22.女性の騎士は意外と需要がある
<プロローグ>
それは、迷っていた。
この選択は正解だったのか?
親とも言える本体が、死の直前に切り離した小指の先ほどの幾つかの種。
まだ育っていない種のうち生き残ったのは、たった一つ。しかもそれは何もできないちっぽけな影。復活のためには、器が必要だった。
本体が、最期に見せた未来。
──最高の器が、東の森の城に育つ。妄執に囚われた最強の男。 それを器とすれば、新たな魔王となれるだろう。
そしてそれはずいぶん長い間、器を東の森で待っていた。
しかし一向に現れない。だから、痺れを切らして、ここまで来た。
男は確かに最強になってはいたが、しかし、それは無様に弾かれた。
魔石に押し込められ、下等な魔物にされ、何とか逃げて近くにいた死にそうな子供に入り込んだ。
……なんでだよ。
男は妄執に取りつかれ、力を渇望しているはずだった。
それが、日常に満たされて、好きな女をでれでれと追いかけている。
……これじゃあ、何も進まないじゃないか。
ノアは、ヘルデンベルク家のふかふかのベッドの中で、小さくため息をついた。
<第三章 子育ては訓練から>
国王が廊下の向こうから歩いてくるのが見えたので、私は壁に寄って頭を下げた。
異国の装束をまとった男性と話している。要人なのだろう、同じような装束の男を数人連れている。動きをみると、従者兼護衛のようだ。
その周りには我が国の騎士が護衛として囲んでいる。ただ歩いているだけなのに大所帯だ。
国王の隣にシュタインが控えている。きっちりと正装で、聖冠騎士のサークレットをつけている。 仕事中だから、声をかけるわけにもいかない。向こうもそうだろう。 目も合わせずに通り過ぎた。
この頃、私は父の使いで王宮内をうろうろしている。皆に顔も知られているし、身元も確か。ちょっとやそっとでは倒れない安心感もあるようで、意外と重宝されているのだ。
今日も、王宮内でお使いをしていた。仕事中は女性の官吏の様な、ツイードのロングスカートにジャケット姿だ。ドレスよりはよほど動きやすく気に入っている。
「失礼します。お手紙を預かってきました」
父の執務室にノックして入室する。 父──引退した英雄、剣聖アレクシスの今の肩書は騎士団の指南役だが、実際は騎士団だけでなく王都の兵力全体の人事を担っている。そのため、日常から事務仕事も多い。騎士団の事務所の奥に与えられた個室には、山のような書類が積まれていた。
「ああ、リーゼ。ありがとう」
「こちら、急ぎで目を通してほしいと」
父は受け取った手紙を開封して目を通し、ため息をついた。
「どうしたもんかなぁ」
私にちょいちょいと手招きし、その手紙を見せてきた。
「見てよろしいのですか?」
「構わないよ」
父の手元を覗く。文面を読んで、私の心がどきんと跳ねた。
それは、貴族のご令嬢の護衛依頼だった。
此度、当家令嬢の縁談が決まり領地まで赴くことになったが事を荒立てぬよう少人数で向かいたい、なので令嬢の護衛を依頼したいが事情が事情のため女性に頼みたい、だがこの縁談は国政にとっても非常に重要なものであるため、騎士にお願いしたい……そのような内容だった。
女性で騎士が務まる者、私しかいない。いわば、指名だ。個人的な内容であるが、そのような事を「急ぎ」でねじ込ませられるような名家からの依頼である。
「最近増えたんだよ。……お前への依頼がね」
「私でよければ喜んでやりますが」
私は努めて落ち着いた表情を作っていたが、心が躍っていた。
御令嬢の護衛。そうか、確かに需要があるかもしれない。
領地を持つ貴族は自前で家に忠誠を誓う騎士団を持っている事も多いが、領地はなく、政治や王都での何か重要な役割を担っている貴族もいる。
そういった貴族達は護衛が必要な場合、傭兵や冒険者に頼むのだが、国や政治、機密が絡む場合は王宮騎士団が請け負う場合もある。
しかし王宮騎士団には女性はいない。私も騎士団ではないのだけれど、聖冠騎士だったときは団長のような権限を持っていた。それに父の手伝いで騎士団に出入りしているから、誤解されているようなのだ。個人的には、誤解がそのまま本当になったらいいのになと、少し思っているところがあるので、特に否定もしていない。
騎士団ではないとしても、単発で護衛の依頼を受けるのは良いのでは……淑女の嗜みの範囲内で。ほら、お母様だってたまに、お友達に刺繍教えたりしてるし。
だが、父は難しい顔をしている。
「私の本音としては、お前の能力を活かせる道をつくりたい。ただ……私の仕事上、どこかの家を贔屓しているように見えると良くないのだよ。全部受けるわけにもいかないから、やはり断るしかない」
「そうですか」
残念だが仕方ない事だ。
浮き立った気持ちがしゅんとする。父が気にしないように、落ち込んだことを表には出さないように気をつける。
いくら英雄とはいえ、父も母も元平民である。ゆえにプライドの高い貴族の中にはあまりよく思わないものもいる。そのような立場だから、我が家の取り潰しを狙うもの、逆に取り込もうとするものもいる。
そんな中で貴族として生き残ってこれたのは、父の理想に共感してくれた高位貴族の方々の支援と、母の社交性だ。
そう考えると、よくあの母が、私が道場に出入りするのを見てみぬふりをしてくれたと思う。
「それにな、お前とシュタインの仲が噂になっているだろう。クラウゼヴィッツ家との縁も目的として考えられる」
「ああ、なるほど」
そっちもか。シュタインの父、クラウゼヴィッツ辺境伯は東の森に接する一帯を護っている。東の森は恐ろしい魔物が多く、その向こうは国交がない帝国だ。そのため、その影響力は王も無視出来ない。
その家の三男坊であるシュタインと婚約している私は、その繋がりの末端にいるという事だ。
「気軽に受けてはあちらにも迷惑がかかる。もし、お前に直接話があっても受けないように」
「わかりました」
貴族社会に巻き込まれるのは本意ではないが、私もその端くれである。我儘を言うところではない。
しかし、残念だな。実の所、剣の腕を活かしたいと言う気持ちは消えないのだ。
シュタインに負けて騎士の道は諦めたが、肩書きはなんでも構わないから、剣の仕事はしたいと思う。このまま結婚したとしても、シュタインなら反対しないだろう。
女性の護衛は、需要はあるだろう。今はどうしても女性の護衛が必要な時は、冒険者や傭兵を雇うと聞く。そうするとどうしても礼儀作法や立ち振る舞いが問題になる。
そう考えて、ふと、思いついた。
「父上、道場に女性クラスを設けるのはいかがですか。私が教官になり、護身術と護衛のやり方など教えましょう」
「何?」
「それなら、今の道場に女性が通えるようにするだけですから、幅広くお声がけすれば贔屓した事にはならないでしょう。クラウゼヴィッツ家とも関係ありませんし」
自分で言いながら、妙案のような気がしてきた。
たとえば侍女が護衛もできれば、重宝されるのではないか。私も貴族だ、立ち振る舞いや状況も考えて教えることができる。
今までは自分の為に剣を握っていたから、誰かに教えようとか、どう役に立つかは考えた事が無かった。
私ができる事、……私だからできる事を思いついて、思わず気持ちが昂る。
「最近は寮の子供たちの自主練にも付き合ってますから、教えるのもだんだん上手になってきましたよ」
父はしばらく力説する私の顔を見ていたが、悪くない案だと思ったのか、口髭を撫でた。