44.最果ての村の夜
用意してもらっていた食事をとりながら、明日からの予定を確認する。
調査隊は、騎士四人(私含む)と、魔術士団所属の薬師が二人。それとアイゼルも道案内でついてきてくれる。ノアは危ないので村で留守番だ。
「件の植物は、歩いて一時間ほどの沼地のそばに、群生しているということだ。この森は強い魔物や魔樹も多いので、聖冠騎士のサークレットを使う」
今回の調査はこれが問題なのだ。
「サークレットは封印している箱から出すと、広範囲で魔法が使えなくなる。魔道具も使えなくなるから、村への影響を考え、出発して十分ほどしてから展開する。それまでは魔物とのエンカウントもあり得る。各自そのつもりで」
この村は、魔物がすぐそばにいて魔石が取りやすいせいか、魔道具が多い。また、冒険者には前もって伝えてはあるが、突然魔法が使えなくなっては生死にかかわることもあろう。
「凄い効果、なんですね」
アイゼルが不安そうに顔を曇らせる。
「まったく、我々にとっては恐ろしい限り。何もできなくなってしまいますからな」
年配の薬師も苦い顔で頷いた。たしかに魔法使いにとってはサークレットは厄介なものだろう。……だからと言って、仲間や作戦を批判するようなことは言わないでほしい……
「そのために我々がいるのですから、ゆっくりと研究に取り組んでください!」
「ええ、魔物もただの動物になります。魔樹も動かなくなりますし」
「件の植物も枝が動くそうですから、だいぶやりやすいのではないですかね!?」
ゼノンとデュランが空気を読まない明るい声で言う。年配の薬師の態度におろおろしていた若い方の薬師は、ホッとしたようだった。
明日に備えて部屋に戻るが、一人で広い部屋にいるとなんとも心細くなってくる。
ふと窓の外を見ると、酒場の明かりがまだついているのが見えた。
先程の食事はパンに保存がきくように加工された肉を挟んだものだった。不思議な香りがするスパイスが強くて、食べたことがない味だった。アイゼルが言うには、この森でしか取れない実を元にしたスパイスがあるのだそうだ。美味いかといわれるとなんとも言えないのだが、香りは好みだった。
ちょっと覗いてみようかな。
王都を出る事なんてめったにないから、こういうところで出る料理が気になった。急いで硬いジャケットを脱ぐ。シャツの上にフードのついたマントを羽織った。出がけに侍女に出してもらったものだが、結局、今まで出番がなかった。
「おお、星がすごい」
外に出ると、星明りで明るいほどだった。一応カンテラを持ってきたが必要なかったかも。
酒場のほうへ足を向ける。足元は暗く、道はもちろん舗装されていないが、踏み固められて歩きやすい。並んだ家の向こうから、動物のいななきが聞こえた。冒険者が連れてきた騎馬だろうか。
酒場のドアを開けようとしたとき、
「リーゼ」
「わ!」
後ろから走ってきたシュタインが、私より先にドアノブを掴んだ。着替えてはいるが、シャツの裾が出ていたり、ボタンがかかっていなかったりする。ものすごく急いで来た様子だ。
「出ていくのが見えたから、追いかけてきた」
なんだか焦った顔をしている。別に気にするほどのことではないと思うのだが。
「なんだ、声を掛ければよかったかな。どんなものがあるのかと思って覗きに来たんだ」
「……こういう所に来る時は、俺も誘ってくれ」
シュタインも気になってたのか。あまり興味なさそうに見えたけど。
二人連れだって、酒場のドアをあけた。
++
「いやあ、飲んだ、飲んでしまったなあ」
「リーゼ、大丈夫か?」
「うん、この感じなら、明日には残んない」
「……残らなければ良いというものでもないと、いつも言っているだろう」
酒場はカウンターと数席の小さい店で、女店主が一人で切り盛りしていた。
客は皆冒険者だった。ここは冒険者の間では最果ての村と呼ばれているらしい。この森は魔道具の材料になるものや珍しい魔物が多く、腕に覚えのある者には有名な場所なのだそうだ。
魔法剣を使う剣士の女性と意気投合し、明日から調査本番だというのに私は随分飲んでしまった。
「王都だと、冒険者には一線引かれてる感じがするんだよね。ああ、楽しかった!」
「確かにな。王都で俺に腕相撲を挑んでくるやつはいないものな」
シュタインはシュタインで、戦士たちと腕相撲をしたり楽しそうだった。その割にはあまり飲んでおらず、今もふらふらしている私を支えてくれている。
「シュタイン、本当にありがとう」
「いつもの事だ」
「そうじゃなくて、遠征に連れてきてくれて。あと、騎士扱いもだな。シュタインがそうしなかったら、飛竜隊の先頭を飛ぶなんて、なかっただろうし。憧れの竜騎士様だ!」
「そうかそうか」
「そりゃシュタインは、乗り慣れているだろうけどさぁ、普通は手綱を握る機会だって無いんだぞ。しかも先頭! 青空がばーって! 気持ちよかったなぁー」
夜風もシュタインの低い声も心地よい。私はどれだけ嬉しかったか伝えたくて、腕を大きく振って飛び跳ねる。
「……夢見ることも諦めていた景色が、見られたんだ」
見上げればそこには満天の星空。いまなら届きそうにも思えて手を伸ばした。
「危ないぞ」
「ふふっ」
腕を引かれて、その勢いでシュタインの胸に私の鼻がくっついた。酒場で食べた料理の、独特なスパイスの香りがする。そのまま鼻を擦り付けて、ふんふんと匂いを嗅いだ。
「リーゼ、おい」
「このにおい、好きだなぁ」
「……」
シュタインの体温が上がった気がして顔を見ると、真っ赤になっている。
「なんだ、シュタインも結構飲んでたんだな」
「……それどころではない。リーゼは楽しく飲んで、次の日はすっきりしているだろうが……」
「ん~?」
「た、大変なんだぞ、介抱する方は!」
酒は、弱いほうではないと思うんだけど。悪酔いもしないし、二日酔いもない。とっても楽しくなるだけだから、結構好きだ。
でも、シュタインは私が飲みに行くのをいつも阻止する。誰と飲みに行っても、なぜか気が付けばシュタインが必ずいるのだ。
そうしているうちに部屋に戻ってきた。支えてくれていた腕から抜け出すと、ドアの一番近くのベッドの、下の段にもぐりこむ。
シュタインが心配そうにのぞき込んだ。
「本当に大丈夫か? いつもと違う食事だったし、気分は悪くないか?」
「うん。あ、お水はほしい」
「わかった。持ってくる」
シュタインが出て行ったので、ぼんやりした頭で、もそもそと着替える。朝から締め付ける補正下着をつけていたのだ。ついでにきつく結っていた髪も解いた。癖がついた髪をわしゃわしゃとかき回す。
「ふう」
締め付けられていた身体と頭がほぐれて、少し楽になる。楽な下着姿で改めてベッドにもぐりこんだところに、シュタインが水差しとカップを持って戻ってきた。
「ありがと」
「……」
カップを受け取ろうと手を伸ばすが、シュタインは何やら驚いたような顔をして扉の所から動かない。
「んー? なに?」
早く渡してほしくて、両手を突き出した。上掛けが捲れて、下着姿の肩と胸が露わになった。おっと、さすがにはしたないな……ふわふわする頭でもそれくらいはわかった。私、偉いぞ。
「……飲ませてやろうか」
その声は、いつもより低くて熱っぽかった。少し違和感を感じたが、コップを口元に運んでくれるのかなと思って、私はおとなしく顔をあげて口を開けた。
シュタインはそんな私を見て少しひるんだように一瞬目をそらしたが、意を決したように、おもむろに水を自分の口に含み、私の頭に手を伸ばした。
「は? え、……ちょっ、ちょっと!!」
後頭部に大きな手が回る。
私の頭を掴んで軽々と持ち上げた。首を引こうにも、振ろうにも、頭は全く動かない。腕をつかんでもびくともしない。シュタインの真剣な顔が近づいてきて、混乱した私は目を固くつぶる。
ごくり
と、頭の上で水を飲み込む音がした。私の頭はシュタインの胸元に押し付けられている。鼻先の服からスパイスと、汗のにおいがした。
「リーゼが嫌がることはしない。……でも、俺をあんまり試さないでくれ」
シュタインはそう言うと、そっと私をベッドに戻した。捲れた上掛けも丁寧に戻し、ぽんぽんと肩のあたりを優しくたたいた。
「あ、……ご、ごめん」
「おやすみ、リーゼ。明日な」
「……仕事には支障ないから」
「わかってる」
シュタインは優しい目と声を残して、自分の部屋に戻っていった。
ちゃんと手の届く所に水差しを置いてくれている。のそのそと起き上がって口にしたそれは、甘いような、苦いような味がした。
驚いたが……そこまで嫌でもなかったんだけどな、と、ぼんやりした頭で思った。
今日は後ほど、おまけ更新します。
 




