28.お茶会1
それから、ヴィンツェルに見守られながら、今日の訓練は終了した。
アリシアとルイゼはいつも通りだったが、サーシャはいつもの10倍は動いていた。いつもはどこかだるそうな雰囲気だったのが、きびきびと動き、返事も大変よろしい。
いつもそうだったら良いのに……と思いながら、私はもう少し厳しくした方がいいのかもしれないなとも思った。
しかし、人を見て態度を変えるのはよろしくない。ヴィンツェルの前ではこうだし、侍女見習いということは上司からの評価は悪くないのだろう。素直でよい子だし、妹と仲が良いのかもしれない。
今までは、やりたくないのに無理に通わされているからやる気が出ないのかと思っていたが、今日はっきりした。サーシャは私をなめている。
まあそれは、私の今後の課題だ。厳しくしたら私の前だけはきちんとするようになるかもしれないが、それでは問題は解決しないだろう。
「ありがとうございました!」
元気の良い挨拶で締める。
通常のクラスでも、どんなにヘトヘトでも最後の挨拶だけは皆最後の力を振り絞って大声を上げる。そのあとはその場に倒れこむ奴らも多い。この間のノアのように。
だからシュタインはぜんっぜん心配していなかったんだよな……
女性クラスはそこまで厳しくしていないので、三人とも終わった達成感ですっきりした良い表情だ。
ノアは仕事がないときはヴィンツェルと一緒に見学していたのだが、意外と意気投合したようで、こそこそと話をしていた。魔法を使える者同士、話が合うのだろうか。
「ヴィンツェル、最後までありがとう。サーシャも頑張ってるよ」
「うん、安心した。リーゼの先生姿もサマになってた」
そう言われると少し恥ずかしい。まだ教えられるようなできた人間でもないとは思うのだ。
私のやりたいことに皆を付き合わせているだけなのでは、と思ってしまう。
「リーゼなら安心して預けられるな」
「そう言ってくれると嬉しい」
私の心中を知ってか、クライアントであるヴィンツェルは微笑んだ。
訓練が終わると、我が家に移動する。
年頃の女性たちに男臭い小屋を使わせるわけにもいかず、我が家の一室を女子更衣室にしているのだ。雇主が待っているからか、いつもはのんびりしているサーシャがすぐに支度を整えて出てきた。
「ありがとうございました! お先に失礼します!」
ノアと話しながら待っていたヴィンツェルも立ち上がる。
「それでは失礼するよ、ノア君もありがとう。楽しかったよ」
「うん。お兄さん、剣はイマイチだけど、魔術師としてはほんと最強になるよ!」
「はは、ありがとう」
生意気な事を言うノアにも手を振ってくれた。
ヴィンツェルは名家の長子なのに偉そうなところがない。道場では身分と顔をやっかまれて、ずいぶん嫌な目にも合っていたようだ。まあ、やり返してはいたようだけど。
それなのにスラム育ちのノアにも分け隔てなく優しく接してくれる。できた人間だなあと思う。
元気な声のサーシャと、機嫌のいいヴィンツェルを見送り、アリシア達を待つ。 アリシアは着替えが大変そうで、いつも帰り支度に時間がかかる。
「お待たせしました……その、」
帰り支度が終わったアリシアを送ろうとするが、何だかもじもじしている。
「リーゼ先生、この後お時間ありませんか? その、おお、お話したくて」
珍しい。アリシアは終わった後、いつも飛ぶように帰っていくのだ。何か訓練の相談でもあるのだろうか?
「いいですよ、では、お茶でもお出ししましょう」
訓練生なら、その辺りに座り込むか、早くからやってる酒場に行くところだが、伯爵令嬢ともなればそういうわけにはいかないだろう。
芋とビールより、ケーキと紅茶である。
「まあまあ! アリシアお嬢様、ようこそお越しくださいました。何のおもてなしも出来ませんで申し訳ございません」
「ヘルデンベク夫人、ご機嫌よう、リーゼロッテ様にはいつも良くしていただいておりますわ。今日は私が無理を言いました。突然でこちらこそ失礼しております」
挨拶にきた母とニコニコと話しているのを見ると、訓練場で見る元気いっぱいで勢いの良いアリシアと同一人物であると思えない。 お淑やかで落ち着いていて可憐で可愛らしくて、まさに淑女、といった感じだ。……この切り替え、見習わなくては。
お茶とお菓子を並べる雰囲気と良い匂いを嗅ぎつけたのか、ノアがちゃっかり隅っこに座っていた。 ノアは不思議とどこでも溶け込むのだ。アリシアも可愛がっているし、何も言わないなら同席させても良いだろう。
母は用事があるようで出て行った。 アリシアとルイゼ、ノアと私になると、アリシアは急に挙動不審になった。
「あーー、ええと、」
目が激しく泳ぎ、手をワキワキとしながら腕を振っている。あー、とか、うーとか、言っているところを見ると言葉を探しているようだ。何か深刻な悩みでもあるのだろうか?
「あ、あああの!」
ついに話し始めた。しかし言い淀んでいる。言いにくい事?
もしやシュタインの事か? そもそもアリシアはシュタイン”推し”だった。やっぱり好きだから別れろとか……? いや、別れるも何も付き合ってもいないか。婚約といっても、まだ具体的な婚姻の話まではしていないし……
「さっきの、話なのですが!」
さっき……? ならばヴィンツェルか? 友達だと言っていたけどヴィンツェルは満更でもなさそうだった。……付きまとわれて困ってるとか? でもヴィンツェルがそんなことするとは思えないなぁ……
「ここ、『聖女は森の城で眠る』の、世界ですよね!? 私、部活の遠征中にバスの事故にあって、気がついたらアリシアだったんです! でも、何も事件が起こらないし、リーゼロッテもヴィンツェルも全然違う人になってるし」
?? 何の話だ? ばす? 事故? なぜ突然の呼び捨て? いや別にいいけど
「でも、私も命かけて魔王を倒すとか嫌だし、何かあればすぐわかるようにリーゼロッテとシュタイナーみてたら、なんかめちゃくちゃかっこよくて。そしたらリーゼ推し仲間ができて、なんか推し活になっちゃって。あと、シュタイナー様って、クラウゼヴィッツ卿ですよね? 何であんな、わんこになってるんですか!? シュタイン、て、なんですか!? リーゼ大好きがダダ漏れで最高なんですけど!」
きゃああ~と、顔を手で覆って悶えているアリシア。
???? 何を言っているんだ? ええと、? だめだまったく理解できん。どうしていいか分からず助けを求めるようにルイゼを見ると、生温い笑顔でそっと首を横にふった。
ん、諦めろと?
「アリシア様は四年前、強く頭を打ってからこのような事をおっしゃるようになったのです」
「ということは、まだ、その後遺症が……?」
もうずいぶん経つのに……大丈夫なのだろうか。
「わかりません。しかしそれ以外は問題なくお過ごしですし、お外では言わないようにされてます。ですから、どうかリーゼロッテ様、これは、……ご内密に」
「わかりました」
神妙に頷く。ルイゼも苦労しているのだな。 アリシアがこんなに可愛らしいのに恋人もいないのはそういう事なのだろうか。 アリシアはぱっと顔を上げた。キラキラとしてとても楽しそうだ。
「リーゼロッテ様はバッドエンドを回避できたんでしょう? これで魔王も復活しないし、私も冒険しなくて済むし、ほんとによかった!」




