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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第四章 お泊りは任務から
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40.騎士の任務

 

 きゃーーーー!!!


 玄関から出たら歓声が上がった。


 大通りから道場の敷地に入る門は、朝早いというのに開け放たれているようだった。そのせいで、門の方へ伸びる道は人で見えない。しかもまだぱらぱらと集まってきているようだ。


 王宮や、我が家や、訓練場の方には一般の人が入らないように、指南役や寮生が総出で警備をしているようだった。

 朝練の時間に変な事をさせてしまい、何とも申し訳ない気分になる。


 我が家の門はちゃんと閉まっていて、その前に現役の騎士達が等間隔に立っている。皆、寮出身の見知った顔だった。


 ……ん? 彼らは今日は非番では? 昨日、騎士団の事務所で見た勤務表を思い出す。


 鉄の門扉を挟んでたくさんの人に見られていると、まるで珍獣になったような気分になる。

 しかし、その視線は好奇の目ではないので、悪い気はしない。嬉しさと誇らしさが混じったような視線は、とにかく応援してくれているということは伝わってきた。


 集まっているのは、よく道場に見学に来ているお嬢さん方だけではなく、街の人もいる。酒場の女将さんと目が合うと、大きく手を振ってくれた。その大きな笑顔に、つい、小さく手を振り返すと、また歓声が上がって、皆が競って手を振ってくれた。


 なんでこんな事になっているんだ……??


「おおい、道を開けろー!」


 通りの方から大きな声がして、警備にあたっていた寮生たちが走り回って集まった人たちを押しのけ始めた。

 なんだなんだと、がやがやしながら、家の前の人垣が左右に割れて、道の向こうから……


「は、なんだ? あれ」


 私の口から、つい間抜けな声が漏れてしまう。


 馬に乗った騎士が三人、戦場に赴くかのようにきりりとした雰囲気で、堂々たる足取りで向かってくる。


 神妙な面持ちのシュタインを先頭に、今日一緒に行く二人の騎士を後ろに従えている。


 ……我が家は、王宮の敷地内にある。王宮へは、家の裏の道を進んでいけばすぐだ。騎士団の詰め所も、訓練場に出やすいところにあるから、迎えにくるにしたって、正面からだと大分遠回りだ。


「開門ー!」


 門の前にいた騎士(元寮生)が声を上げる。それに合わせて控えていた門下生が、ガラガラと門を押し開いた。


 三騎は、当然のように、歩みを進めてくる。ちょっと展開についていけていない私の前でぴたりと止まる。


「リーゼロッテ・ヘルデンベルク」


 シュタインが馬上から、朗々とした声をあげた。私に向かって話しているが、ここにいる人々に聞かせる声だった。

 その声色と迫力に、ざわめいていた声も止まり、しんと静かになる。


 かく言う私も、染みついたものがある。何なのかよくわからないながらも、背を伸ばし胸を張り、上官に対して話を聞く姿勢を取った。


「此度の任務において其方を、私、聖冠騎士シュタイナー・クラウゼヴィッツの副官に任ずる」

「はっ、承りました」


 ……は?


 上官の命令は絶対であるから、ハイ以外の答えはない。なので条件反射で良い声で良い返事をしてしまった。堂々と承ったと言っておきながら、心の内は大混乱だ。


「騎士として、この国の憂慮を取り除く働きを期待する」

「は、この命に代えましても」

「では、行こう。馬を」


「はい、こちらに、ごよういしてございます」


 芝居がかった子供の声に振り向くと、ノアが私の馬を引いていた。待て、いつの間に用意した? お前もグルなのか? 飛竜の谷までは王宮からみんなで馬車で行く予定だろ? 待ち合わせの王宮のエントランスは、うちの裏からすぐなんだぞ?


 とは思ったが、上官に逆らうようになっていない私は、手綱を受け取り堂々たる仕草で馬に跨った。こそっとノアから「先に裏から行ってるね」と耳打ちされて、私は馬で正面から回るのだなと悟った。


「リーゼロッテ様、こちらへ」


 騎士の一人がすっと下がって、私をシュタインの斜め後ろに誘導する。……確かになあ。副官ならここだよなあ。でも君たちは、同行する事務員のために後ろに下げられて、何も疑問に思わないのかなあ。

 とは思ったものの、上官の命令は絶対なので、きりりとした顔でその位置につく。


「我々はこの国を守るため、辺境の地で起きている異変を調査しに行く。必ず憂慮を取り除き、平和の報を持ち帰ると約束しよう」


 シュタインがその場に集まった人たちに言う。馬の上から見ると集まった人数が思ったより多かったことが分かる。皆、私たちを見上げていて、うっとりしたり、キラキラしていたり、微笑ましい視線だったり様々だが、総じて好意的だった。


「シュタイナー様! リーゼロッテ様! 頑張ってー!!」

「魔物を倒してきてください!」

「どうかご無事で!!」


 口々に応援の言葉をかけてもらう。最初の声はアリシアだった……あいつすごいな……


 ただの調査隊に向けられるにはかなり大袈裟な歓声の中、我々は堂々と出立した。


 そしてぐるりと王宮の正門まで、家の周りを回ったのだった。



 ++



「……そんなに危険な任務だったっけ?」

「東の森に、謎の植物が群生しているのだ」

「それ、そんなに危険な植物なの?」

「わからない。魔物が多い場所で、冒険者も近づけないんだ」

「毒があるとか?」

「それは無いようだな。なんでも傷つけると樹液が出て、すぐに固まってしまうらしい。逆に何かに使えそうだという話もある。だからアンチマジックと研究者の護衛が今回の任務だ」

「……さっきの言い方だと、国にとって危険な魔物を退治しに行くみたいな感じだったけど」

「嘘はついてない。もしかすると悪い物かもしれない」

「私が副官って、騎士団の人はいいのか?」

「今回俺は、騎士団のシュタイナーではなく、聖冠騎士のシュタイナーだからな。別に騎士団外から副官を選んでもいいだろ。俺の補佐はリーゼだけなんだから、副官だろ」

「……」


「……嘘は一個もついてないからな」


 西の谷への馬車の中、シュタインに問いただすが、その程度の質問は想定していたのだろう、飄々と返される。シュタインがこういう騙し討ちみたいなことをするとは思っていなかったから、なんだか釈然としない気持ちが残る。


「こ、こうすれば、俺が無理に攫ったとか、そういう事は言われないだろ。ちゃんと仕事で、リーゼも任務だと、広めておきたかったのだ」


 私の納得しない表情に負けたかのように、なぜこんな演出をしたのかを白状した。

 つまり、社交界の噂を気にしていたのか。シュタインが気にするほど、大きな話になっているのか? 「シュタイナー様なりに、ヴィンツェル様に対抗しようとしてるんでしょう」それが、これなのか?


「俺たちは光栄です。リーゼ様と任務に就けるなんて」


 まだあどけなさが残る騎士のゼノンが明るい声で言った。事務所にいると、元気に挨拶してくれる子だ。


「リーゼ様が聖冠騎士だったとき、俺はまだ見習いでしたが、リーゼ隊に入りたくてずいぶん頑張ったんですよ。でもシュタイナー師団長から一本取れないと配属されなくて。あの時、俺達、強くなりましたよねー」


 数人で当たる任務の時などは、私を隊長に部隊を組むこともあった。本当に滅多にない事だったけど、とても良い人材が配属されていた。シュタインもいつも入っていたが、そんな事があったとは。


「配属されるのが優秀な人ばかりだったので、私が失敗するのではないかと心配されているのかと思ってた」

「とんでもない!! あんなに話も分かりやすくて、指示も明確で、質問してもちゃんと答えてくれて、怖くはないのにキリッと緊張感があって……」


 何事もスムーズに進むから、さすが王宮騎士団だと思っていた。私の力もあったなら嬉しい。


「最初は、確かに物珍しさとかきれいだとかいい匂いがするとk」

 ばき


 突然、顔面に拳を打ち込まれ、ゼノンは黙った。


「……こういうことです。リーゼ様に関しては、触ったら死ぬ。いやな思いをさせたら死ぬ。特別扱いしても死ぬ。あの一年で叩き込まれました。騎士団は誰も、手を出しませんよ……」


 ゼノンの隣に座っているデュランが目をそらしながら静かに言った。

 ……騎士として活動していた期間、思っていたよりやりやすいとは思っていたんだ。侮られもせず、変に特別扱いされることもなく。

 それは父上の威光のおかげだと思っていたけど、現場ではシュタインが気にかけていてくれたんだな。まあ、拳で語りすぎている気はするけれども。


「なんだ」


 隣に座るシュタインを見上げると、ゼノンを殴ったことを咎められると思ったのか憮然とした表情をしている。


「いや、思ったより、助けてくれてたんだな、と思って」

「……」


 シュタインの顔がぼぼっと赤くなった。しかし部下の手前か、手を出してはこなかった。


「ちょ、リーゼ様!! これ、後でめんどくさいんであんまr」

 ばき


 復活したゼノンがまた拳で沈んだ。



 そうこうしているうちに、飛竜の谷が近づいてくる。我々を迎えるように五頭の竜が空をくるくると滑空しながら回っているのが見えた。


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