36.事務のお仕事と昔の制服
本当に、十日後に行くことになった。
実はすでに、聖冠騎士に東の森一帯の調査依頼が来ていたらしい。何でも妙な植物が群生しているのだとか。魔物が多い地域なので、調査団の護衛に聖冠騎士が指名されたそうだ。
シュタインは実家に近づきたくなさ過ぎて後回しにしていたようだ。……それはどうかと思うが……
できるだけ早めに、という話だったのを、最短で旅立てるように調整した。また、補佐として私を連れていく事も許可を取っていた。
ついでに、実家の近くに行くから顔を出してくると言って休みを貰っていた。頭を使おうと思えば使えるんじゃないか。まあそのくらいは普通のことか。
そんなわけで、私は今、王宮騎士団の事務所にいる。
調査の内容を確認したり予定を作成したりと、出かける前の事務仕事も任されている。この前までとは打って変わって、毎日のようにシュタインと顔を合わせている。
その割には慌ただしすぎるのと、シュタインにも何かのスイッチが入ったようで、甘ったるい空気にはならない。以前の姉弟弟子関係というか、仕事仲間に戻ったようで私は気が楽だ。
「シュタイン、申請してきた。飛竜五騎、大丈夫だって。ただ、四人乗れる大きいのは来週は無理。一週ずらせばいいって言われたけど」
「そうか、分かった。それなら全部二人乗りので問題ない」
飛竜は各地にある飛竜の谷に住んでいる魔物で、非常に頭がよく人の言葉も理解している。飼いならせないが、対等の立場として取引ができるのだ。フェルデンラント王国の王宮兵団は王宮近くの飛竜の谷と契約していて、必要なときには飛竜を貸してもらうことになっている。
地図を見ていたシュタインに承認印のついた申請書を見せる。シュタインが頷いたので当日使う書類の束に入れておいた。
「あと、東の森までの飛行ルートがいくつかあるよね。装備の問題もあるから、早めに決めてほしい」
「今決めてしまおう。移動は一日で済ませたいが、無理する必要もない。どう思う?」
「なら、このルートかなぁ。湖までまず行って、山を迂回し……休憩は……」
地図を覗き込んで話していると、自分が聖冠騎士だったった頃に戻った気がする。あの頃は、逆に騎士団のシュタインが補佐してくれたこともあった。
やっぱりシュタインとのコンビはやりやすい。物事の裏を読んだり、含みを持たせたりするのは二人とも苦手だが、作戦を立てたり、方針を決めたりするときは余計なことを考えないのでスムーズなのだ。
ずっと一緒に育ってきたからか、価値観や考え方も似ている。気を遣わなくていい。
「じゃあ、移動の予定はこれでいいね」
「ああ。各自に通達を頼む。……そうだ、リーゼは便宜上事務官としたが、俺の部下ということで騎士の格好で来て欲しい。聖冠騎士の時の軍服、あるだろ?」
「え? うん。捨ててはいないけど。悪目立ちするのではないか?」
「クラウゼヴィッツ家の騎士団には女もいるから、あちらでは目立たない」
東の森を護る辺境伯は、独自の兵団を抱えている。クラウゼヴィッツ家の兵団は実力主義で有名だ。実力があれば、性別も歳も関係ないらしい。
なので、私が騎士の格好で行ってもなんとも思われないだろうということだ。確かに飛竜に乗るなら、スカートは嫌だなあ。
「……しかし、もう騎士でもないし」
「任期後に制服を着る事は禁じられていない」
そりゃ、わざわざ禁止していないと思うが、卒業後に学園の制服を着るのが憚られるのと同じというか……
「……身分を偽っていることにならないだろうか」
「王宮騎士団ではなくて、聖冠騎士直属の部下、と考えれば別に偽ってないだろ」
「いや、まあそうかもしれないけど」
なぜこだわるのだろうか……聖冠騎士二人で並びたいのかな?
実家に帰るから、少し見栄を張りたいとか?
どう解釈したものかと思っていると、魅力的なことを言い出した。
「飛竜の手綱を取ってもらいたいし、女官の服の方が変だ」
飛竜の手綱……と聞いて、心が躍る。
飛竜にはめったに乗る機会はない。だから乗れるというだけでうきうきしていたのだが、手綱を取るというと、操縦席である前の鞍に乗るという事だ。
私も数回しか経験は無いが、空からの景色は素晴らしい。それを自由に飛んでいる気分は格別だ。
「いいのか?」
「大きいのが借りられたら同乗したかったのだが……実は頼みがあって」
「頼み?」
少し言いにくそうに、シュタインは続けた。
「ノアをリーゼの従者として、連れて来てくれないか」
「ノアを? なんで?」
「これは仕事と関係ないから、また後で」
そう言うシュタインは自分で言い出しておいて少し不満そうだ。
ノアはよく動いてくれるし、私も色々頼みやすい。身体の事はまだ心配だが、飛竜に乗れるといえば喜ぶかも。飛竜は少年達の憧れだ。
そう思うと、翠の目をキラキラさせて喜ぶノアが思い浮かんで、伝えるのが楽しみになった。
「わかった。ノアも喜びそう」
「リーゼはノアがお気に入りだな。早くなんとかしないと、強力なライバルになりそうだ」
シュタインは口を尖らせてぼやいた。
「何を言ってるんだ、馬鹿」
さすがに本気ではなさそうだが、私もそこまで守備範囲は広くない。
私は笑って地図に目を戻す。
王都から東の森まで飛竜なら一日。
地方の子供が騎士団に入ったら、その地方の仕事を優先して抜擢され、飛竜で凱旋するのが習慣だ。それはどんな子でもチャンスがあるという事を広め、王宮騎士団を国の人気の職業にしている。
だから、シュタインももっと里帰りしていてもおかしくはないのに、私が知る限り、騎士になってから一度も帰っていない。
今もどこか乗り気ではなさそうだ。
「……そういえばシュタインは、実家と折り合いが悪いのか?」
「折り合いが悪いというか……あの家は古いんだ。だから、居心地が悪い」
話題を避けるように、壁の時計を見上げる。
「その話も後で。夜、リーゼの家に行く」