21.そこまでは求めてない
「おかしい。何故俺はあんな所で眠ってしまったんだ」
シュタインは先ほどから不満そうだ。ぶつぶつと文句が絶えない。
「しかも続きもなく、今日はこれで終わりだと……? 夜はまだまだこれからだと思うのだが」
寝ぼけて抱き着いたことは覚えていないようだったので、少しほっとした。だがこれ以上はもう、私はキャパオーバーだ。
なのでシュタインを無視して、ノアと名乗った少年を連れて帰路を急ぐ。いまならまだ夕飯にギリギリ間に合う。
シュタインも帰る方面は同じだ。聖冠騎士は通いでなく住み込みなので、今は王宮に住んでいる。
シュタインも以前は道場の寮に住んでいた。これからノアを連れて行こうとしている場所だ。
我が家の道場は身分など関係なく受け入れている。ほとんどの子はヴィンツェルのように家から通うが、シュタインのように騎士に叩き上げてくれと預けられる子供や騎士を志すが様々な理由で家に帰れない子供をまとめて面倒を見る寮がある。
中には家出した平民の子や、ノアのように能力を見出されて拾われた子もいる。将来騎士になる、という目標のもと、家の身分関係なく、少年たちが楽しく……楽しく? うん、楽しく、暮らしている。
その集団生活と、ストイックな修行生活は、育ち盛りの少年たちにはなかなか辛いようで、逃げ出す子供は後をたたない。
しかし、この寮は王宮騎士団の養成所のようなもので、耐えられれば騎士団の見習いになれる。志願者も絶えない。
……今から思えば、我儘な貴族の坊ちゃんだったシュタインが、よくあんな生活に耐えられたな。
ふと、夢の中に出てきたシュタインを思い出す。もしも寮に入らずに領地へ戻り、貴族として育てられたら、彼はあんなふうになっていたのだろうか。
後ろをついてくるシュタインはまだ未練たらたらで、ぶつぶつと不満を呟いている。チラリと見ると唇を尖らせて非難の目を私に向ける。
「ふっ」
夢と現実の差に、つい吹き出してしまった。もちろん、こっちの方が良い。なんであんな夢を見たのだろう? 少なくとも私の願望の投影ではない。
「なんだ」
シュタインは笑われたと思ったのか、拗ねたように私を睨む。
「いや、さっき夢で、やたらと格好いいシュタインに会って。思い出したらおかしくなった」
「え」
「シュタインの癖に、ブランドがどうのと言ってた。っはは、気障で、偉そうで……そうだ、髪も長かったな」
シュタインは眉毛を八の字に寄せて悲しそうな顔をしながらも、何故か口元はにやついている。気持ち悪い。
「夢にまで見てくれたのは嬉しいが、そっちの方が格好良いと言われると、複雑だ」
「起きてほっとしたよ。普段どおりのシュタインの方がいい」
そう言ってやると、照れたのか、顔を赤くし目をそらす。
そんな、子どもみたいなわかりやすい顔をしている方が、なんというか……愛おしい。
……もちろん弟が可愛い的な意味で。
「俺もリーゼの夢を見た。でも、なんだか……嫌な夢だったな」
「え、どんな?」
シュタインの表情が僅かに陰る。
「なんだか……細くて、弱そうで……人形のようで……」
言い淀んでちらっと私を見る。
「夢の中では、なぜかとても魅力的に見えたのだが……それも含めて、嫌な夢だ」
そういえば、夢の中の私の腕は、もっと細かった気がする。まさか同じ夢を見ていたのだろうか?
まさか、な。
ふと気が付くと、ノアが興味深そうな目でこちらを見ていた。
「そういえば、なんでノアは、シュタインを辺境伯だと思ってたんだ?」
「辺境伯? 俺が?」
シュタインが素っ頓狂な声を上げる。しかし、ノアは丸い翠の目をきょとんとさせた。
「何のこと?」
「さっき、そんなこと言ってなかった?」
「さあ? お兄さんは、聖冠騎士なんでしょう?」
ノアの目を見ていたら、そういわれたのが夢の中か現実だったか、自信がなくなってきた。
あれ、私が寝ぼけていたのだろうか?
++
我が家と剣術道場は、広大な王宮の敷地内の端にある。道場は一方が街の大通りに面している。ノアとシュタインとともに、街側の門をくぐる。
もう暗いし、訓練場はしんと静まっていた。耳をすますと、少年たちが生活している寮の方は少し騒がしい。いつもの事である。
「今日は食べてくるって言っちゃったからなあ。私もノアの紹介がてら、一緒に寮で食べよう。シュタインも一緒に食べていくか?」
寮には五十人ほどの少年達が暮らしている。下は8歳、上は14歳だ。15になると騎士団の見習いになれるから、自然と卒業という事になる。
それだけ食べ盛りの子供がいれば、どんなに作っても飯など足りない。だからかなり多めに用意している。
食べる人間が3人増えたところで、あまり関係ない。
「……今日は街で食べようと思っていたのに……」
シュタインはぶすっとしているが、ついてくるのでそうするのだろう。
寮の子供達にとっては、先輩で聖冠騎士のシュタインは英雄だ。顔を出すだけで喜ぶ。
その寮の脇を通り過ぎ、道場の奥、王宮に一番近いところにある我が家に向かう。
「とりあえず、ノアを父上に会わせないと」
「父上? お姉さんのお父さん?」
ノアが可愛い声で聞き返す。
「うん。剣聖アレクシス、って聞いたことある?」
「え、」
「もう三十年近く前だけど、魔王を倒した剣士だよ。もう現役は引退して、今はここで子供に剣を教えたり、騎士を鍛えたり……ん?どうしたの?」
ノアは急に立ち止まった。顔色が悪い。
「ノア?」
「お姉さん、あ、アレクシス、の、子なの?」
アレクシスは知っているのに、その娘が騎士のリーゼロッテ・ヘルデンベルクとは知らなかったのか。
なんだか、ノアの知識は偏っているな。
「そうだよ、紹介するからおいで」
世話になるのが剣聖だと知って緊張したのだろうか?
手を出してやると、覚悟を決めたような顔で私の手を握った。
「あっ、おまえ、ずるいぞ」
シュタインが慌てて私のもう片方の手を取ろうとし、ふと、ノアの手を引く私を眺める。
そしてちょっと口を尖らせて、何故か恥ずかしそうに、ノアの空いてる方の手を取った。
「お兄さん?」
「シュタイン?」
シュタインはなんだか幸せそうに、デレデレした顔でノアと私に微笑んだ。
少し顔を赤くして、照れたように頭を掻く。
「こうしていると、家族みたいだな」
「「……」」
その時、私とノアは同じ表情をしていたとおもう。
目を丸くして、ポカンと、理解できないものを見たネコのような顔。
「……やめてくれ、ここまで大きな子がいる歳ではない」
「……おれ、そこまで求めてない」
その発想に呆れ……いや、感心すると、私達は疲れた気持ちで呟いた。
仮想の妻と息子に冷たくあしらわれても、シュタインはあまり気にした様子もない。
なぜか満足げに、にへらと笑った。
この男は、メンタルも最強のようである。
そんな上機嫌なシュタインを、ノアはじっと見つめていた。
その不思議な翠の瞳は深く吸い込まれそうで、戸惑ったように僅かに揺れている。
僅かに唇が動き、小さな呟きが聞こえた。
「……何で、こうなっちゃったんだろ?」
次章は、子育て編?
お読みいただきありがとうございます!!
第三章は子育て編というか、ノアを中心にだんだん秘密に迫っていくというか、そんな感じです。
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引き続き、週2で投稿いたします。




