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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第五章 ご挨拶は療養から
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58.見送り


 旅の準備をして馬を出して、後は出発というだけなのに、シュタインは鐙に足をかけずにぐずぐずしている。


「やはり、リーゼを置いて俺だけ戻るのは嫌だ。父上に掛け合ってくる」

「フォルクライ卿との約束も、一か月という事だっただろう、そんなに悠長にしていられないのではないか?」

「……しかし、しかし」


 目覚めてからすでに三日もたっていた。


 早く戻れと言われても、私が心配だとなかなか出発しようとしない。

 飛竜なら1日だが、馬なら飛ばしても3日はかかる。飛竜との契約は国のものだから、早く戻りたい理由が私用だと使えない。


 フォルクライ卿の約束に、もし間に合わなかったら。あの親子は何を言い出すかわからない。もう猶予はないのだ。


「……私も一緒に戻ろうか」

「いや、まだ心配だ。長旅は全快してからにしてくれ」


 身体を動かすコツは掴んだ。もう普通に動ける。むしろ好調なくらいだ。魔力はノアと二人乗りしてくっついていればよい。だが、シュタインには、筋肉が落ちてしまった私はものすごく弱々しく見えるらしい。


 この城にいる間、シュタインは私の世話を焼きまくっていた。屋敷内を歩けばおろおろとついてきて、階段があれば抱き上げ、外に出ようとすれば「まだ早い」と、泣きそうな顔で止めるのだ。


 部屋はあのままシュタインと同室だったが、頑として同じベッドに横になる事はしなかった。私が眠るまで見守っていて、朝私が起きるともう起きていた。どうやらソファーで寝ているらしかった。


 そんな過保護なシュタインは、「守るべき対象」となってしまった私が、「馬で王都」など、絶対に首を縦に振らなかった。


「それならお前ひとりで行くしかないだろ。私は大丈夫だよ、普通に動けるし、ノアもいるし。()()は近づけないでくれるって、約束してくれてるし」


()()」とはアデルハルトのことである。名前を口にするのも嫌だ。今あれは、クラウゼヴィッツ卿によって別棟に隔離されている。


「し、しかし」

「ああ、もう、いいから行けって。このままだと本当にヴィンツェルに取られちゃうぞ、いいのか」


 そう言って私はシュタインの胸を叩いた。昔から戯れによくやっていたように、どん、と、拳で胸を突いただけだ。


「うおっ!」


 間抜けな声をあげて、シュタインは尻餅をついた。


「え? はは、油断しすぎだろ」


 いくら細くなったとはいえ、舐められてもらっては困る。そう思って笑ったが、シュタインは驚いた顔をしたままだ。


「……なんだ、これは」


 シュタインの声が震える。ゆっくり立ち上がって、真剣な顔で近づいてきて、……突然、抱きしめられた。


「え? 何?」


 太い腕が背中に回って、ぎゅっと僅かに固くなった。立派な胸筋に身体が押し付けられる。


 お前はいつも突然すぎるんだ、心の準備がっ……


 と、思ったところに、


「振り解いてみろ」


 冷静な声。


 ……なんだ、手合わせかよ!!


 ドギマギした自分が馬鹿みたいだ。

 しかし、そうするとこれは、私に不利な体勢だ。いつかの寝室のように、隙もない。拳で打とうにも、腕も押さえられている。


 大人になって、力に差がついてから、この体勢になれば負け同然だった。

 私が負けを認めるまで腕の中に閉じ込めて、離せ離せと暴れる私を見て楽しむのだ。


 ……こんな不意打ちみたいに、弱ってる私に……優しくするみたいな振りして……!!


 なんだか腹が立って、肘を曲げて力任せに…というか、魔力任せにシュタインの腕を掴んだ。


「ぐっ」


 シュタインの腕が浮く。シュタインが力を弱めたのではない、私が力でねじ伏せたのだ。

 再度掴みかかってくる腕を、ぱん、と、払って、手首を掴んで片手で投げ飛ばした。


 どしんと、地響きを立てて、シュタインは背中から落ちる。


「え?」


 驚いたのは私だ。シュタインに、力押しで勝った?


「なんだこれ」


 改めて自分の手を見るが、やはり細い。今までの努力の後が見えない、白い華奢な腕と指。


「……おねえちゃんは、魔力をつかって身体強化したんだと思うよ」


 見ていたノアが、迷っているような声で言う。


「もともと、身体とか筋肉の使い方は上手だから、魔力が乗ったら相当強いんじゃないかな……」

「へえ!」


 凄いな。シュタインに力だけで勝てるなんて。


 私は気分が良くなって、起きあがろうとするシュタインの腰を掴んで持ち上げてみた。苦もなく、子供を高い高いするように、ヒョイと、持ち上がった。


「リ、リーゼ! 何を」

「あはは!」


 かなり大きくて重いシュタインは、持ち上げられるなんて初めての経験だろう。大慌てだが、暴れると危険だと思ったのか、身を固くしてバランスを取ろうとしている。


 この三日間、いいって言ってるのに、無視してヒョイヒョイ持ち上げられていたのだ。仕返しだ。


 私はそのまま、シュタインを鞍に座らせた。手を離すとシュタインは、慌てて馬にしがみつき跨った。


「強いだろう、安心したか?」

「……ああ。……これなら安心だ」


 シュタインは何やら複雑な表情で、馬上から私を見下ろした。


「……しかし、本当に、無理しないでくれよ。リーゼはどこまで強くなったか試してみたいとか思ってるだろう」


 鋭い。ウキウキしているのがバレているようだ。


「にいちゃん、おねえちゃんの事はおれに任せて」


 ノアがやる気満々な顔で、ふん、と、気合いを入れてみせた。


「無理しないように、ちゃんと見てるから」

「本当に頼む」


 シュタインはノアに真剣に言う。そんなに私、信用ないかなあ。


「……そうだ、ノア、この屋敷には魔法の研究室があって、知識を授けてくれる。もしかすると二人の役に立つかも」


 そう言って隠し扉のありかを告げたシュタインは、最後に泣きそうな顔で、「すぐに迎えに来るから、屋敷から出ないでくれ」と言いのこして、一人王都に戻っていった。


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