表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第五章 ご挨拶は療養から
56/83

54.ルミナミュラーナの灯り

 

 私は細くなった指でシュタインの頬をそっと撫でた。


「大丈夫だよ、私はなんともない。シュタインが助けてくれたんだよ」


 私を見るシュタインの金色の瞳が滲む。


「なんともなくなど、ない、」


 震える声がシュタインの喉から漏れる。


「なんともないよ。この通り生きてるし、立ててる。すぐに歩けるようになるだろうし、すぐ元どおりになる」


 あやすようにそう言ってやるが、シュタインの喉がヒクヒクと痙攣するように揺れている。気を抜くと涙が出てしまうのだろう。

 それを堪えるように目をぎゅっと閉じる。意外と長いまつ毛から涙がぼろり、ぼろりと溢れた。泣き出す前に、何かを飲み込むように大きな喉仏が上下に動いた。

 そして、頬の私の指を、シュタインの大きな手が包む。とても暖かい、いや、熱い手だった。


「細い。指だけではないぞ、腕も肩も腰も、折れてしまいそうだ。顔が小さくなって、目は大きくなって、顎は細くなって、色は白いし、なんだか柔らかくなってる」

「……それは、美しくなったと言っても良いんじゃないかな?」


 淑女になれと家にこもっていた三ヶ月、そんなのが女らしくて美しいと、言われなかっただろうか。

 少しでもそう見えるために、コルセットを閉めて、化粧をして、エステだのマッサージだのクリームだのと、苦労したのだが。


「違う」


 なのにシュタインは真剣な顔できっぱりと否定する。失礼だなぁ。


 ……しかし今は、そのデリカシーのなさが、逆に嬉しかった。


「シュタインは私の筋肉が好きだったのかな?」


 揶揄って、笑いながら言ってやると、慌てて首を横に振る。


「そうじゃない。心配なんだ。リーゼが弱くなってしまったら、本当に、外に出せなくなってしまう」

「何言ってるんだ。じゃあ手合わせしてみるか?」

「いや、今は触れるのも怖い。掴んだら折ってしまいそうで」


 握られた指は優しく押さえられている。豊穣祭で手を繋いで歩いた時のように、閉じ込めるように。


 少し話して落ち着いたのか、シュタインの顔も少しマシになって来た。まだ辛そうな顔をしているが、私の顔はちゃんと真っ直ぐに見てくれている。


 その顔を見て少しホッとした。でもまだ一人にするのは心配だし、それに私も、一人でここで寝るのは嫌だ。

 私は大袈裟に部屋を見まわして言った。


「……壁に穴開いちゃったし、シュタインの部屋に泊めてくれない?」


 自分でも、意味をわかって言ったつもりだった。シュタインがもとのシュタインに戻ってくれればいい。今はシュタインのそばにいたい。


 それに、情けない話だが、一人になるのが怖かった。誰かに組み敷かれ、どうにもできないというのは初めての経験だった。ベッドの上、見下ろす嗜虐的な眼差しが脳裏にチラつく。

 アデルハルトは起き上がらないだろうが、安全な所で……今、ここだったら、シュタインのそばでないと眠れそうにない。


 また照れたり、赤くなったりするかと思ったら、真剣な顔で見つめてくる。まだ暗い感じがするけど、瞳はまだ湿っているけど、誠実な真面目な目だった。

 何かを考えているような、私の真意を読み取ろうとするような、シュタインらしい目。私はどうも恥ずかしくなって、目を逸らしてしまった。


「エスコート、してくれよ。まだ上手く歩けないんだ」


 沈黙に耐えられずに、出来るだけいつも通りに笑って手を差し出した。しかしシュタインはそれを無視して、私をそっと、丁寧に抱き上げた。


 まるで姫君のように。






 かつん、かつん、と、シュタインの踵が石造りの廊下を打つ音がする。


 さすがシュタイン、やや大きめの淑女である私を、片腕に座らせるように軽々と抱き上げている。落ちないように支える太い腕や厚い胸板がクッションのようで、私はとても快適で楽ちんだ。

 シュタインの体温が高い。その熱で、じんわりと溶けてしまいそうだ。


 広い廊下には、夜中だと言うのにぼんやりと明るい。


 灯りとなっているのは、美しくカットされたルミナスミュラーナの魔石だった。魔石に直接魔法陣を彫り込んでいる、物凄く高級な細工物だ。


 それが廊下を歩く人に反応して優しい幻想的な光を放っている。うっすらと魔法陣が壁に映り、夢のような景色だ。


 夢?


 私はぐるりと見回す。知っている気がする。この廊下を……夜中に、一人で、彷徨った事があるような。


「私、ここ来たことあったっけ?」


 独り言のように呟くが返事はない。シュタインは何か考え事をしているようだった。


 ……来たことは無いよな。王都から出たことも、数えるほどしかない。どこかの家でこの灯りを見たのだろうか? いや、王都でこんなに長い立派な廊下があるのは王宮くらいで、王宮は魔道具は少ない。


 しばらく考えていたが、どうも思い出せない。本当に夢で見たのかもしれない。



「そういえば、あんなに大きな音を出したのに、誰も来ないね」

「アデルハルトが人払いしていた。だから、あいつが何か壊したとでも思われてるだろう。……まさか、伸されているなんて誰も思わない」


 独り言は流されたが、ちゃんと話しかけたら答えてくれた。

 しかし、嫌なことを思い出させてしまったようで僅かに腕が硬くなる。


「来てくれて助かったよ。ノアが伝えてくれたの?」

「……いや」


 シュタインはギリッと奥歯を噛むと、しばらく頭を冷やすように口を閉じる。


 ややあって、一つ息を吐くと、穏やかな口調で言い直した。


「そうだ。ノアに聞いた。ノアは俺の部屋にいる。とても心配していたよ」


 シュタインはやっと優しく微笑んだ。少し無理をしているような微笑みだったけど、私は少し安心した。


 そうか……ノアもいるのか。


 ほっとしたような、肩透かしを食らったような、複雑な気分になって、私は力を抜いて頭をシュタインの胸に預けた。


 いや、ノアの安全もわかったし、良かったではないか。



 ++



 あれ? ここではないな。


 シュタインの部屋に入って真っ先に頭に浮かんだのがそれだった。


 私が知っているシュタインの部屋ではない……

 ん? シュタインの部屋なんて、寮の部屋をのぞいたことがあるくらいだ。ちなみに入れてはくれなかった。ベッドの下を探ってやろうと思ったのに。


 シュタインは私をソファーに下ろすと、ベッドに向かって行った。自分で整えているようだ。

 先程の客間とは大違いで、そこそこ広いがシンプルな部屋だった。


「リーゼおねえちゃん!」


 奥の棚の陰からノアが飛び出してきた。


「ノア、良かった。乱暴にされなかった?」

「ねえちゃん、ごめん、おれ、守るって言ったばっかりだったのに」

「ノアがシュタインを呼んでくれたんだろ、守ってくれたよ」


 おろおろするノアを手招きして抱きしめる。ああ、良かった。


 ノアの子供の体温と匂い。ふわりと魔力が流れ込んで、それも心地よい。疲れが取れるようだった。


「朝になったら、歩き方を教えて。上手く動けるようになったら、早く帰ろう」


 そういうと、ノアが何度も頷いて、黒い柔らかい髪が鼻をくすぐった。


 ホッとしたからか、ノアの体温と魔力のおかげか、シュタインの気配があるからか、だんだん力が抜けてきて、私はそのまま眠ってしまったようだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ