20.溺愛はまだ夢の中
「!?」
「……っ」
耳に遠くの祭りの喧騒が押し寄せてくる。目の前には翠の目。背中が暖かい。
私は公園のベンチでシュタインの背に寄りかかっていた。シュタインも私に背を預けて、丸まって眠っているようだった。
「え、夢」
「……目が覚めて良かった、うなされてたよ」
私を覗き込む少年はほっとしたように言った。
しかし、一瞬、驚いたような残念なような顔をしたように思う。寝込む私達から何かを盗ろうとでも思ったのだろうか。
「助けてくれたのかな? ありがとう」
状況から察するに、暴漢(?)から守り、なぜか眠った私たちを見守ってくれた、または眠っている間に何かしようとしたが未遂に終わった、という事だろうか?
少年は起き上がった私の前に立ち、戸惑ったように聞いた。
「……その男は、シュタイナー・クラウゼヴィッツではないの?」
「え? そうだよ」
「君はリーゼロッテ・ヘルデンベルク」
「うん。そうだよ。知ってたんだ」
知っていたのに助けに入ったのか? 私達より強い人間はそうそういないはずだ。
「……魔物の大群を退けた英雄、若き辺境伯、シュタイナー・クラウゼヴィッツ」
「え? シュタインは確かに魔物を良く倒してるし英雄と言われる事もあるけど、辺境伯ではないよ? 辺境伯じゃ、聖冠騎士をやってる暇なんてないし」
「聖冠騎士……?」
少年はつぶやくと、途方に暮れたように俯いた。
「話と、ちがう」
「話?」
「いや、何でもない」
少年は困ったようにゆるゆるとかぶりを振る。
その様子はあまりにも弱々しくて、なんだか手を差し伸べたくなる様子だった。
「何か、困ってるの?」
「え、いいや、……うん。実は」
少年は視線を泳がせて少し考えると、オドオドと上目遣いに私を見て言った。
「帰るところ無くて……お姉さんの所、泊めてくれない?」
「いいけど……親御さんは?」
「……いない」
しゅんとうなだれる少年にそれ以上聞けなくなってしまった。何か事情があるのだろう。
改めて見ると、ろくに食べていないようだ。棒のような手足が、擦り切れた裾から覗いている。
魔王の脅威が去って三十年近く。王都は復興したが、いまだにその爪痕が残る地域もある。この近くにもそういう場所からやってきた人が住みついたスラム街もある。
そこの子供だろうか。しかしそうなら、変な人間に拾われる前に私が保護した方が良いだろう。
魔法のようなものを使っていたし、才能がありそうだ。
魔法を使える人間は珍しい。もともとの素質が無ければどんなに訓練しても駄目で、素質があっても訓練しなければ自由に使うことは難しい。
先ほどの戦い方、少年は誰かに教わったようには見えなかった。大したことのない衝撃波のようなものだったが、我流でやったなら、天才と言ってもいい。
それに何より、か弱い私を守ろうとする気概もよい。
「いいよ、うちにおいで」
「ほんと!?」
ぱあっと明るい顔をした少年は、丸くてつんと釣り上がった目が可愛らしい。ガリガリに痩せているが、栄養をとってふっくらすればなかなかの美少年になりそうだ。
「うちは剣術道場だから、預かってる子供も沢山いるしね。一人くらい増えても問題ないよ。しっかり手伝いすれば、稽古をつけてやる」
「うん! まかせて!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ子に目を細める。
「名前は?」
「ノア」
ノアか。特に珍しい名前でもないが、賢いとかそう言う意味があったはずだ。
子供らしい目はキラキラしているが確かに賢そうだ。そして可愛らしい。
さて、いまだに寝ているこいつを起こさなければ。
「おーい、シュタイン」
ベンチで丸まって眠っているシュタインを覗き込む。腕を組んで、眉間に皺を寄せて、なんだか難しい顔をしている。こうしていると顔立ちも中々の美丈夫なのに、なぜいつも残念な感じがするのだろう。
「シュタイン、起きろって」
中々起きないので、両肩に手をかけてゆすった。シュタインはゆっくり目を開けた。
まだ寝ぼけているのか、ぼんやりした目が私を捕らえる。
「……リーゼロッテ」
ぞくっとするようなかすれた低い声で呟く。
切なげな声は、さっき夢で聞いたような響きがあった。そしてシュタインはこちらに手を伸ばし……
「ちょ、お、おい」
戸惑う私を抱き寄せる。その力に抗えず、私の体はシュタインを跨ぐようにベンチに引き上げられた。
「もう離さない」
「~~!!?」
シュタインは何を寝ぼけているのか、私の耳に唇をつけて囁く。
何やら感じたことのない感覚が背筋を走り力が抜けた。
「や、やめろって」
腕から抜け出そうとじたばたするが、この男は力が強い。一向に離してくれない。
「ひっ」
ぬろっ、と耳に濡れた感触が。な、舐めた!?
「ねえ」
ノアがちょこんと首を傾け、興味津々のきらきらした目でこちらを見ていた。
「二人は結婚してる?」
「し、してない!! シュタイン、いい加減にしろ!」
子どもに見られてよいものではない気がして、混乱した私は、唯一動かせた頭をシュタインにぶつけた。
ごっ
「「ぐっ」」
頭突きはやった方も痛い……シュタインと二人、頭を押さえてうずくまる。