65.魔物使いの厩にて
「あ、あれ!? シュタイナー様」
門から出てきたヒョロリと背が高い男は、シュタイナーを見て目を見開いた。
シュタイナーも驚いた。それは調査隊を案内してくれた竜師のアイゼルだった。
「わ、私何か、ええと、何か、しましたか? あっ、シュタイナー様たちを置いて先に逃げたことですか!? あ、あれはゼノン様の指示でっ! り、竜師というのは魔物使いの上位職とはいえ契約関係が得意でしてそこにいる魔物を魔力で操るのは不得手なのです私も例外なく知恵ある魔物と対等に契約する事を得意としており魔物が跋扈する森の真ん中で戦うのは……」
「ちょうどよかった!!」
シュタイナーは幸運に感謝した。
まさかここで知り合いに会えるとは!!
アイゼルは、相変わらずおどおどしている。シュタイナーは話を聞かず、アイゼルの手をがしっと握った。
「なっ! い、痛っ」
「頼むアイゼル殿!! 魔物の騎獣をお持ちなら、貸していただけないだろうか!」
「えっ」
「いっときも早く、王都に戻らなければならない。急いでいるのだ、馬だとどうしても三日はかかる」
「えっ」
「ここでお会い出来たのも何かの縁だ、礼はもちろんする、どうか……」
「えっ、」
「頼む、この通りだ!」
ザッと音を立てて、シュタイナーは片膝をついた。そう軽々とついてはいけない騎士の膝だが、この時ほど自然についたことはなかったかもしれない。
「えっ、嫌ですけど」
しかし、無情にも掛けられた少し間の抜けた声に、シュタイナーの涙腺は崩壊した。
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シュタイナーは勧められるまま、薄く綿の入った敷布が乗った椅子に腰掛けた。
気が張り詰めていたのだ。ヤケになっていた部分もあったのだろう。この短時間で、馬もずいぶん走らせてしまった。冷静になれば、これでは三日も持たないし、替えの馬を手配もできたかわからない。
アイゼルは滂沱の涙を流すシュタイナーを家に通して、馬には塩と水をやってくれた。
その優しさにまた涙が出る。そして自分の情けなさにも、また。
しかし、涙と共に固く詰まっていたものも流れて取れたようだ。自分は何をしているのだろう。
冷静になってくると、ただ恥ずかしさが残った。
「お、落ち着きました?」
小さな丸太小屋はシュタイナーの実家の部屋よりも狭いが、居心地のいい空間だった。
濃い色の木の壁や家具に、所狭しと飛竜の絵や模型が並んでいる。中には木彫りの、手作りらしい小さい竜もいる。大きな鱗のようなものは本物だろうか。
アイゼルは木のマグカップに不思議な香りのする茶を入れて、シュタイナーの前に置いた。
「すまない……恥ずかしいところを」
ぐす、と、鼻をすすり暖かい茶を一口飲んだ。生臭い枯草のような味がしたが、不思議と不味いとも思わなかった。
「お心遣い、感謝する」
「はは、まあ、……聖冠騎士様に戸口で泣かれちゃ、誰だってお茶くらい出しますよ」
「すこし気が滅入っていたようだ。おかげで落ち着いた」
「そのお茶、飛竜様の寝藁がブレンドされていて、気持ちが落ち着くんですよね」
「……」
シュタイナーは騎士として学んだ礼の精神と硬い意志で、表情を変えずにもう一度口をつけた。
「シュタイナー様は、どうして、その……お泣きに?」
「ゲホッゲホッ」
気を遣いながらも言葉がみつからなかったのか、いきなり直球で問いをぶつけられて、咳き込んだ。
鼻の奥に茶が入って、少し辛い。
「だ、大丈夫ですか? 変なこと言ってすみません」
「いや、当然の疑問だ……王都に戻るのだが、厩舎から魔物の声が聞こえたので、騎獣を貸していただきたいと思って立ち寄った。まさかアイゼル殿がいるとはおもわず……知り合いの顔を見て気が緩んだのだろう」
「そんなにお急ぎなんですか? 任務ですか?」
「任務なら飛竜を頼めたのだが、自分の話だ。……結婚の話が決まったので王都に報告に行かなければならないのだが、彼女を辺境伯家に残しているのだ」
「はあ、あの、副官殿ですか。ご結婚されるのですね、おめでとうございます」
アイゼルに相槌を打つように言われて、シュタイナーはそれだけで赤くなった。
すぐに相手が誰だかわかったと言うことは、任務とはいえただならぬ関係のように見えていたのだろうか。改めて言われると面映い。
「しかし、辺境伯家にいらっしゃるなら、そこまで急ぐ必要は無いのでは? ご実家ですよね?」
「そ、そうなのだが、その……」
誤魔化すように茶を一口飲む。
アイゼルは領民なのだ。余計なことは言ってはいけないと思う。だが、これでは騎獣は貸してもらえない。
シュタイナーは部屋の中の様子をちらちらと伺う。なんとか誤魔化せないだろうか。
「……アイゼル殿は、飛竜がお好きなのだな」
「ええ! 数年前にやっと竜師になれまして。とはいえ、この辺では、あまり飛竜様に関わる仕事もないで、本業は、魔物使いのままですけど。先日はとても嬉しかったのですよ、シュタイナー様も、もっと帰ってきてください、飛竜様で!」
「王都にはいらっしゃらないのか」
「ああ、王宮の竜師に、憧れていたこともありましたが」
竜師で専業って、そのくらいしかないんですよねと、アイゼルは少し照れたように頭を掻いた。
シュタイナーはごくりと喉を鳴らした。こういうのは苦手だ。だが、……自分は、できる地位、ではある。
ヴィンツェルの顔がよぎる。あいつならもっと上手くやるだろう。自分はそんなに器用ではない。だが……
「も、もしよければ、紹介させて頂こうか」
「え?」
「……俺は、急いで王都に行きたい。協力していただけたら、竜師の部門に、アイゼル殿を紹介することくらいはできる」
「え!?」
「だ、だから、騎獣を……」
「いいですよ!」
先程の無情な声とは同一人物とは思えないほどの明るい声でアイゼルは答えた。
「ただ、チャッピーは、シュタイナー様じゃ乗れないと思うので、私の後ろでよければ」




