56.家族の許し
「ご挨拶がこのような席となってしまい申し訳ない。ようこそ我が城へ。リーゼロッテ・ヘルデンベルク嬢」
「手厚い療養を感謝申し上げます。クラウゼヴィッツ辺境伯」
クラウゼヴィッツ卿の第一印象は、普通の貴族、というものだった。
シュタインに顔立ちは似ているけれど、雰囲気は似ていない。目がぎょろっとしていて、朝だというのに派手な装いだった。
私の知っているクラウゼヴィッツ卿とは大違いだ。あの人は浅慮だが、純粋で、気高く美しかった。
……? 誰だ?それ。
シュタインは目を丸くして私を見ていた。
どうだ、私の美しさがわかったか! と、何故か少し得意げな気分になる。
シュタインの他にはもう一人、これまた顔立ちは似ているが雰囲気の違う男。長男のジークハルトと名乗った。
影が薄く、普通に話が通じそうな顔をしている。
アデルハルトはいなかった。ホッとしたが、……シュタインに思い切り殴られたのだ、生きているだろうか。
「剣聖殿にはシュタイナーが世話になっていますからな。魔力のかけらもない、なんの取り柄のない息子が、随分と出世したそうじゃないか。生まれた時から、一生養わねばと覚悟していたが、まさかひとかどの人物と言われるようになるとは。……剣聖殿はいったいどのような魔法を使ったのか」
隣に座るシュタインをバカにするように、ため息を大袈裟についてみせる。
……信じられない。自分の息子が、国で最強と言われる騎士になったんだ、普通、もっと誇らしく思うものではないか?
謙遜しているようでもない。まるでシュタインが“どうしようもない存在”であるかのように語られている。
……そんなことを言うな、シュタインは凄いんだ、と喉まで言葉が込み上げたが、ぐっと飲み込んだ。
「はい、父上」
私のいらだちを察したのか、シュタインが先に口を挟んだ。
「剣聖殿は私を実の息子のように育てて下さいました。今の私があるのは剣聖殿の……師匠のおかげです」
キリッとして穏やかな声はいつも通りで、私はほっとする。いや、改めて、こうしてみると。……シュタインて、いい男だな。
周りがいつもと雰囲気が違うから、シュタインを見ると安心するだけかもしれないが。
「そうかそうか。ときに、お前が前に手紙でよこした事だがな、ヘルデンベルク子爵の家に入り、恩を返したい、と」
突然本題に入られてどきりとする。
私達の心情など全く気にした様子もなく、クラウゼヴィッツ辺境伯は上機嫌な口調で言った。
「お前が役に立つのなら、そうするとよい。ヘルデンベルク子爵令嬢、実際のところ、いかがなのかな? 我が家としては、こんな取り柄もない者が役に立つなら、どのようにしていただいても構わないのだが」
「取り柄もないなんてとんでもない、私はこれほど真っ直ぐで、努力家で、優しい人を知りません。父も叶うことなら後継にと望んでおります」
シュタインを馬鹿にされたように感じて、つい、攻撃的な声色になってしまったが、クラウゼヴィッツ卿は全く気にしていないようだった。
「おお、そうですか。こちらとしても願ってもないこと。では、剣聖殿には早速話しておこう。シュタイナー、手紙を出しておくから、お前はひと足先に戻るといい」
クラウゼヴィッツ卿も、シュタインの婿入りには賛成、ということだろうか?
つまり、今回の目的である親の許可を取る、というのは達成できたのか……?
シュタインも、こうサクサクと行くとは予想していなかったのか、あっけに取られた顔をしている。
「まだリーゼロッテ嬢は体調も万全ではないのだろう、この話は私たちに任せて、しばし当家で療養しなさい。快復の後に、改めて歓迎の宴を行おう」
「父上、それは……」
「このような素晴らしいお嬢さんが我が家の一員となるのだ、シュタイナーもやるではないか!」
シュタインは何か言おうとしたがクラウゼヴィッツ卿は取り合わずに続けた。だがその言葉は、私との婚姻を認める、というような発言だったからか、シュタインは口を閉じた。
シュタインの口元が少しだけ緩んだのが見えた。それは婿養子の許可が出たからだろうか、それとも上機嫌な父親に褒められたからだろうか。
2025/8/6、第一話を改稿して全体のプロローグを挿入しました。
悪役令嬢的な導入にしております。破滅?の、シーンです。




