6.エスコート、とは
「ヴィンツェル」
割って入るようにシュタインが声をあげた。
「今日は、師匠と奥様に許可を得て、俺がリーゼをエスコートしている」
「うん? そのようだね」
「だから、その、……許可をもらっているんだ」
何やら言いにくそうに、繰り返す。何が言いたいんだ?
「なんだい? まさか婚約でもしたのかい?」
ヴィンツェルが軽い口調で言うと、
「な、あ、いやっ……なんというかそのこれは」
と、激しく動揺している。
ああ、なるほど。合点がいった。
そう思われるのを心配していたのか。
エスコートは夫婦、婚約者、恋人、それがいなければ親族が務めるのが常だ。私はすっかり姉弟のつもりでいたのだが、そういえば弟弟子であって本当の弟ではない。
両親に許可をもらってエスコート……婚約者と思われても仕方ない。
しまった、その誤解はシュタインのためにも解いてやらなければ。
「ああ、ヴィンツェル。シュタインは弟のようなものだから、今日は家族としてエスコートする事を父も母も認めてくれているんだよ。気にしないで」
「ち、ちが……っ!!」
「ああそうか~! そうだよね~!」
「お、俺は、……そのっ」
「前からずっと姉弟みたいだったもんね~」
「……ぅぅ」
シュタインが何か言かけたが、納得したヴィンツェルにさえぎられ、黙った。
ヴィンツェルはにこにこと無邪気な笑顔を私に向ける。
「ねえリーゼ、覚えている? デビュタントの時さ、一曲踊ったよね、僕たち」
「ああ、ドレス姿のヴィンツェル、可愛かったな」
「スーツ姿のリーゼもかっこよかった」
「お、おい、」
「今となってはいい思い出だけど。誰にも言えないしね。あの時の話しない? 今度はちゃんと、男・女で」
ヴィンツェルは意味ありげに、自分と私を指さして言う。
シュタインはおろおろとしているが、お互い二人でばかり話していては、今日の目的は達成できないではないか。
言われてみれば、未婚の2人でこんなところにいるのだ、皆にも婚約者だと誤解されているのかもしれない。シュタインの逆玉も、私の婿探しも、それではうまくいかない。
まずは二人離れなければ!
しかしシュタインは心細いのか、私から離れようとしない。私の背後に取り付くようにしながら、ヴィンツェルと私を見ておろおろしている。
いつもはもっと堂々としているのにどうしたことか。社交界に慣れていないからだろうか。
大きな男が身を縮めているのは少し可愛いが、今日は姉離れして欲しい。
ふと見ると、こちらを伺うお嬢さんがいる。
剣術道場に来るあの伯爵令嬢だ。最近は自分のお気に入りの騎士や訓練生を応援するのが流行っていて、道場に見学席が作られている。不法侵入されるよりは良いとの事。
応援するのを「推し活」とか言うらしい。
一番人気があるのは、何を隠そう私だ。シュタインも結構人気があった。
彼女はシュタイン推しだったはず。私とシュタインが一緒にいると穴が開くほど良く見てたから、私が邪魔なのかな、と思っていた。
こんな機会だ、シュタインと話したいだろう。
どれ、私が一肌脱いでやるか。
「喜んで、ヴィンツェル様。貴方のお話も聞かせて下さいな」
少し大きな声でそう言って、大きな仕草でヴィンツェルの手を取る。
私はシュタインから離れますよ! 今のうちにどうぞ!
「光栄です、リーゼロッテ嬢」
気取った私に合わせて、ヴィンツェルは慣れた仕草で手の甲に唇を寄せた。
その瞬間、シュタインがこちらに手を伸ばす気配がした。
もう一方の手をつかまれそうになったので、反射的に扇子を使って軽く受け流す。
「……!」
シュタインの手が空を掴んだ。たたらを踏むが、さすがに倒れない。
……まったく、こんなところで掴みかかってはいけないことくらい、分かるだろう?
ちらりとシュタインを睨むと、少し傷ついたような顔をしている。
「ちょ、ちょっと待て、俺は……」
シュタインは何とも情けない声を上げる。そんなに単独行動が怖いのか。
このままでは、舞踏会に来た意味がないではないか。そうだ、もう一押ししてやろう。
「シュタイン、そこの美しいお嬢さんにお飲み物を取って差し上げたら?」
「えっ」
そばにいた伯爵令嬢を示して、シュタインにウィンクする。
令嬢は頬を染めてぷるぷると震えている。何て愛らしい。ああいうのが好まれるのだろうな。
シュタインは不意をつかれたように動揺し、私とその令嬢を交互に見ている。よし、これで話しかけるきっかけができたな。
よかったよかった。そう思いながら、私はヴィンツェルに向き合った。