66.結果、翌日の昼には王都に着いた
胃から何かが上がってきたのを、シュタイナーは必死で抑えた。馬と揺れ方が違う。飛竜は酔わないように魔道具の鞍を装着する。戦いの時、アンチマジック下で乗ることもあるが、短時間だし、その時は興奮と集中で気にならなかった。
自分で手綱を握っていればまた違うのだろう。それにヒョロリとした背中は自分の目線を遮り、見たことのない不思議な動きで揺れている。
アイゼルの愛魔物であるチャッピーは、黒くてヌメヌメした巨大なワニのような魔物だった。馬とさほど速度は変わらないが、スタミナがあり、二日くらい走り続けられるらしい。
「シュタイナー様、そろそろ休憩しましょ」
「い、いや、大丈夫だ!」
酔ったのがバレたのかと、慌てて体勢を起こす。背が低い魔物なので、あぐらをかくような姿勢で乗らなければならないのも辛い。
「さすがに僕が疲れたので。もう少し行ったところに街がありますから」
街に着いたのは、日が暮れて、軒先にあかりが灯り始めた時間だった。
「こんなに長時間乗ったの久しぶりだなぁ」
アイゼルは、街外れの厩にチャッピーを預けると、シュタイナーに晩飯と仮眠を要求した。
街の入り口に近いところにある宿屋に入る。一階が飯屋になっていたので、泊まることを伝えて椅子に座った。
「あとどれくらいだろうか。半分くらいは来たと思うのだが、着くのは明日の夜だろうか」
地図を思い浮かべながら問うと、アイゼルはにこやかに答えた。
「そうですねー、夜明けに出れば、昼頃には着くと思いますよ」
「そんなに早く着くのか!?」
「この先に湖があって、王都まで川がありますからね。チャッピーは泳ぐほうが得意なんです」
「泳ぐ……」
「心配しないでください、ちゃんと背中は水面に出してくれますから」
「……船のような感じか?」
「そうです! 急流を下るのは気持ち良いですよ」
そのルートは考えてもいなかった。確かに早いだろう。
「ですから今日はゆっくり寝ましょう。寝不足は酔いますよ」
城を離れたからか、慣れない移動手段だったからか、久々によく眠れた。
だが、それでも酔うものは酔う。
猛スピードで進む小舟のような揺れは三半規管を刺激し、降りてからもしばらくふわふわして地に足が付かないような心地だ。身体がぐらりとかしいだので、慌てて踏ん張った。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
ぐぐっと胸に力を込めて、何とかまっすぐになる。アイゼルは心配してくれているようだが、ちらちらと視線が王宮の方に向いている。早く行きたいのだろう。
帰路も頼みたい。恩を売っておかなければと思い、シュタイナーはまずはアイゼルを連れて王宮の竜師の事務所へ向かうことにした。
「失礼する。王宮騎士団第七師団長のシュタイナーだ」
「はわわわわわ」
直前まで踊りだしそうだったアイゼルは、扉を開けると急に小さくなってシュタイナーの後ろに引っ込んだ。
「……アイゼル殿?」
「……ァッ……」
アイゼルはシュタイナーの後ろで小動物のように小刻みに震えている。
そこに横柄な……というか、こちらに興味がないことを全く隠さない、面倒くさそうな態度の竜師が対応に出てきた。
「申請ですか」
目も合わせずにもそもそとつぶやいて申請書を出す。
「リ、リカルド・バルツェリオ先生!!!」
「?」
突然アイゼルはその竜師を指さして叫んだ。
「知り合いか?」
「とんっでもないっ!!!」
ぶんぶんと首を振ると、その竜師にがばっと詰め寄る。
「竜族の繁栄についての論文、拝読いたしました! 飛竜様をはじめとする悠久の魔物である竜族がどのようにその長い一生を過ごすのか、情はあるのかコミュニティはあったとしてそれは人と何が違うのか、浅学ゆえコミュニティに属するとは家族愛のようなものかと推測しておりましたがそうとは限らずむしろ人間社会でいうところの血縁関係よりいわばその場限りの学生のコミュニティに近しいと解釈されていた点、目から鱗でございまして!!」
「あ、アイゼル殿?」
見ればキラキラと熱い目で、竜師を見つめている。シュタイナーは戸惑った。初対面でそのように勢いよく話をしては、あまり良い印象を持たれないのではないだろうか。
しかし、竜師は少しだけぽかんとしていたが、意外にもアイゼルのマシンガントークを聞く姿勢を見せた。
「あれを読んだのか。なかなか理解されない点だったな。君は飛竜様のコミュニティの変化についてどう思うかね」
「あわわ! 恐れ多い!! し、素人の戯言とお聞き流しいただければと思いますが東の森のコミュニティに限って言えば10年~20年で移動している飛竜様が多いように思います。ただしどこに移られるのかまた戻ってくるのか法則性があるのかにつきましてはフィールドワークを続けておりまして」
「なんと、現地の竜師殿でしたか」
「そそそそんな大したものではございません!」
アイゼルの挙動不審は今に始まったことではないが、いつもやる気のなさそうな竜師も満更ではなさそうだ。これは紹介が上手く行ったと思って良いのだろうか。
「ええと君は」
「はっ、私は東の森で竜師をしておりますアイゼルと申します」
「アイゼル君。……少し時間があれば、研究室を案内しよう」
「ひええええええ」
悲鳴のような返事をして、シュタイナーの事は最初からいなかったかのように、アイゼルはリカルドについていってしまった。
……後で迎えに来ればいいだろう。こちらも急いでいるのだ。リカルドというらしい竜師にアイゼルを任せて、シュタイナーはそっと部屋を出る。アイゼルの興奮気味の声が廊下にもわずかに聞こえた。
シュタイナーは気持ちを切り替えて、騎士団の事務所へ向かう。




