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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第五章 ご挨拶は療養から
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53.シュタインの思い

 

「貴様、リーゼに何をした!?」


 シュタインはその穴から駆け込んでくると、壁にぶつかって伸びているアデルハルトの襟首をつかみ、そのまま全力で、顔に拳を打ち込んだ。


 ゴッ、と、不気味な音が響く。


「ば、がぁっ」


 アデルハルトは意味不明の言葉をつぶやいて転がり、ピクピクと痙攣すると動かなくなった。


 ……死んでないよな?

 ハンマーではなく拳で殴っていたので、殺そうとはしていないはずだ。


「この程度で、許されると思うな」


 地の底から湧くような、どす黒い、震える声がシュタインから聞こえる。陽だまりのような暖かさはかけらも感じられない。


 シュタインは、弓の弦を硬く引き絞るように、片足をゆっくりと上げた。地面に崩れた兄を踏みつけようとしているようだった。


「シュタイン、もういい、やめろ」


 あの勢いでは本当に死んでしまう。シュタインは強いのだ。さっきアデルハルトの強さは大体わかったが、あれならシュタインの方がはるかに強い。


「兄なのだろう? 私は大丈夫だから」


「……」


 ダン!!!


 シュタインは怒りに任せるように、アデルハルトの頭のすぐ横に足を打ちつけた。


 振動が伝わったのだろう、先程開けられた壁の穴からぱらぱらと崩れる音がした。


「シュタイン、私は無事だ。助けてくれたんだろ、ありがとう」


「……」


 シュタインの様子がおかしい。いつもなら私が声をかければ、すぐにそばに寄ってくるのに。背中を向けたまま、こちらを向いてくれない。


「シュタイン?」

「……俺のせいだ」


 ポツリと、泣きそうな、か細い声が聞こえた。


「俺のせいだ。皆を危険な目に合わせてしまった。何より、リーゼに大怪我を……」


 私の怪我の責任を感じているのだろうか。私が勝手にやったことなのに。しかし、シュタインの声は震えていた。


「何を言ってる、私が独断で飛び込んだんだ。お前のせいではない」


「俺が隊長だ。俺がノアを連れて行くのを許可した。木の上に登らせるつもりだったのも知っていた。危険だと、分かっていたはずだ」

「私が、ノアを連れて行きたいと言ったんだ。デュランもゼノンもいたし、危険だと思っていなかった」


「リーゼを、連れてきたのも、俺だ。騎士として来て欲しいなんて、ただの俺の我儘だ。事務官として、村で待っててもらうべきだった……いや、そもそも遠征に連れて来なければ」

「シュタイン、私は騎士として扱われて、嬉しかった。飛竜隊の先頭を飛んで、お前に夢を叶えてもらった」


 そう伝えてもシュタインには聞こえていないのか、深く沈んだ声が続く。


「今夜の事もだ。ノアから、今リーゼには魔力があると聞いた。だから、ここでは大切に扱われるだろうと思って、この家を頼ってしまった。それがこの結果だ。ノアはすぐに王都へ帰ろうと言ったのに」

「何を言ってる、近くに運んだ方が良いに決まってる。苦手なのに、私を治療するように頼んでくれたんだろ」


 近くに実家があったのだから、それを頼るという選択が、間違いだとは思えない。


 ……今夜の事は、どう考えても、そこで伸びている兄貴が悪いんだろうが。


 しかし、シュタインは辛そうに、ゆっくりと首を横に振る。


「いや、違う。俺は……大怪我をしたリーゼを連れて、王都に、師匠のもとに帰る勇気が無かったんだ」


 こんなシュタインは初めてだ。失敗してもしっかり切り替えられるやつだ。


 騎士団の師団長なのだ。今までだって、自分の判断で部下を危険な目に合わせた事もあっただろうが、ここまで自分を責めている様子は見たことがなかった。


「……でも、助けに来てくれたじゃないか。壁をぶち破って」


 私はシュタインの背中に、声をかけつづけることしかできない。私の声が聞こえているのかもわからなかったが、それでも止めるつもりはなかった。


 シュタインは深く息を吐き、項垂れた。足元にはアデルハルトが伸びている。それをまた見たのだろうか、背中から再び激しい怒りを感じた。


 ギリ、と、奥歯を噛む音が、私にまで聞こえる。


「……なんで俺は、またリーゼに剣を持ってもらいたいなんて思ってしまったんだ。あの夜、想いを伝えた夜に、なんで、」


 シュタインはこちらにゆっくり顔を向けた。


「なんで俺は、リーゼを、俺が護れる、俺の腕の中に、閉じ込めてしわまなかったんだろう」


「……シュタイン」


 こちらを見るシュタインの顔は、まるで幼い子供のようで、泣いているように見えた。


 私は思わず駆け寄ろうとして、ベッドからおりる。


「わっ」


 しかし、すぐにがくりと膝から崩れ落ちた。

 力が入らなくて、上手く歩けない。まだコツが掴みきれていないのだろうか。


 転ぶ前に、太い腕が私を支えた。


「ありがとう、シュタイン」

「……」


 反射的に駆け寄って腕を貸してくれたようだ。揺るがない、暖かい身体にホッとする。私はそのままシュタインの腕にすがって立ち上がると、大木のような身体に寄りかかって、シュタインの顔を見上げた。


 酷い顔だった。


 ずっと泣いていたのだろうか、目が赤く充血している。眉毛が八の字を描いていて、どうしようもなく不安そうだ。青ざめたような表情なのに、鼻の頭は赤い。口元はへの字で、何が言いたげに僅かに震えている。


 私のために、こんな、世界が終わるような顔をされては、……無下にできるはずがない。


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