29.お茶会2
「あの、アリシア」
バッドエンドってなんだ、私の人生勝手にバットとか決めないでほしい。 私は遮るように手を挙げた。
「すまないが、言っている意味がよくわかりません。何か勘違いしているようだけど」
「え!?」
アリシアは目をかっぴらいて……大きく開けてとかそういう可愛らしいものじゃない顔だった……私をまじまじみると、さーっと青ざめた。
「え、まって、え、リーゼ先生は、このお話、知らない?」
「お話って何の事です?」
「『聖女は森の城で眠る』…… 田舎の男爵令嬢だったアリシアが、意地悪な令嬢のリーゼロッテに虐められつつも健気に頑張って、天才魔術士のヴィンツェルと結ばれて、魔王クラウゼヴィッツ卿を倒しに行くっていうファンタジー小説です……完結まだだったんですけど」
「????」
聞き覚えのある名前がたくさん出てきたが、何やらまったくよくわからない。 え、私、意地悪な令嬢? アリシアを虐めるの?
「知らない……というか、登場人物は知り合いばかりだけど」
最近は実在の人間を使って話を作るのが流行っているのだろうか? いやしかし、私が意地悪な令嬢というのは納得がいかない。
「何だか失礼な話だなぁ」
つい、ムッとしてしまう。アリシアは慌てて手を顔の前でブンブンと振った。
「あああ、すみません! そのお話で、リーゼロッテは騎士団を私物化し断罪されてヴィンツェルに婚約破棄され、東の森へ追放されるんですが、最後は魔王復活に巻き込まれて……リーゼロッテから見れば完全にバッドエンドなんです」
何だそれ。意味がわからん。
「騎士団の私物化は、確かに聖冠騎士は団長レベルの権限はあったから、そうとも言えるかもしれない。でもそれで断罪はないだろう」
「そういうのじゃなくて、ええと、その美しさで皆さんを骨抜きに」
もう一段、眉間に皺が寄った。 ……実力で勝ち取ったものを、女の武器を使ったと言われると不愉快だ。
「婚約破棄? ヴィンツェルと? そもそも婚約なんてしてないけど?」
「ですよね、それにお二人仲良さそうですし。ヴィンツェル様もキャラ違ってなんかチャラいし」
そもそもヴィンツェルの家は王族に連なる名家だぞ。ウチみたいな平民からの成り上がり子爵家を相手にするわけがない。
「魔王? 復活しないように全て消失させたって聞いたけど」
「それは、消失の直前に魔王は種を蒔いたんです。それが一つだけ育って……」
「なんだそれは!」
私はつい、強い口調で言ってしまう。
「魔王を倒したのは父だ。完全に倒したから、英雄とされたんだ。それを侮辱するのか! その物語は誰が書いたんだ、抗議する」
「あ、いいえ、その、えーと、夢! 夢の話ですから! ええと、そうなってないから、私、リーゼ先生がなにか、こう、破滅を回避するために動いていたんだと思って!」
アリシアは怒りを抑えられない私を宥めようとするが、その言い分もよくわからない。なんだ破滅って。誰だって破滅する可能性はあるかもしれないが、最初から破滅すると思って生きていない!
「おれ、聞きたい」
そこにノアの高い声が飛び込んだ。
突然のノアの、珍しく真剣な声に、私もアリシアも止まる。
「なんだか面白そう、もうひとつの世界って感じ。詳しく教えてよ」
++
「あくまで、夢! 夢ですからね!? そうならなくて良かった!! って、思っている、と言う事ですからね?」
「うん……わかった」
アリシアは私の顔色をうかがいながら、ノアにねだられるままに話し始めた。
「ええと、そのお話では……」
田舎の小さな男爵家の令嬢アリシアは、強い回復魔法が使えるため、王都の学園に通うことになった。そこで魔力が目に溜まってしまい、魔眼が制御できないために孤立しているヴィンツェルに出会う。
「ちなみにメガネは?」
「かけてませんでした。そこ重要ですよね。眼鏡で防げるのかよって思いましたもん。お話のヴィンツェル様は身の不幸を嘆くばかりだったみたいですね」
アリシアは魔法でその魔眼を治し、それがきっかけでヴィンツェルは恋に落ちる。しかしヴィンツェルには幼いころから決められた婚約者がいた。それがリーゼロッテ。リーゼロッテはアリシアに嫉妬し、様々な嫌がらせをしてくる。ついに軍事総統である父の権威を使って騎士団を騙し、アリシアを魔物の化けた姿だとして処刑しようとする。
「そこまで行くとすごいな」
「だから私最初は、リーゼロッテに会わないようにしてたんです」
そのたくらみに気づいたヴィンツェルは卒業パーティーでリーゼロッテを断罪し、婚約破棄を告げる。伯爵家に養子として迎えられたアリシアは、ヴィンツェルの婚約者になりましたとさ。めでたしめでたし。一章完。
「そんな感じなんですけど。私もたまたま街で苦しんでいたおじいさんを助けたら伯爵で、養子に迎えられました。そこだけはお話しも現実も一緒でしたね」
「へえ」
「ねえ、クラウゼヴィッツ卿はいつ出てくるの?」
ノアが焦れたように聞いた。確かにシュタインは出てこなかったな。シュタインがいれば、私が人の道を外れそうになった時には、必ずぶん殴って止めてくれるだろう。
「クラウゼヴィッツ卿は、その続きね」
第二章。断罪されたリーゼロッテは、東の森の地へ追放されることになる。その地を統治するシュタイナー・クラウゼヴィッツ辺境伯は、美しいリーゼロッテを気に入り妻にする。まるで魔物のような恐ろしい男はこの世のすべてを欲し新たな魔王となり、復讐に燃え黒い竜となったリーゼロッテとともに王都を焼き払う。
「それで!?」
ノアはキラキラした目で身を乗り出す。
「で、魔王を何とかしないとってことで、ヴィンツェルとアリシアが魔王退治の旅に出るのよ。そこまでしか知らないの。」
「そっか……」
なぜかノアはしゅんとする。
聞いているうちに、あまりの荒唐無稽な話に怒りも収まってきた。
黒い竜になるのか。私。
魔王と竜が出てきたら、それを倒すまでが物語だよなあ。途中で終わってるというのも変な話しだ。
「アリシア、この話はこれでおしまいにしましょう。ほかでもお話しするのは控えてください。ヴィンツェルにも、シュタインにも失礼だ」
「ええ、そうですね……一番変わっていたのがリーゼ先生だったから、転生者で破滅を回避したのかと思って……変なことを言ってごめんなさい」
アリシアは本当に申し訳ないと思っているようだった。
「リーゼ先生も、シュタイナー様も、ヴィンツェル様も、そんな本なんかより、現実のほうがよっぽど良いです。……何があったかわからないですけど。本当によかった。意味がわからないかもしれないですが……お礼は言わせてください。ありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げた。
しかし、頭を上げると、少し釈然としない顔でつぶやく。
「……リーゼ先生じゃないなら、なんでこんなに話が変わっているのかな」