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5.舞踏会の幕開け

 

 舞踏会である。


「なあシュタイン、名前を呼ばれたら出るんだよな?」

「なぜ疑問形なのだ、出たことないのか?」

「ない、デビュタントも逃げ切っただろう」


「……そうだった」


 シュタインが苦笑する。

 相方が事情を知ってくれていると大変ありがたい。


「……俺がエスコートするから、笑ってついてくれば大丈夫だ」


 意外とシュタインの方がしっかりしていた。今日はもう彼に任せよう。




 大広間への扉が開き、きらきら光るシャンデリアが目に入る。音楽が大きくなり、アナウンスが響く。


 ──聖冠騎士シュタイナー・クラウゼヴィッツ卿、リーゼロッテ・ヘルデンベルク嬢──


 列に並んで王宮の広間に出ると、私達に注目が集まった。

 それはそうだろう、シュタインも私も、これまで社交界とは無縁だった。しかも彼は「当代聖冠騎士」、私は「それに敗北した初の女騎士である先代」。……まるで、見世物のような取り合わせだ。


 注目されることは慣れているはずなのに、なんだかやけに心細い気分だった。

 剣もない。このヒールでは立ち回りもできない。丸裸になったような不安な心細さ。


 つい、シュタインの腕を掴む手に力が入る。

 私の不安を感じたのか、シュタインがわずかに目を細め、鼓舞するように囁いた。


「大丈夫だ、リーゼ。皆、貴女が美しくて驚いているだけだから」


「ふっ」


 不意打ちだ。つい噴き出してしまった。

 なんだそれは。紳士か。紳士なのか。


「笑うな」


 見上げると真面目な顔だ。少し口がとがっている。笑って悪かったな。

 しかしおかげで少し緊張もとけた。




 ワルツが始まる。

 シュタインは本当に頑張ったようで、意外とダンスが様になっていた。


「リーゼはさすがだ、体幹がぶれない」

「ダンスの褒め言葉に体幹とか言うなよ」


「じゃあ……まるで蝶の様に可憐で、優雅で美しい」


「ふっ」

「笑うな」


 二人とも精いっぱい格好つけながらも、形だけは優雅に踊る。


 周囲からの視線がじりじりと刺さる。

 私達は目立っている。話題としても、大きさとしても。

 ひそひそと話している気配、こちらを伺っている人々に、何となくソワソワしてしまう。


「結構注目されているのだな」


 周りを伺いながら私が言うと、急にぐいっと、体に抱き込むように腕を引かれた。

 大きなシュタインの体で視界がいっぱいになる。


「おい、なんだ急に」

「……付け焼刃なんだ、躓いた」


「そんなことじゃあ、他の御令嬢を誘えないぞ」


 言ってやると、シュタインはぐっと言葉を詰まらせる。


「……ならばリーゼがずっと踊ってくれればいいだろう」


 拗ねてしまったようだ。少し力が強くなる。これは普通の令嬢ではアザになるぞ。

 本当に大丈夫だろうか。こんなことでは逆玉は狙えない。



 ++



「美しいお嬢様、あなたの手の甲にキスをさせていただけませんか?」


 曲の変わり目に気障な声を掛けられて振り向くと、そこには懐かしい顔があった。


「ヴィンツェル! 久しぶりだな!」

「こんなところで会えると思わなかったな。リーゼもついに年貢を納めたんだね」


 ヴィンツェル。剣術道場に通っていた貴族の子息だ。

 三年前に、跡継ぎの教育が忙しくなるからと言って来なくなった。よくお菓子を持ってきてくれて、こっそり一緒に食べたものだ。


「淑女になれと言われて、今さら色々やっているよ」

「似合っているよ。大輪の深紅の薔薇のようだ」

「相変わらず口が上手いな」

「本当だって!」


 久しぶりに会ったが、あまり変わっていないように見える。すらりと細身の身体に、優しげな顔。少し野暮ったい眼鏡をかけていて、それが少し間抜けに見える。眼鏡を外すと女のような綺麗な顔をしているので、それを使って私のフリをしてくれたことがある。それ以来、本人は二度と眼鏡を外さないと心に誓っている……らしい。


 そう、デビュタントの時に、私と入れ替わってくれたのは彼である。みんな薄々気づきながらも、イベントを台無しにしないようにスルーしてくれた。あの後、彼はたくさんの男性に追い回されたそうだ。……そのせいで一生頭が上がらない。


「それにしても、良く見つけてくれたな」

「二人目立ちすぎだよ。大きいもん。体も動きも存在感も」


 久々の再開が嬉しくて、シュタインを見上げる。シュタインも三年ぶりのはずだ。

 なのに、なんだかシュタインの空気が妙に硬い。苦々しい顔で、ヴィンツェルを迷惑そうに見ていた。


「……邪魔をするなよ」


「あはは! シュタインも変わらないな~」


 シュタインはヴィンツェルに低い声で言うが、ヴィンツェルは一向に気にする様子はない。

 そういえば私も含めて三人でいることはあっても、ヴィンツェルとシュタインが二人でいるのを見たことはない気がする。あまり仲が良くなかったのだろうか。


「いやー、まさか2人で来てるとはね。目立ってるのに、誰も声をかけられないよ」


 ほら、と、周りを見るように促される。

 遠巻きにこちらを見ている人がかなりいる。確かに現最強と元最強が2人でいたら声をかけにくいだろう。

 これは困った。今日の目的は、社交界デビューと人脈作り。ありていに言えば婿探しである。


「そうか、それはよくないな」


 私が言うと、ヴィンツェルは「たはは」と呆れたように笑う。「じゃあさ、リーゼ」と言いながら顔をきりりと引き締めた。

 片手を胸の下に添えて片足を引き、とても優雅に一礼する。にっこりと微笑んで、私に手を差し伸べた。


「それでは美しいお嬢様、私と一曲踊っていただけませんか」

「お、おい」

読んでいただいてありがとうございます。

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