25.三人の生徒と可愛い助手
「訓練に入る前に、これからの方針を説明しておきましょう」
どうせなら、楽しいと思ってほしい。アリシアはなんだか目を輝かせているが、他の二人は警戒している感じがする。
言われたからやる、というのではなくて、役にたつと思ってもらいたい。
二人にとっても悪いことではないはずだ。
幸い、今日は天気が良い。女性クラスは人目につかないように室内の訓練場を使うが、野外の隅にある休憩のためのスペースに案内する。
休憩スペースはノアが準備してくれた。ノアは私のサポートをしてくれることになっている。子供だから警戒心も抱かれないだろうし、道場にも慣れている。気が利いてよく動いてくれるし、本当にいい子だ。
三人を連れて行くと、ぴょこんと練習した通りに頭を下げた。興味深そうに、ちらりと見上げなければ満点だったのに。
ノアが用意しておいてくれた椅子と机……というか、箱と丸太。それから箱の上に魔道具のランプ。当然、昼だから明かりは灯っていない。
訓練場の端っこだから、整理整頓はされているが美しくはない。
お嬢様方を案内するようなところではないが、いつもと違う雰囲気にも慣れてもらいたかった。
アリシアとサーシャは抵抗なく丸太に腰を下ろした。ルイゼは僅かに眉を顰めたが、アリシアに倣って、比較的綺麗な断面の丸太に浅く腰掛けた。スカートではないのは初めてのようで、気になるのかシャツの裾を押さえている。
侍女は、貴族の娘が行儀見習いで就くこともある。もしかするとルイゼもそうなのかもしれない。今のところ、アリシアよりもはるかに落ち着いていて淑女っぽい。
サーシャはきょろきょろと落ち着きなくあたりを見回していたが、後ろに控えていたノアと目が合って居住まいをただした。自分より小さい子の前ではしっかりしなければいけないと思ったのだろうか。
「さて、今日からやる事は、まずは体力と筋力のトレーニング、それから通常の護身術。最終的には、あなた達には、魔法使い相手でも逃げきれるようになってもらいたい」
三人とも真面目な顔でこちらを見る。アリシアが首を傾げた。
「逃げる、ですか? 倒せるのが最終目標じゃなくて?」
「そうですね。剣術試合など、ある程度ルールがある中での戦いではなく、あくまでも日常の自衛、護衛を目標とします。そうすると、どのような条件下でも対応することになる。この中で魔法を使える方はいますか?」
聞くとアリシアが小さく手を挙げた。
「あ、でも、効果が限定されてて。回復しかできないんです」
「ヒール、珍しいですね」
「えへへ」
魔法は、魔力と呼ばれるエネルギーを体内で利用して身体能力を上げたり、魔術として放出していろいろな事をしたりするものだ。
魔力を持っている人自体がそもそも少ないのだが、持っている人の中にも、一つの効果しか起こせない人もいる。父のアンチマジックもそうだ。アリシアはヒールのみ使えるらしい。
「だから、傷の治りとかすごく早いし、訓練でボロボロになっても大丈夫です!」
……なるほど、玉のお肌に傷をつけることはないから、安心してほしいと言う事かな?
「多分、首を落とされなければ、大丈夫です!」
なんだそれは。アンデットの一種か。
「アリシア様、ご自分をアンデットのように言うのはお控えください」
ルイゼがぼそりと突っ込んだが、アリシアは気にした様子はない。なんと言ったらいいかわからず、私はとりあえずほほ笑んだ。
「……それは、頼もしいですね」
話がずれてしまった。普通に魔法が使える人がいればやってほしいことがあったのだが、効果が限定されているとただの魔力だけ放出することができない。ならば仕方がない。ノアに頼もう。そう思って話を続ける。
「本人は魔法を使えなくても、日常的に魔道具は使っていますね。サーシャはどんなものをよく使いますか?」
「え、」
話を振られると思っていなかったのか、慌てたようにサーシャは背筋を伸ばした。目が泳いでいる。
「ええと……あ、ランプとか。あ、あと浄水器とかコンロとか、空調とか」
きょろきょろして、箱の上のランプが目に入ったようだ。続けて浄水器や空調が出てくるところはさすが名家の使用人だ。我が家レベルだと、キッチンにただ火が付くだけの簡易なコンロはあるが、浄水器や空調はない。
「そうですね。日常の魔道具はエネルギーに魔石を使っています。誰にでも使えるように。でも、……ノア、ランプを持ってきてくれる?」
「はい」
私はランプをもって近くまで来たノアのチョーカーを外す。このチョーカーは魔法封じの魔道具になっている。本当は魔法使いの罪人に付けるようなものなのだが、母が可愛らしくアレンジしたので、リボンのようである。
「この子はノアと言います。このクラスのサポートをしますので、よろしく。……ノア、そのランプに魔力を通してみて」
ランプなどの日常使う魔道具は魔道具師が刻み込んだ機構に魔力を通すと術が発動する仕組みなのだ。日常使う時はクズ魔石をエネルギーにするが、魔力を通せば動く。
ノアは言われた通り、ランプに魔力を注ぎ込んだ。ぽっと、明かりがともる。
「もっともっと強くしてみて」
ノアの魔力の量に従ってだんだん明るくなり、そのうち目が開けられないくらい眩しくなった。
「!!」
「うぅ」
「眩し……」
3人が耐えられずに目を閉じたのを見計らって、ぽんぽんぽん、と優しく頭をつついてやった。
「きゃ」
「ノア、もういいよ」
アリシアは小さく驚いた声を出した。ランプが消えて、三人はぱちぱちと目を瞬く。私はノアのチョーカーをつけ直した。
「どう? こういうの、魔力がある者がいれば簡単にできる。こんなのに立ち向かえるようになるのはまた少し技術が違う。だからまずはどんなことがあっても逃げられるようにすること。それが良家の子女に求められる自衛と、護衛のレベルです」
魔力を自在に出力できるのは100人いたら10人くらいだろうか。割合としては多くはないが、荒事を仕事にしているような人間は魔力持ちが多い。そしてその人たちは、そこら辺にある魔道具でもこんなことが簡単にできるのだ。
ルールにのっとった試合や、こちらも対策ができるような場合であれば良いが、そうでなければ戦おうなんて思わない方がいい。
三人の様子を見ると、ルイゼがなにやら難しい顔をしている。サーシャはぽかんとしていて、アリシアは「頭ポンポン……」と、つついた頭を押さえて赤くなっていた。
「なにか質問はありますか? ルイゼはどうです?」
「そうですね……たしかに」
ルイゼはよく考えているようで、首をかしげた。
「アリシア様はご自分でおっしゃっているように首さえ落とされなければ死なない、化け物じみた方なのですが」
「人に言われると複雑」
アリシアは不満げにボソッと呟くがルイゼは気にしていないようだ。
「その能力ゆえ、狙われることは多いのです。出歩きたがるくせに護衛も嫌がりますし。剣術のような役に立たないことは乗り気ではなかったのですが、これなら実務に直結する事ですね」
剣術は役に立たないか……
少しグサッときたが、そう思っていたのを吐露してくれたのは少し前向きになったと言う事かもしれない。
「実務に活かせることはお約束しましょう。では、少し体を動かしてみましょうか」
「よろしくお願いします」
ルイゼは真っ先に立ち上がった。さっきより幾分か前向きになったようだ。