51.ノアの献身
先程、編集がうまくいっていなかったのを一回上げてしまいました……投稿しなおします。
「水、のめる?」
ノアの手を借りて、なんとか起き上がる。
どうやら今は夜中で、そこは重厚な雰囲気の部屋だった。
枕元に置かれた小さな、でもとてもきれいな光があふれる魔石ランプ。
それに照らされた調度品は、繊細な細工が施されていて、見るからに高級で古いもののようだが、傷一つ埃一つなく鈍い光沢を放っていて、丁寧に手入れがされているようだった。
ノアが渡してくれた水が入ったグラスも、不思議な模様が切り込まれた色のついたガラスでできている。こんなの王宮でも見たことがない。どこか外国にでも来てしまったのだろうか。
ノアに手を添えられたまま、水を含んだ。はちみつが入っているのかと思うほど甘く感じる。喉に湿り気が戻って、舌に直接水が吸い込んだように、口の中の痺れがほどける。
「ノア、ありがとう。ノアは本当にいい子だね」
心からそう言うと、ノアはまた泣きそうな顔になった。
「リーゼお姉ちゃんがおれを助けてくれたんだ……おれ、一生、リーゼお姉ちゃんを守る。姉ちゃんの為なら、何でもする」
覚悟を決めた悲壮な顔。幼い瞳に浮かぶ一生懸命さがかわいく思えて私は微笑んだ。
ノアは真面目に受け取られなかったと思ったのか、むきになって言い募る。
「本気だよ、……何に逆らうことになっても、おれはリーゼお姉ちゃんの味方になるから」
「ふふ、ありがとう。ノアは私の騎士になってくれるのかな」
可愛い子供への戯言に、ノアは真剣な目で頷いた。
「うん。そうするよ」
ノアに支えられながら、ゆっくり水を飲んでいたら、ふと違和感を覚えた。
「なんだか、私の指、細くなってない?」
御令嬢なら喜ぶべき事態かも知れないが、私にとってはあまりうれしくない。
「それに、なんだか白くて、すべすべしているような」
グラスをノアに預け、まじまじと自分の手を見る。
もっと傷だらけだったと思う。固くて、剣だこがあって……それに、カウチュークの木に登った時にざっくりと切ったと思うのだが。
「……あのね、魔力を使いすぎちゃうと、すごく疲れるんだ」
「ああ、聞いたことある」
私は魔力はないが、魔法の知識は学園で習った。基本的なことは知っている。
「お姉ちゃんはもともと魔力が無いから、おれの魔力をあげてる、みたいな感じなんだけど。おれと離れているとだんだん魔力がなくなっちゃうから、多分ものすごく、体力を使っているんだよね。ご飯も食べられなかったし、おれもなかなか側にこられなくて」
「そうなの? 魔力ってあげられるんだっけ?」
「……それは、おれはできる、としかわからない」
魔力を人にあげる? それは習わなかった。自分の魔力は自分でしか使えない、それが常識だ。
そんなことができれば、おそらくもっと一般的になっているだろう。だからもともと魔力を持っている人間が重宝されてきたのではないだろうか。
ノアの魔法の能力は並外れているし、ノアだけが特別にできるという事もあるのだろうか。
……まあ、考えても仕方がない。私はノアの魔力を使って、いま自分の身体を動かしているのだから、そう言う事もあるのだろう、と思おう。
「……明るくなって、鏡見ても、驚かないでね。また元気になれば、身体鍛えるのもできるから」
ノアが少し言いにくそうに言う。随分と衰えてしまったという事だろうか。ふと気になって自分の腕や肩を抱いてみると、確かに細く、薄く感じた。
「あ、でも、白くてすべすべになったのは本当だよ。それはこの家の魔法使いが……っ!?」
ノアが突然、びくっと扉の方を振り返る。ぱちぱちと迷うように大きな目を瞬いた。
「どうしたの?」
「……出来るだけ横柄に振舞って。おれをお気に入りの人形みたいに、そばに置いといてって言って」
ノアが早口でそう言うと、ぱっと私から離れて、従者のように膝をついた。
そういえば、私の従者の役として来てもらってたんだっけ。
ノックもなく、ガチャリと扉が開けられた。
「お目覚めになりましたか? リーゼロッテ・ヘルデンベルク嬢」
一際明るい魔石のランプを持って、数人の使用人を従えて入ってきた男は、シュタインとよく似た顔立ちをしていた。