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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第四章 お泊りは任務から
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39.騎士の服と社交界の噂


 シルクの裏地がひんやりしている硬い袖。両腕を通すと背筋が伸びる。久しぶりの感覚だ。道場に出る時は男装だったが、ジャケットを着る機会は無かった。

 肩にずっしりと重みを感じる。任期中は、それすらも自分の夢の証のようで、緊張感とともに高揚感を感じたものだが、今日は息苦しいだけだ。

 この服用に作ってもらった補正下着で胸と尻を押さえているので、いつもよりも一回り細く見える。ヒョロリと背の高い少年のようなシルエットだ。


 騎士を引退して、約一年。服がキツくなっていないかと心配だったのだが杞憂だった。姿見で確認すると見た目には問題ない。だが、何だか迫力がない気がする。


「顔、丸くなったのかなぁ」

「そんな事はございませんよ」

「何だか腑抜けている」

「いいえ、心が安らかになって、落ち着いたんですよ」


 着替えを手伝ってくれた侍女が心なしか嬉しそうに言う。

 この家は使用人も少ない。住み込みは家令と彼女だけで、あとは交代で手伝いに来てくれる女性が数人いる。寮の方が貴族のお屋敷のように大きく立派で管理人や料理人もいる。寮生が行儀見習いも兼ねてフットマンのような事をしてくれるし、客人などあれば寮の方で迎えている。


 彼女は私が産まれたときからいて、歳の離れた姉のようでもある。男装で剣を振っていても、微笑ましく見守ってくれている。


「ドレスもよくお似合いですが、こちらの方がなんだかお嬢様らしいですわ」

「母上はまた嫌がるね」

「何をおっしゃいますか。このお嬢様を長年想い続けていた殿方が二人もいたのです。その噂を聞きつけて、最近では男装される御令嬢も増えているとか」

「あはは、流石にそれはないだろ」

「あら、今、お嬢様は御令嬢達の憧れの的ですのよ」


 彼女は母について社交の場に行く事も多い。何が話題かとか、流行ってるかとかは、こういう時に彼女から教えてもらっている。


「前からそうだったよ」

「あの方々は、推し、というのでしょう?そうではなくて、ああなりたいという淑女の憧れです。大貴族で美しいヴィンツェル様と、最強の騎士で男らしいシュタイナー様に求婚されるなんて。社交界ではお嬢様がどちらを選ぶかの話でもちきりです」

「えええ……私が選ぶとか、おかしくない? ウチの後継の話だよ、ヴィンツェルなんて完全に政略結婚じゃないか」

「フォルクライ卿があちらこちらで、そうお話しされているんです。ヴィンツェル様の幼い頃からの純愛、それを力ずくで奪うシュタイナー様、そんな構図で。ヴィンツェル様も否定もせず、あのお顔で、目をこう、少し哀しそうに細めて……」


 侍女は姿見越しに、わざとらしく憂い顔を作って唇だけで微笑んで見せる。


「……僕は、英雄の息子になりたいのではない。彼女の夫になりたいのですよ……」

「ぶはっ」


「お嬢様、その笑い方は流石によろしくありません」

「ごめん、でも、目に浮かぶ……なんで皆そんな芝居に騙されるの」

「あのお顔は反則ですわ。今まで隠してた分、注目の的ですもの」


 成程、それも作戦のうちだったのだろうか? 何というか、……本気の政略結婚を仕掛けられてるというか……


「……今回の遠征も、シュタイナー様が無理に話を通したという話になってますわ」

「それは本当。まさか本当に十日で用意するとは思わなかった」

「そうではなくて、お嬢様を帯同する事ですよ。このまま自領に攫って、返さないつもりなのでは、なんて話も聞きましたよ」


 一瞬、それもありえるかもと思った。


 ふと脳裏によぎる、古くて荘厳で、昼間でも薄暗い、大きな森の城。ずっとふわふわと夢を見ているような……薄暗くて暖かい場所。


 いやいや、なんだそれは。シュタインは我が家に婿入り希望なのだ、帰ってこないという事はないはずなのに。


「選ぶも何も、お嬢様のお心は既に決まってますのにね」

「……えっ?」

「えっ? シュタイナー様に抱きしめられて、どう見ても、思いの通じ合った恋人同士のようでしたけど」

「……」


「家のために引き裂かれる哀れな二人……あんな姿をみては、お二人を応援しますよ。奥様も、私だって」


 そ、そう見えていたのか……?


 フォルクライ家の方が良いならそれでと言った時、自分がどんな顔をしたのかは分からない。だが、どうやら不本意に見えた事は、その後のシュタインの態度から想像がつく。


「あらあら、そういうお顔はシュタイナー様に見せてあげてください。きっと何でもやってくれますよ」


 揶揄うような侍女の声に、つい鏡をみると、みっともないほど赤い顔が映っていた。


「……やっぱり、何だか、もう、騎士の服は似合わないよ……」

「そんな事ございませんて。あの方は泣いて喜びますね。絶対」

「どういうことだよ……あ、ねえ、フードがついた、頭から被れるマントがあったよね」


 すこしでも目立たないようにマントを出してもらったが、侍女はそれを渡さず腕に抱えた。


「これは飛竜でお使いください。お顔はすぐ戻りますよ。……ああ、じゃあもう一つお話を。二人のどちらかは近々失恋するというので、沢山のご令嬢がその時に慰める位置にいようと競っていますわ。特にヴィンツェル様ときたら、伝説に残るフォルクライ卿の再来と言われるほどで。今、貴族に眼鏡が飛ぶように売れているとか」

「え? 何で眼鏡が売れるの?」

「さあ、共通の話題探しでしょうか。それか、ヴィンツェル様にあやかろうという男性陣かもしれませんね」

「まさかの、眼鏡がトレンドかー」


 祭りで会った、ヴィンツェルの眼鏡を用立てていた商人を思い出した。ケインさん、今頃大忙しかも。


 侍女と笑い合うと少し落ち着いた。鏡を見ると、顔色も落ち着いたようだ。まだ少し血色は良いが、悪いよりは良いだろう。


「さ、そろそろ参りましょう。王宮まではどうぞそのままで。担当の方々が噂を聞きつけて、外でお待ちですから」

「担当?」

「久々の騎士姿を一目見たいと、沢山の方がいらしてます。もちろんアリシア様もいらしてますよ」


 ああ、あの推し活のお嬢様達か。

 アリシアもすごいな、朝早くから来るなんて。


「でも、どうして私がこの格好してるって知ってるの?」

「それは、シュタイナー様があちこちで言いふらしたからですね」

「なんで」

「行ってみればわかりますよ。シュタイナー様なりに、ヴィンツェル様に対抗しようとしてるんでしょう」



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