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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第四章 お泊りは任務から
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48.アンチ・アンチマジック


ノア回です。



「リーゼ!!!!」


 森に、シュタイナーの絶叫が響き渡る。


 ノアはカウチュークの木の上に落ち、そのまま転がるように地面まで降りた。硬い枝が身体に食い込み傷だらけになったが、大きな怪我はない。デュランに支えられて木の根元に座ると、「ちょっと触るよ」と、ジャンが慣れた手つきで、身体の様子を確かめる。


 しかし、ノアの気持ちはまったく安まらない。

 化鳥は首にリーゼロッテをぶら下げて、カウチュークの林の奥に飛んでいってしまったのだ。


 真っ青な顔のシュタイナーが崖下から縄梯子を蹴飛ばす勢いで登ってきて、化鳥の影を追い、林の奥へ走っていく。

 ノアはその姿を見て弾かれたように立ち上がり、後を追った。


「ノア君、君も怪我をしているじゃないか!」


 後ろでジャンが止めるが、気にしてはいられない。


(リーゼおねえちゃん、リーゼおねえちゃん、リーゼおねえちゃん!!)


 視界が狭い。まっすぐ前以外はぼんやりと暗い。ノアは走るシュタイナーの背を無我夢中で追いかけた。


 迂闊だった。この森で、自分に何かが起こるなんて考えてもいなかった。今の自分は、魔法が使えなければ、ただの人間の子供なのに。


「……ッ!! リーゼ!」


 カウチュークの林を抜けたところで、シュタイナーは一際悲痛な叫び声を上げた。シュタイナーの向こうに大きな鳥の頭が見える。


「このやろう!!」


 シュタイナーは走りながらロングソードを抜き、自分よりも大きい相手に躊躇なく斬りかかった。


「ギャッギャッ」


 ノアが追いついた時、化鳥はシュタイナーに向かって口を開けたところだった。


「フシュゥ……」


 魔法を使うつもりだったのだろうが、発動しない。その隙をついてシュタイナーは化鳥を一刀両断した。


「ギャオオ!!」


 ずん、と、地響きを立てて巨体が地面に沈む。シュタイナーはそれに一瞥もくれず、リーゼロッテに駆け寄った。


「リーゼ! リーゼ、おい!!」


 リーゼロッテは大きな岩に叩きつけられ、気を失っているようだった。

 グニャリとおかしな身体の曲がり方をしている。服に赤黒い染みが広がっている。


 ノアは透視して、リーゼロッテの身体の状態を知ろうとした。しかし聖冠騎士のサークレットは敵味方関係なく魔力を無効にする。魔法は発動しない。


 リーゼロッテは見るからに無事ではない。しかし、……ノアは今、何もできない。


(……魔法、魔法が使えれば……!)


 魔法さえ使えれば、応急処置は出来る。少なくとも死なせはしないのに。


 ──死。


 それを考えて、ノアの目の前がさらに暗くなった。

 ドクンドクンと自分の鼓動だけが耳につく。狭くなった視野に、シュタイナーの頭に輝くサークレットが映った。


 ……これがなければ、おれは魔法が使えるのだ。


「こいつがなければ!!」


 リーゼおねえちゃんを、死なせない!


 リーゼロッテの元に跪いているシュタイナーの頭にはまっているサークレットをむしり取る。


「何だ!」


 突然後ろから頭を引っ張られたシュタイナーが苛立たしげにノアを睨む。


 それを無視してノアはカウチュークの木に走った。一番近い木の幹にサークレットを押し当て、そのすぐ上に小刀を突き立てた。


 どぷっ、と白い樹液が噴出してサークレットを包む。ノアは、さっきジャンがウオチョウチョウでやってみせたように、閉じ込めるように樹液をつけた。


 ──もともと、このために作った木だったのだ。


 以前の魔王はアンチマジックで魔力を封じられ倒された。

 だからアンチマジックを封じる策を考えた。アンチマジックが展開されて、魔法が使えない状態でも、その源を断つような物。


 ならば魔力を一切通さず、どんなものでも──魔道具でも術者でも──包める素材があれば、アンチマジック自体を封じ込めることができる。


 それを考えて作り出したのが、この植物……カウチュークだった。


 すぐにサークレットは樹液に包まれ塊になる。焦ってはいけない、隙間がないように閉じ込めなければ。

 震える手で丸いサークレットを慎重に固める。


 ……これで、正体がバレてしまうだろうか。


 そもそも、カウチュークは再び世界を混乱に陥れるためのものだ。

 それを今、人を助けるために使うなんて、馬鹿みたいだ。あの頃のおれなら、今の自分を笑っただろう。


(でも、)


 手元で白く固まってゆくサークレットを見て、ふと、リーゼロッテが街で買ってくれた、白いチョコレートで包まれたドーナツを思い出し、涙が込み上げた。


(……絶対、リーゼおねえちゃんは助けるんだ)


 そうしているうちにサークレットが固まった。


 途端に、ずん、と、空気が変わる。


 重苦しい、霧の中のような空気が戻ってくる。


 ざわざわとカウチュークの枝が鳴り、動き始める。

 落ちていたウオチョウチョウが次々に浮かび上がる。


 ノアは真っ白に固まったサークレットを放り出し、リーゼロッテの元へ駆け寄った。


「シュタインにいちゃん、どいて!」

「ノア、」

「止血とかならおれ、出来るから!」


 ノアはリーゼロッテの身体を透視する。背骨と肋骨と腕が折れ、背中に大きな傷がある。


 これなら魔力を注入して固めればよい。アリシアの治癒魔法のように、傷そのものを治す事はできないが、折れた骨を固定したり、傷口を塞いで血を止める事はできる。

 ノアはリーゼロッテの背中に手を当てて深く息を吸う。重い蜜のような魔力を骨の隙間を這うように流し込むと、その身体が、わずかに温かくなった気がした。


「……おれが……絶対たすけるんだ……」



 そのとき、遠くでアイゼルの悲鳴が聞こえた。アンチマジックが消えて、向こうでも厄介なウオチョウチョウが活動を再開したのだろう。


「あっちはゼノンとデュランがいる。薬師殿達も魔法使いだ、今なら戦える」


 シュタイナーは震える声でぶつぶつと呟くと、フッと息を吐いた。覚悟を決めたように剣を抜き、ノアとリーゼロッテに背を向ける。


「俺はここで、お前たち二人を守り切る。ノア、頼む……リーゼを助けてくれ」



読んでいただきありがとうございます。お泊まり旅行編はここまで、次回から新章、ご挨拶編です!


東の森の城で、少々ドロドロしますが、どうぞお付き合いください。


隔日、お昼頃投稿する予定です。

ブックマーク、評価、していただけると嬉しいです。

よろしくお願いします!


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