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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第四章 お泊りは任務から
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46.ウオチョウチョウは遊ばれる

ノア視点の回です


 うーん、どうしよう。


 ノアは、調査員にくっついて歩きながら内心びくびくしていた。


 昨日は村で留守番をしていた。拠点の掃除や調査隊の食事の準備などのために、村の女の人が二人来てくれたので、それを一日手伝っていた。



「ねえ、あんた、シュタイナー様ってどういう人?」

「聖冠騎士っていうのになったんでしょう?」


 村の女の人たちには、シュタインのことを聞かれた。どんな人柄なのか、王都ではどう思われているのかとか。

 領主の息子だという事は知られていて、顔は確かに似ているが、あまり領主の家族っぽくないと言われていた。


「シュタ……シュタイナー様は優しいよ。剣を教えてくれる」


 いつものようにシュタインにいちゃんと言いそうになって、慌てて言い直した。領主の息子だ、子供に舐められていると思われたら困るだろう。

 晩御飯の下ごしらえを手伝いながら、ノアはシュタイナーの評価が少しでも良くなるようにと、強くて優しくて、子供のあこがれだ、というようなことを言っておいてやった。


「優しい!? へえ、あの領主さまのお坊ちゃまが、優しい、ねえ。小さい頃は随分ひねくれていたと聞いたよ」

「ああでも、私、あのお方が微笑んでるのを見たよ、あの、女の騎士にさ」

「ねえ、もしかしていい人なのかい??」


「えー、はは、どうだろ」


 興味津々に尋ねられて、ノアは笑って誤魔化した。女の人の話からして、あまり領主一家はよく思われてはいないようだが、ついでのようにシュタイナーのことを悪く言われるのは、面白くないなと思った。



 それでも村で待っていたほうが気が楽だったのは確かだ。ジャンについてきてほしいと言われたとき、行きたい、という気持ちと、困った、という気持ちがせめぎ合った。

 リーゼロッテはそんな自分を見て、行きたいけど遠慮しているとでも思ったのだろう。


「ノア、そんなに緊張しなくても大丈夫だ。みんなついているから」


 後ろを歩くリーゼロッテがそう言ってくれるが、怖いわけではない。


「昨日は、魔物も獣も出なかった。サークレットのおかげで雰囲気がいつもと違うんだろう」


 昨日は問題なく、強い魔物や獣にも会わなかったそうだ。入り組んだ枝の上に実のようなものがあって、それがどうしても取れないのだという。


 もちろん、ノアの心配ごとは、任されたことや森の恐ろしさではない。


 うっかり正体がバレないか、ということだ。


 今まで、楽ちんだったからなあ……


 たとえばヘルデンベルク家で、「おれ、本当は魔王の種なんだよね」と言ったところで、子供の戯言として流されそうだし、実際、普通の子が知っていたらおかしいことは言っていたのだが、誰も気に留めなかった。

 だが、今回は本当に気を付けなければ。自分以外に魔法使いが三人もいるのだから、怪しまれる可能性は高い。


 それにしても、久しぶりだなあ……この景色。


 ここは半年前まで、ノアが暮らしていた森である。

 あのけもの道を入って行けば、冴え冴えとした青い湖に出るし、少し手前を曲がればシエラの群生地だ。シエラの花の蜜は魔力が多くておいしいから、この辺りはキラービーがよく飛んでいる。魔力を封じていても、大きな蜂に刺されれば痛いはず。


 ……生まれ育った庭のような場所を、まったく初めて来たような顔をしなければならないのは、けっこう難しい。


 そしてカウチュークと名付けられた件の植物。それもノアはよく知っている。


 あの植物は、実はノアが作ったのだ。身体を持たず、魔力の塊のような存在だったころ、知恵と魔力を投じて試行錯誤して、二十年の月日を費やして作ったものだ。


 目立つほど増やすつもりはなかったのになぁ。


 この半年でずいぶん増えてしまったようだ。


「やっぱり村で待ってたほうが良かった?」

「えっ」


 ぐるぐる考えながら歩いていたら、後ろにいるリーゼロッテに気遣うような声で話しかけられた。


「いや、そんなことないよ、ちょっと慣れない場所で緊張してるのかなぁ」


 心配そうに覗き込まれて、あわあわと誤魔化した。リーゼロッテはぼんやりしてるくせに勘が鋭い。気をつけよう、と、深呼吸した。


 いつもはこういうとき、おれはどうしてたっけ? 明るく子供らしくはしゃぐ? 黙ってる?


 自分らしくもなく妙に緊張している。知り合いがいるわけでもないのに。



 ++



 カウチュークの林に到着した。縄梯子を登って崖の上に上がると、そこかしこにウオチョウチョウが、打ち上げられた小魚のようにぴちぴちと跳ねている。カウチュークもまったく動かず枝を硬くしている。


 そうか……魔力が無効になると、こうなるのか。


 その景色にあっけに取られていると、目の前にぴちりと一匹、大きく跳ねた。思わず、飛びついて捕まえた。


「なんだノア、猫みたいだなー」


 後ろから上がってきたリーゼロッテが笑う。


「死にはしないみたいだから、あんまり触らないであげて」

「……取り放題だよ?」

「魔石取りに来たんじゃないから」


 ははっと笑うリーゼロッテは本当にどうでもいいと思っているようだった。ウオチョウチョウは魔力が多いから、魔石も良い値段がつくはずなのに。


 手の中でぴちぴちと暴れるウオチョウチョウを複雑な気持ちで見つめていると、


「えらのあたりに毒がある。弱い毒だけど痒くなるよ」


 デュランが虫取りにきた兄弟のように教えてくれた。


 スラムで暮らしていた”ノア”は、小物の魔物からクズ魔石を取って生計を立てていた。ドクドブネズミを捕まえようとして毒魔法を受けてしまい、それが元で仕事ができなくて、飢えて死にそうになっていたのだ。


 ……今は無理して取らなくていい。

 あの頃なら、多少危険を冒しても、躊躇なくその魔石を取っていたはずだ。


 手の中でぴちぴちと動いていたウオチョウチョウを、デュランに倣って邪魔にならない所にそっと置いた。


 そうしたら、心の中の”ノア”が微笑んで、胸がじんわりと暖かくなった気がした。




「ノア君!ノア君!」


 ウオチョウチョウを放すのを待っていたように、若い薬師のジャンが手招きする。


「ウオチョウチョウも面白いけど、カウチュークも面白いよ!」


 近づくと「みてみて」と、得意げに、木の幹に傷をつけた。流れ出す白い樹液。それに、そこに落ちていたウオチョウチョウを拾って突っ込んだ。


「!?」


 ウオチョウチョウはあっという間に真っ白になる。ジャンは少し乾いた尻尾を摘むとウオチョウチョウ全体が樹液で包まれるようにくるくると回した。


「こうするとね」


 ウオチョウチョウを軽く振ると、あっという間に乾いて白い塊になる。

 ジャンがそっと地面に置くと、それは、ふわりと宙に浮いた。


「……えっ」


 ノアはざっと血の気が引いた。どくどくと胸の音が大きくなった気がする。


「あはは、すごいよね。この中でだけ魔法が使えてるみたいなんだよ。ウオチョウチョウの浮遊は重力をいじったりとか風を使ったりするものではなくて、自分の重さそのものを無くすものだから。たぶんね、この樹液に包まれた状態だと、外の魔力制御の影響を受けないんじゃないかなあ」


 ……一日でここまで気づいたのか。さすが、調査隊に選ばれるだけはある……


 真っ白なウオチョウチョウは、浮かぶ事はできても前は見えていないので、ふらふらしてその場からあまり動かない。見ているとそのうち苦しそうに震えて落ちた。


「ああ、息できなくて死んじゃう」


 ジャンは慌ててナイフを慎重に動かして、ウオチョウチョウからカウチュークの樹液をはがした。


 ……大丈夫、なぜこんなものがあるのかは、そうそうわからないはずだ。


 そう自分にいい聞かせて、「すごいねー」と、言った声は少し震えていたが、ジャンは「だろう!?」と目を輝かせた。まったく気にしていないようだった。


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