34.ヴィンツェルの都合
三人称ヴィンツェル視点です。そろそろリーゼ一人称だと話が進まなくなってきました。
いやあ、やっと、進展しそうだなぁ。
馬車の向かいに座る父の膝が小刻みに揺れている。あからさまに機嫌が悪い。父は今日、婚姻の話を強引にでもまとめるつもりだったのだ。
アレクシスが、アンチマジックで魔力を無効化し、剣術で魔王を倒すまで、この国の軍の主力は魔法兵団だった。魔法兵団は魔術師団と騎士団から成り、「魔術」が使えれば魔術師団、「魔力」が多ければ騎士団、というのが相場だった。騎士団も魔力での身体強化が当たり前で、魔力が無ければ所属できなかった。
フォルクライ家は、魔力が多いうえに魔術も使える者が多く、魔法兵団の団長、そして軍事統括を代々担っていた。現在も名前の上での軍事統括は、この不機嫌な父、グレゴリー・フォルクライだ。アレクシスはアドバイザーという位置づけになっている。
家の役割を守りたいグレゴリーと、新しい体制を定着させたいアレクシスは利害が一致し、今のところ関係は良好だ。
今までが魔法偏重だったと言われ始め、フォルクライ家にとっては逆風が吹きはじめたとき、父の決断は早かったらしい。
敵対するのではなく、アレクシスの味方となり恩を売る。婚姻で子爵家を侯爵家へ取り込み、家の役割を守る。
それは、自分が生まれた時には既に計画され、幼い頃からお前はヘンデンベルクの娘と結婚するのだと言われていた。
……リーゼは可愛いと思うし、結婚も嫌じゃないけどさあ。
僕は、番犬に噛み殺されたくはないんだよね……
ヴィンツェルは、父の鋭い眼光を無視しながら、初めてリーゼロッテに会った日のことを思い出していた。
++
──なあに、お前がその顔でほほ笑んでやれば、すぐにコロリといくさ。
父上の嘘つき。まったく効かないじゃないか。
今日は婚約者との顔合わせだと言われていた。しかし、向こうは家柄の差に恐縮しているという。
当の娘がヴィンツェルを気に入れば話しがスムーズに進むだろうから、何が何でも惚れさせろと厳命を受けていた。
彼女は僕の事を、何と聞いているのだろうか。
膝下丈のワンピースはよく似合ってはいたが、ヴィンツェルの感覚では安物だったし、シンプルで地味で、貴公子に気に入られようとしているようには全く見えなかった。
同い年だが自分よりも大分背が高い彼女に微笑みかけてみたが、彼女は不思議そうにまじまじと覗き込むと、「綺麗な色の目をしているんだね」と言っただけだった。
王宮の敷地内の一角にある小さな邸宅。それとは別に、通り沿いに大きな建物もあるが、それは少年や指南役が寝泊まりしている寮だという。
王宮に家がある、というのは特別な待遇であることは間違いないが、これでは確かに羨望の的にはならないだろう。
どこからか雄叫びのような野太い声が聞こえてくるが、それを気にしている様子もない。話題も、まったく女の子らしくない。
「剣術とか、武術とか、やってる?」
「いや、僕の家は魔術師が多いから」
「魔法、使えるの!?」
「ええと、僕は使えないんだ」
「じゃあ、剣術やればいいじゃない」
フォルクライ家の騎士団長の息子と話が合いそうだな、と思いながら、適当に相槌を打つ。ちなみに彼は七歳だ。
「ああそうだ、庭を案内するんだっけ。庭なんてここだけだからなあ、道場のことかなあ」
思い出したようにキョロキョロと周りを見回す。
庭を案内してもらえ、なんて、二人でおしゃべりして親睦を深めて来いという意味に決まっているのに。彼女は言葉通りに受け取ったようだった。
そして、はたと気づいたようにヴィンツェルを見る。
「……その格好、汚れたらまずいよね?」
その日のヴィンツェルはまるで王子様のような格好をしていた。ここに来るまで、全ての女性が振り返り頬を染める出来だったのだが、残念ながら本命にはまったく効いていなかった。
しかし、お転婆だとは聞いていたし、とにかく彼女に気に入られなければならない。服が汚れるなど言っていられない。
「大丈夫だよ。こんな服ならたくさんあるから」
「なら良かった」
裕福さと懐の深さをアピールするつもりでそう言ったが、それもスルーされてしまった。
エスコートしようと思ったが、彼女は自分でさっさと立ち上がり、こっちだよ、と手招きする。
小さな庭園から家の裏を回り、石畳の細い道に出た。生垣の向こうで筋骨隆々な大人たちが大声を張り上げて剣を振っている。
「そこは騎士団の訓練場。邪魔すると怒られるから、あんまり見ない方がいいよ。……ほらあっち、寮の子達がいるから」
小道を進んで行くにつれ、生け垣の向こうの厳つい男たちは、だんだん若くなってくる。
ついに自分たちと同じくらいの少年達が見えた。
「リーゼ!」
「あ、シュタイン」
体格の良い少年が駆け寄ってきた。汗と泥のついた顔、袖から出た腕には所々あざが出来ている。
「何だそいつ」
生垣越しにギロリと無遠慮に睨まれて、ヴィンツェルはつい後退った。
しかし、この顔、よく見ると見覚えがある。
シュタイナー・クラウゼヴィッツだ。
二年前、珍しくクラウゼヴィッツ家が王都に来たので、子供達も含めて交流会が催されたのだ。三男のこの子は同い年だったはず。つまらなそうにそっぽを向いて、すぐにいなくなってしまったので、自分のことは覚えていないだろう。
しかしあの時とは随分印象が違う。獰猛で荒々しいが、あの時のような陰鬱な様子はない。髪がさっぱりと短いからだろうか。
「父上のお客様の子。庭を案内して来いって言われた」
「ふうん」
リーゼロッテはなんて事も無いように言うが、シュタイナーは二人の格好を見て、「庭を案内」の意味を正確に理解したようだ。
ギロ、っともう一度睨まれる。
「おい貴様、すぐに引け。この俺を敵に回すことになるぞ」
「シュタイン、何を言っているんだよ。失礼だろ」
「貴様が何であろうと、俺は絶対認めない。……少なくとも、リーゼより強くなければな」
シュタインは荒々しく言うと、まるでオオカミが威嚇するように、顔を歪めて歯をむき出しにしてみせた。
ひえっ
ヴィンツェルは震え上がった。侯爵家の長男として生まれて、お行儀のよい人間たちに囲まれて育ってきたのだ。お友達は選ばれた少年たちで、皆ヴィンツェルを立ててくれる。こんな風に敵意をむき出しにされたことなどない。
怖いよう。そうだ、父に言って彼女の近くから消してもらおう。……と思ったが、彼はクラウゼヴィッツ家の三男だ。
……逆に、そんなのと縁ができたと知れば、仲良くなれと言われるに決まっている。
と、なると。
リーゼロッテと婚約して、シュタイナーと仲良く……?
思わず見ると凶暴な番犬は、まだこちらを睨みつけて唸っている。
む、無理だああああ!!!
殺される!!!
その日その時まで、その顔と目と家柄と頭の良さで人生チートモードだったヴィンツェルは、生まれて初めて野性的な敵意をぶつけられ、「勝ち目がない」と、本能で感じたのだ。
……これは上手くやらないと、大変な事になる。
そしてヴィンツェルは覚悟を決めると、困ったように、たはは、と笑って頭に手をやってみせた。父が誤魔化したいときにやる顔だ。
「いやだなあ、誤解だよ。剣術道場に興味があったから、見学だよ」
「!!そうなのか!!」
リーゼロッテの顔がパァッと明るくなった。反面、シュタイナーの顔が曇る。だが殺意は消えた。
「君はシュタイナー・クラウゼヴィッツ君だろ? 凄く強いと聞いたことがある。憧れてたんだ、僕も、魔術師の家の産まれなのに魔法が使えないからさ」
シュタイナーは目を丸くした。名を知っていたことに驚いたのだろうか。褒めたからか、僅かに空気が緩んだ。
「そうか。ならば貴様も入門するといい。……剣術は、平等だ」
「入門するのか!? 楽しみだな! あっ、貴族の子息のクラスもあるから安心して。ここは騎士クラスだからアザだらけになっちゃう」
そして興奮が抑えられないリーゼロッテに空いている訓練場に連れ込まれ、まずは体験だ!と、木剣を握らされたのである。
その日、リーゼとは、まあまあ仲良くはなったと思う。楽しそうなリーゼは可愛いと思ったが、命をかけてあの野獣から奪いたいとは思わなかった。
でも、父上に嫌だって言ったら、この役割が他に行くんだろうな……と思うと、それも面白くなかった。
色々考えたヴィンツェルはしょんぼりとした顔で父に報告した。
「父上、彼女は剣術の強い男を望んでいるようです。かくなる上は、僕も道場に通います。そして彼女に勝てるまでは、……どうかこの話は進めないでください」
シュタイナーは、『少なくとも、リーゼより強くなければ認めない』と言った。もし万が一勝てれば、殺されることはないだろう。
大人になれば背も体格も力も、男のほうが優る。そのうち勝てるかもしれない。
……まあでも、その前に、シュタイナーが彼女を射止めるだろう。そうしたら僕は任務失敗。
せいぜい二人とは仲良くなっておこう。目指すは親友ポジションである。
++
……そうしたらまさか、20歳まで引っ張られるとは。
彼女が騎士を辞めたら、目が治ったら、魔術が使えるようになったら、彼女に勝てたら、と、色々引き延ばしてきたけれど、さすがにもう難しい。
勝てない戦いはしない主義だが、逆にいえば勝ち筋があるなら挑みたい。
……本当、しっかりしてくれよ、シュタイン。
この程度、何とかできないようでは、本当に僕がもらっちゃうよ。
読んでいただきありがとうございます。
リーゼが恋愛関係にぼんやりしてるのはシュタインの強力なセコムのせいです。
次から新章、旅行編です!
これからも週2更新いたします。投稿時間は変えて夕方にしてみようと思っております。
次回は今日の夕方に投稿して、そこから夕方にしようと思います。
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