきだと思っていましたからね。しかしまさか完膚なきまでに叩き潰されるとは」


 完膚なきまでには叩き潰せてはいないような気がするが……その前に魔力切れで倒れてしまったし。


 反応に困っている私を見て、面白いものを思い出すように、ジークハルトはくすくすと笑った。


「アデルが泡を吹いて倒れるところなんて、初めて見ました」

「弟君を、その、すみません」

「いえ、あのくらいは必要だったのですよ。父も私も、アデルの我儘には困っていたので。少しは懲りたようで、あれから大人しく謹慎してます」


 ジークハルトは、感謝してますと優雅に頭を下げた。どうやら図らずとも、教育に一役買ってしまったようだ。


「で、どうでしょう? 貴女のご意見は」

「……それでしたら、……アデルハルト……さんが、いろいろと私にしたことを考えれば。私の意見は当然、お分かりになるのでは」


 ……あああ、アレ名前を口にしたくない!


「それは、貴女は私を、ジークハルトの方を選んでくれるという事ですね?」

「は、はい」

「嬉しいなあ」


 ジークハルトは優雅にほほ笑んで私を見つめた。シュタインに似た顔立ちだが、柔和な表情に色素の薄い柔らかそうな髪、魔力を帯びた小麦色の瞳は上品で、改めてみると、この城の主にふさわしいように思える。


 すると突然、後ろからノアが私の肩を引いた。


「ノア、どうしたの?」


 ノアはジークハルトをぎろりと睨んだ。


「……ききませんよ。リーゼロッテ様には、そのくらいでは」

「ふうん、鋭いね。でも、効いたほうがよかったのに」


 ジークハルトはにっこりとノアに微笑む。

 効いたほうがって、何が?


「リーゼおねえちゃん、あいつの目を見ないで。魅了……いや、支配だ」

「え?」


 魔法? 私に? なんで?

 ジークハルトが、私に何かする理由はないだろう?


 ジークハルトは変わらない笑顔で、出来のいい生徒を見る先生のようにノアに言った。


「よくわかったね。君が何かしてるのかな? 今日はリーゼロッテさんの魔力が少ないね。昨日使いすぎたからかと思っていたけど……不思議だな、今日は君の方が魔力が多いね」

「!」

「私はそういうのは分かるんだよ。今まで隠してたの? 主人を守るためかな」

「……わかるなら、おれのほうが強いのもわかるだろ」


 威嚇するようにノアはギロリと睨みつけた。ノアを中心にテーブルクロスや私の髪が、ふわりとたなびく。


「そうだね」


 彼は笑顔を崩さずに指先を小さく振る。


「私は、弱いよ」

「カフッ」


 その小さな咳は、私の喉から出た音だった。


 え? なんだ?


 何か小さなものが、喉につっかえているような……


「ア……?」

「おねえちゃん!?」


 けふ、けふ、と咳き込む私をノアが覗き込もうとする。


「動くな」


 ノアを冷たい声で刺すように制止して、ティーポットの蓋を、音も立てずに開けた。


「大丈夫、悪いものではありませんよ、少し無理をしないでもらいたかったから」


 その蓋の裏には複雑な魔法陣が描かれていた。


「お茶の粉に、とっても簡単な魔法をかけてあるんです。身体の中を綺麗にして、すっきりさせてくれる。ついでに、私の合図で形を変える魔法も」


 息がしづらい。喉の奥で何かがつまり、膨らんでいるような気がする。必死で息を吸うが、ひゅう、ひゅう、と、喉が鳴るばかりでなかなか空気が入ってこない。


「具合が悪いようだ。まだ怪我も治っていないし、明日までゆっくり休んでください。父がパーティーを準備しています。次期当主の発表と、その婚約者の披露宴を」


 何を言ってるんだ……?


「突然で驚くかもしれませんが、古い家なので、しきたりが色々とあるんですよ。代々当主は、本人と配偶者との魔力の総量で決まる。アデルの魔力は私の三倍はあるから、当然アデルとなっていたのですが、貴女がいれば話は別だということになってしまった」

「……は?」

「貴女が選んだ者が、当主になるんですよ。ああ、さすがに、シュタイナーは駄目です。本人には何もありませんから」


 魔力偏重が根強く残っているんだ、と、シュタインは言っていた。馬鹿馬鹿しいが、魔力量は子に引き継がれやすいから、古い家だと魔力の多い嫁を欲しがると聞いたこともある。


 いや、だからって……おかしいだろう。


「そうだ、私を選んでくれた時のために、贈り物を用意していたんですよ」


 ジークハルトが合図すると、控えていた使用人が花束を持ってきた。

 それを、バサリと私の前に置く。


「良い香りでしょう、ゆっくり眠れると思います」


 喉を塞いでいた何かがふっと消え、一気に空気が、甘い薔薇の香りと一緒に肺まで入り込んだ。

 そして、とてつもない眠気に襲われ、私は夢の中に引き摺り込まれる。


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― 新着の感想 ―
シュタインがボケっとしてる間にリーゼの方が危ないことになってる!? ちょっとノアくん大至急こいつらどうにかしてー!
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