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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第四章 お泊りは任務から
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47.カウチュークの実

 

「ほら、あそこ、丸いの見える?」


 珍しく緊張の面持ちのノアは、ジャンの指差す方を真剣に見上げている。そこには、薄いピンク色の丸い球がある。


「これが植物なら、あれが果実だと思うんだけど。上の方にしかないんだ。いつもは虫とか鳥とかが食べてるのかなあ」

「あれを取ってくるんだね」

「できそう? 難しかったら別の方法を考えるよ」

「やってみる」


 ノアは革の手袋と袋を受け取って、猫のようにスルスルと登り始めた。


 カウチュークはごつごつして枝も無数にあるから、足や手をかけるところは多い。

 しかし枝が網のように重なっていて、隙間が小さくて、身軽なデュランでも上までは登れなかったのだ。小柄なノアは、その隙間を上手くすり抜けながら登っていく。


 木の下から見上げていたが、枝が幾重にも重なっていて、ノアの姿はすぐに影のようにしか見えなくなった。崖の方へ下がって外側から見ると、ノアの頭が木の上にピョコンと現れる。

 そのまま、慎重にピンク色の実に手を伸ばす。もぎ取ろうとしたが動かなかったのか、小さなナイフを取り出して実の付け根に当てた。


 その時だった。


 それは、何の前触れもなく、音もなく上空から滑空してきた。


「!?」


 大きな影がカウチュークの木漏れ日にさしこむ。それは鉤爪を構えた、牛ほどの大きさの化鳥だった。


「ノア!!」


 影で気がついたのか、ノアが振り返り、咄嗟に小刀を振る。しかしそれは、頑丈な爪に当たって弾かれる。

 鳥はその爪で器用にノアの腕を掴み、ノアを力づくで木から剥がそうとした。


「痛っあああっ!!!」

「ノア!」


 爪が食い込み、ノアの悲鳴が響く。


「やめろ!」


 ノアの声に突き動かされるように、私はノアがいる木に飛びついた。ゴツゴツした幹に足をかけて、ノアのところまで駆け上がるように登る。


 狭い枝の隙間に強引に身体を捩じ込み、渾身の力で枝を掻き分ける。腰に下げた剣が引っ掛かり、慌てて外す。武器を手放すわけにはいかない。剣を鞘ごと持って登る。

 次は髪が枝に引っ掛かったが、これは構ってはいられない。


「ッ!!」


 強引に頭を振るとぶちぶちと髪が抜ける。手に木肌の硬いところが食い込んで、掴んだ枝がぬるりとした。白い枝に赤い液体がついている。掌から血が出ているようだった。


 なんとか木の上に顔を出す。バサバサと大きな音と乱暴に吹き付ける風。

 空気の塊が荒波のようにぶつかってきて、私は一瞬、顔を背けた。


「ねえちゃん!!」


 その時、鳥はついにノアを木から引き剥がした。


「離せ!」


 頭より先に身体が動く。私は木の枝を蹴って、鳥に飛びついた。


 鳥の太い首にしがみつく。離されないように、剣を鞘ごと化鳥の首に掛けて両手で端を掴んだ。振り落とされまいと左足を無理やり羽根の付け根あたりに引っ掛けて、がんがんと力任せに鳥の胸元を右足で蹴った。

 化鳥はギャっと鳴くと、ついにノアを離した。


「きゃあ!!」


 ノアの短い悲鳴の後、ガサガサっと音がした。カウチュークの上に落ちたのだろう。下まで落ちなくてよかったと一瞬ホッとした。

 「ノア君!」「ノア!」ジャンとデュランの心配そうな声が聞こえた。あの様子なら、大怪我はしていないだろう。


 しかし、私が降りようとする前に、化鳥は私を振り解こうと滅茶苦茶に翼を動かした。


「ギャッギャッ」

「!!」

「リーゼ!!!」


 シュタインの声が聞こえるが、落ちないようにしがみつくしかない。化鳥は、怒りの鳴き声を上げながら不格好に羽ばたき、斜めになりながらも高く飛び上がった。


「うわっ」


 遠ざかる地面を見て、これはまずい状況だとようやく気づいた。カウチュークの林があっという間に小さくなる。今手を離したら、地面に激突して命はない。


 とにかく力を込めてしがみつく。風が刃のように頬に刺さるので、目を閉じて顔を化鳥の首元に押しつけた。化鳥もがむしゃらに羽ばたく。


「ギャッギャ、グゥーーーウゥ」


 やがて諦めたのか低く喉を鳴らすと、ばっと翼を広げた。


「!!」


 内臓が浮くような、落ちる感覚。背中に強く風が当たる。すごいスピードで滑空しているようだ。

 そして、


 ゴン、と、衝撃が身体を走り、身体の中でぼきりと不穏な音が響いた気がした。

 背中から固いものに叩きつけられたようだった。


「ガハッ」


 身体が痺れ、手が離れる。化鳥は私に止めを刺そうというのだろうか、耳元で地鳴りのような羽音を立てる。


 しかし、目の前は真っ暗で、ちかちかと白い点滅が視界の端に見えるだけだ。


「リーゼ!!」


ひどく焦ったシュタインの声が聞こえて……


 ──そして、やがて何の音もしなくなった。





 ++




 私が次に気づいた時は、これまでに経験がないほど柔らかいベッドの上にいた。


 そこは、最果ての村ではなく、クラウゼヴィッツ家の客間だった。




 それまでのことは何も覚えていない。





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