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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第五章 ご挨拶は療養から
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55.シュタインの部屋

 

 目が覚めると、大きいがシンプルなベッドに寝かされていた。


 ああ、昨日……夜中に起きて、シュタインの部屋に来たんだっけ。物が少ない、すっきりした部屋。まあ、十年使っていないなら、生活感もなくて当然だろう。


 小さな手が、私の手を握りしめている。見るとノアが寄り添うようにして眠っていた。


 だからだろうか、すこぶる調子が良い。


 魔力の流れが身体に馴染んだのだろうか、あまり身体の重さを感じない。動くと、ふわりと自分から甘い香りが漂う。不快ではないが、何だか他人といるような違和感がある。


 頭もすっきりしていて、気分も良い。昨日あんなことがあったのに。安心して寝られたからだろうか。


 抱き上げられた時のシュタインの体温を思い出す。あんなに優しく触れられたのは初めてだった。


 ……なんだ、あいつも、やろうと思えばできるんだな。


 乱暴に担ぎ上げたり投げ飛ばしたり、そういう対象ではない、普通の女には優しく、……男らしくできるのか。そうしていたりするのだろうか。私の知らないところで……


 ……私は何を考えているんだろう。そんな事、今まで思ってもみなかった。


 ベッドに、シュタインはいなかった。ソファーかと思ったがそこにもいない。もう起きているのだろうか。


 ノアを起こさないようにそっと手を外して、半身を起こしてみた。目の前で手を握ったり開いたりしてみる。

 朝の柔らかい光の中、私のものとは思えない、華奢で白くてすべすべの指は、いつも通りに動く。



 ゆっくりベッドから降りる。足もほっそりしている。靴のサイズも変わったんじゃないだろうか。


 昨夜とは違い、いつも通りに歩けた。ベッドの脇のスリッパを借りる。柔らかい薄い布が二重になった、裾に凝ったレースがあしらわれたドレスのようなネグリジェを着ている。

 朝日にあたっているからか、目にかかる金色の髪がいつもより柔らかく、輝いているような気がする。


 何だか、お姫様みたいだな。


 鏡が見たい。随分と細くなってしまったのはわかるが、今私はどうなっているのだろう。


 シュタインの部屋には姿見は見当たらなかった。クローゼットの中にあるかもしれないが、勝手に開けるのも憚られる。そうだ、お手洗いはどこだろう。部屋の外に出れば、誰かいるだろうか。


「あれ?」


 廊下に出る扉を開けようとしたが、鍵がかかっているようだった。

 どうしよう、普通に行きたいのだが。お手洗い。朝だし。


 ガチ、ガチ、とノブを動かしていたら、外からノックされたので、一歩引いた。


「失礼致します」


 入ってきたのは、制服らしい灰色のワンピースをきちんと着こなした、年配の女性だった。

 無駄のない所作と落ち着いた表情には、この家に長く仕えてきた者ならではの静けさがにじんでいる。


 ん? 今、鍵を開けるような音はしなかった気がするのだが……


 いや、そんなことより、まずはお手洗いである。


「お嬢様のお世話を申しつかりました。マーサと申します。まずはお召替えを」

「あ、あーっと、ごめんなさいその前に、……お手洗い、どこですか?」


 少し古風な、見事な仕草で礼をする彼女に、慌てて、挨拶もせず、何とも場違いな事を聞いてしまった。


 マーサの視線が、ほんの少し冷たくなった……気がする。


 ……いや、でも! これは、最優先事項だろ!?





 お手洗いにも鏡はなかった。映るかな、と、窓ガラスを覗き込んでみたが、影だけでやはりわからない。窓の外はすぐそばまで深い森が来ていて、その向こうには白い山脈が見える。


 マーサに付き添われて、先ほどのシュタインの部屋に戻った。

 シュタインはやっぱりいなかった。ノアはまだ寝ているようだった。


「お召替えを。体調がよろしいようでしたら、朝食室へご案内致します」


 先程、礼儀を守れなかったせいか、マーサの目が何だか冷たい気がする。


 仮にも私はこの家の三男の婚約者だ。未来の旦那様に恥をかかせてはいけないよな。

 よし、頑張ろう。私は、気合いを入れて淑女の仮面を被ろうと、背筋を伸ばした。




 ──なんだこれは。


 私の支度のために、わざわざシュタインの部屋にドレッサーが運び込まれた。マーサに整えられていく鏡の中の女を見て、私はただ驚愕していた。


 シュタインの目は節穴だ。これが美女でなくて、何を美女というのだ。

 と、自分で言ってしまうくらい、私は変わっていたのだ。


 細い首は長く、華奢な肩は丸く、形の良い大きな胸。腰はくびれてコルセットが苦もなく締まる。


 肌は、白くてすべすべ、……なんてものではなかった。ノアとシュタインの語彙力を鍛える必要を感じる。


 小さくなった顔に、大きな瞳。魔力を帯びているからか、不思議な、吸い込まれそうな深みがある。ばさばさと音がしそうな長いまつげがそれを縁取り、豪華な台座に彩られた宝石のようだった。

 少し厚い唇は血色が良く、紅を塗らなくてもさくらんぼのようだ。


「……こんなに、変わるか?」


 呆然と呟いた時にちらりと見えた歯も、隠された真珠に見えるほど。


 マーサはそんな私に、古……いや、クラシカルなデザインのドレスを着せ、髪を結い、化粧をしてくれた。


 自分? 本当に?


 ヴィンツェルとは系統が違う美しさだ。彼が涼やかな百合のような美しさなら、この女は大輪の薔薇だ。


 しかし、何だか見たことがあるような感じもする。こうやって、鏡に映っているのを。しかしあの時のドレスは、もっとモダンで……くらくらするような、流行りの……

 なんだっけ……思い出そうとすると、もやのように消えてしまう。


 まじまじと鏡を見ていると、支度ができたと言われる。ノアを見るとまだ寝ていたが、一人にするのは心配だ。連れていけるだろうか。


 ──なるべく横柄に振る舞って。おれをお気に入りのお人形みたいに──


 あの時のノアの意図は、自分を所有物のように扱えば、一緒にいられるということだったのだろう。


 よし。一芝居打とうではないか。


「ノア、いつまで寝ているの」


 パン、と手を打って、キツめの声をかけるとノアは飛び起きた。目をぱちくりさせて、何がおきたのかわからない、というような顔をしている。驚いたネコみたいで、ちょっと可愛い。


「行くわよ」

「お嬢様、()()は私が申しつけられております。どうかそのものはこちらに置いて……」

「いいえ、連れて行きます。あれは私のお気に入りなの」


 ピシャリと言うと、マーサはすっと頭を下げた。一方的に命じられることに慣れているのだろう。

 うわー……ずっとこれ続けるの、結構つらいな。


 マーサは少年の服を見繕ってきてノアを着替えさせた。これまたクラシカルな服だったが、ノアのエキゾチックな雰囲気にはよく似合っていた。


「まあ、素敵。似合うわね」

「シュタイナー様の幼少の頃のお召し物をお借りいたしました」


 ぶっ


 吹き出すのをこらえた私、偉い。


 まって、これ? これを、あいつが?


 ……想像もつかない。道場に来た頃のシュタインを思い出したって、こんな、ザ、愛玩用のお稚児さんみたいな格好……あの、シュタインが?


「では、ご案内致します」


 私とノアはマーサに連れられて、城の廊下を、しずしずと進む。


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