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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第五章 ご挨拶は療養から
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60.鉄のハルバード

 

「これはこれは、リーゼロッテ様ではないですか。愚弟はもう出発しましたかな?」


 にやにやと笑うアデルハルトの顔には、もう殴られた跡はない。傲慢な表情に煌びやかな刺繍の重そうなローブ。上位の魔術士のような格好は先日と同じで、目があっただけでぞわりとした。


「謹慎中とお聞きしていたが」

「父上は不在です。だから今は私がこの城の主だ。誰も命じることなどできない」


 無遠慮にこちらに歩いてくる。マーサは礼儀正しく傍に控え、ノアは私を庇うように前に出たが、アデルハルトは全く気にかけず、私に歪んだ笑顔を作ってみせる。


「……ジークハルト殿は?」


 クラウゼヴィッツ卿が不在なら、長男のジークハルトがいる。私がこの城の主? 何を言っているんだ。


「この家の後継は私ですよ。この家は、生まれた順ではなく、能力を正しく評価する。ね、兄上」


 アデルハルトは後ろに従えた一人を紹介するように、前へ押し出した。

 それは長男のジークハルトだった。困ったようにへらりと愛想笑いする表情は、卑屈そうでも嫌そうでもなく、弟の従者のような立場を受け入れているようだった。


「ジークハルトさん?」

「リーゼロッテさん、アデルの魔力は並外れていてね、次期当主として期待されている。君もこの家の一員になるのなら、共に支えてほしいんだ」


 は?


 諭すように言われた言葉がすぐに理解できない。


 次期クラウゼヴィッツ辺境伯は、長男のジークハルトではなく、こいつなのか? 魔力量が多いから? そんなバカなことあるか?

 驚く私に得意げにアデルハルトは笑う。


「ヘルデンベルク家はシュタイナーが欲しかったんだろう? それは叶ったのだから、貴女はこちらで暮らすといい。夫が離れている寂しさは、私が埋めて差し上げよう」


 つま先から頭のてっぺんまで、舐めるような視線を感じる。ぞわぞわと背筋を毛虫が這うような不快感が身体に走った。


 つい、救いを求めるようにジークハルトを見る。今この状況でアデルハルトを黙らせられるのは、立場的には彼しかいないと思うのだが……

 なのにジークハルトは幼い弟を見る目でアデルハルトを見て、困ったように、私に言った。


「リーゼロッテさん、アデルはあなたが気に入ってるんだよ。仲直りしてやってくれないかな」


 ジークハルトの目は本気だった。あの夜の一件を知らないわけではない。知っていて、子供の悪戯と同じように思っている。


 ……これは困った。……今、味方は、いないのか。


 私の狼狽を察知したのか、ノアがすっと手を離して私を守るように立ち塞がった。


「マーサさん、おじょうさまを、お部屋につれていってあげてください」


 そうだ、あの部屋は他の家族も入れない。部屋に逃げ込めば……


 しかし、アデルハルト達は私たちを阻むように廊下に広がったまま、動く気配はない。

 アデルハルトはノアを嘲るように鼻で笑うと、つかつかとこちらに近づいてきた。


「お疲れならば、私の部屋で休んでいただこう」

「ねえちゃんに近づくな!」

「邪魔だ」


「!?」


 ノアが威嚇するように叫んだ時、ぶわっと、アデルハルトを中心に、小さな爆発が起こった。


 突風のような衝撃が辺りに奔る。


 私は咄嗟に足を踏ん張ったが、ノアとマーサは吹き飛ばされた。


「ノア、マーサさん!」


 魔力を、瞬発力を意識して脚の速筋に編み込む。ノアを受け止め、マーサを抱き寄せた。


 危ないところだった。ちょうど鎧が飾ってあって、突っ込むところだったのだ。


「大丈夫?」

「おねえちゃん」

「あ、ありがとうございます」


 あちらを見れば、ジークハルトが従者たちを守るように立っている。魔法の盾か何かを展開したようだった。


「なんだ。魔力はあるが使えないと聞いていたが」


 アデルハルトは少し目を丸くした。私が動けるとは思っていなかったのだろう。だとすると、この魔法は私も吹き飛ばすつもりだったのか。


「見事な身体強化だ。そうか、先日、私を倒したのはお前か」


 アデルハルトはそう自答すると納得したように笑った。


「……そうだよな。まさか私がシュタイナーごときに、傷つけられる訳がない」


 ニタニタと気持ちの悪い笑み。どうやらシュタインにやられたわけではない事が嬉しいようだ。

 アデルハルトはその気持ちの悪い目を、べたりと私に向ける。


「ならば躾には、このくらい必要だな」


 じゃらり、と、音を立てて、重そうなマントの中から太い鎖が現れた。猛獣でさえ繋ぐことができそうな鎖は黒く、窓からの陽を受けて鈍く光る。


 金色の目が深く輝く。鎖が蛇のようにゆらりと動き出した。


「大人しくついてくるか? 鎖で繋いでやろうか?」

「……悪趣味だな」


 ここまでされたら、義兄だとかシュタインの顔を立てるだとか、考えなくていいだろう。

 シュタインはもう、うちの人間になるのだ。ひと段落したらこんなヤツ、縁を切ってしまえ!!


 そう思うと吹っ切れた。二度と、ふざけた事を言えないようにしてやる。


 壁にはいくつかの武器が飾られている。剣、弓、盾……どれか借りよう。とてつもない力が使えるのだ。せっかくなら……

 私は全てが鉄でできたハルバードを手に取った。長い槍には片刃の斧がついている。全身鉄の鎧をまとった騎士が、馬上から相手の鎧ごとぶった切るための武器だ。


 私の手には少し太いが、指は回った。当然だが、かなりの重量がある。力だけでは到底持ち上がらない。指、腕、肩、背、腰……魔力で必要な強化を施し、片手で鉄のハルバードを壁から外す。


 鉄と岩壁がこすれて、ぎゃりっと嫌な音がした。


 私はそれを、まるで木でできた簡易な槍のように、片手でぐるぐると振り回してみた。


 女の力では……いや、男であっても、こんなことをしたら肩が外れるだろう。


「……はははっ」


 これは、気分がいい。こんなこと、シュタインだってできない!


 ずっしり重いハルバードを、アデルハルトに向かって両手で構えた。そうだよ、私は自分で戦える。シュタインに守ってもらう必要などないんだ!


 試合相手に向かい合った時の、腹の底から湧き上がる高揚感。久しぶりだ。ああ、とても気分が良い!


「それは飾りだ、行儀が悪いな」


 不機嫌そうに片目を歪めて、青筋を立てるアデルハルトを挑発して、私はこう言ってやった。


「来い。私に勝てたら、言う事を聞いてやる」


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― 新着の感想 ―
暴れん坊(物理)系悪役?令嬢がとってもよき。 悪役令嬢ってなんだっけ?は今のところ置いときます、気にしたら負けるような気もするから。
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