7.社交をしてみる
「リーゼ、シュタインは本当にいいの?」
「え?」
ヴィンツェルと組んでステップを踏む。背が同じくらいなので、顔が近い。
白い肌に薄く施された化粧。ふんわりと香水の香りが漂う。私よりよほど美しい。貴族の紳士たる洗練された優雅さだ。
そんな美しいヴィンツェルが、囁くように聞いてきた。
「いいならいいけど。……リーゼ、今日は驚いたよ、本当に美しいね。まるで淑女のようだ」
「淑女のよう、ではなくて淑女なんだ。ヴィンツェルこそ紳士のようだぞ」
「僕は前から紳士なの」
「はは、そうだな」
ヴィンツェルはあきれたように片眉をあげ、唇に人差し指を当てる。そんな姿も美しい。
「淑女はそんな言葉遣いしないよ」
「ふふ、そうですわね」
「うわ、似合わない」
2人で顔を寄せ合ってくすくす笑う。隠れて食べたお菓子の味を思い出した。
ヴィンツェルは昔から話が上手い。どんな会話でも、彼と話すと楽しくなる。これは、社交界では敵なしだろう。道場では逃げまどっていたが。
「声をかけてくれてありがとう、ヴィンツェル。楽しかった」
「こちらこそ。噂のリーゼロッテ嬢と友達だと言ってもなかなか信じてもらえなくてね。これで少しは僕も目立てるかな」
「メガネを取れば良いのに」
「やめてよ、そうすると変なのばっかり来るんだ」
そんな他愛の無い話をしていると、他からも声がかかり始めた。私は知り合いは少ないので、ヴィンツェルが紹介してくれる。
それにしても。
こうして何人かと話したり、踊ったりしてみると、シュタインの大きさは規格外なのだなと分かる。私はシュタイン以外、見上げるような相手がいないのだ。ヴィンツェルだって小さいわけではない。
ふと、なんとなく心細くなってシュタインを探す。
まださっきの場所にいた。人に囲まれている。頭が一つ出ているのですぐ見つけられた。
仕事の時のような、よそいきの顔をしている。無愛想な雰囲気だが、キリッとして勇ましいともいえる。頑張っているようだ。私も頑張ろうと、気合いを入れ直す。
その時、シュタインがこちらをちらちらとみていることに気が付いた。シュタインも心細いのだろうか。
こちらは大丈夫、そちらも頑張れ、と意味を込めて軽く手を振ってやった。
「おお、さすが聖冠騎士様だ。人気者だね」
ヴィンツェルが感心したように言う。
「ねえリーゼ、あっちに軽食があるよ、お酒も。見に行ってみよう」
そう言ってヴィンツェルは何気なく私の肩に手を回した。力強くもないのに、私の身体がすっとそちらの方を向く。
凄いな、これが自然なエスコートというやつか。
その瞬間。
――ババッ!!
と、音がするほどの勢いで、シュタインが綺麗に二度見した。
「し、失礼」
そしてシュタインは、人をかき分けて猛然とこちらに向かってきた。
「え?」
何を勘違いしたのか、凄い勢いだ。
囲んでいた人たちも何だ何だとついてくる。どやどやと人を引き連れて、私の所にやってくると……
がしっ
後ろから両肩を掴まれた。
「シュタイン?」
ヴィンツェルの手を払いのけるように、くるりと私の身体を振り、ついてきた人たちに向ける。
なんだ? 私を盾にしようというのか? 変な人でもいたのだろうか。
そう思っていたら、とんでも無い言葉が頭上から降ってきた。
「皆様、色々なお話、お気持ちは嬉しいのですが」
シュタインの硬い、緊張した声。それでも朗々とよく響く。
ついていけない私はきょとんとしている。
「私はすでにこちらのリーゼロッテ・ヘルデンベルク嬢と婚約をしております」
「は?」 ……なんだって?
「ですから、縁談などのお話はどうか他の方へ」
シュタインを仰ぎ見ると、平然とした表情を作ってはいるが、目の奥が激しく揺れている。
嫌な縁談をしつこく迫られて、私を盾にしたのだろうか?
しかし、この言い訳だと……誤解を、肯定してしまうのでは??
「やはりそうなのですね! お似合いです! 良いカップリング……ゲフンゲフン、御関係ですもの!」
先ほどの伯爵令嬢が嬉しそうにはしゃぐ。「あー尊い」と呟いている。え、どういうことだ?
「そうなのですか……我が家の娘でもそれは太刀打ちできませんな。剣聖のお嬢様ですものなあ」
老紳士……有名な公爵だ、可愛らしいお嬢さんを連れている。ハンカチでつるりと頭を撫でながら残念そうに言った。
「なんだ」「やはりそうだったのか」「では仕方ないなあ」
シュタインを囲んでいた人たちは口々に言う。ヴィンツェルが紹介してくれた私の周りに居た人たちも、何故か顔を見合わせて私達から一歩離れた。
「……ヴィンツェルも、リーゼにさわらないでほしい」
シュタインは、唸るような低い声でヴィンツェルを睨んだ。
「ああ、君がそういうなら、ね」
急にシュタインに鋭い目を向けられたヴィンツェルはさっと手を引いて肩をすくめてみせた。
「僕は勝てない勝負はしないんだ」
……確かに、ヴィンツェルは勝てない勝負はしないタイプだった。
自分より強い人間と試合が組まれないように細心の注意を払っていた。だから強くは無いが、勝率は良かったのだ。そういう戦い方もあるんだな、と感心したものだ。
しかし今はそういう話では無いのでは?
シュタインはヴィンツェルが手を引いたのをみると、鋭い目つきのまま、戸惑っている私の手を少し乱暴に掴んだ。
「……これで失礼する」
「お、おい、シュタイン」
足早に扉の方へ向かう。引きずられるように私も一緒に歩く。
このまま帰るつもりだろうか。せめてヴィンツェルにはちゃんと挨拶したかったのだが、シュタインに容赦なくぐいぐいと引っ張られ、人垣を通り抜ける。
会場は人であふれているが、流れを損なわずに歩くことなどシュタインには容易い。
しかし。目立っている。大柄な二人が、のしのしと会場内を闊歩しているのだ。
淑女は、のしのしではなく、しずしずゆっくり歩かなければならないのに!
ざわざわと周りの声が聞こえる。
「聞いたか、お二人は婚約しているらしい」
「それは……なんというか、パワーカップル」
「これで剣聖殿も一安心だろうな」
「確かに、お似合いというかお互いそれしか無いような……」
概ね、納得の声が上がっている。何というか、恥ずかしい。
シュタインには聞こえないのか、お構いなしにどんどん歩いていく。しかし、私だから大丈夫だが、これは淑女の腕を掴む強さではないぞ……