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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第二章 デートは警邏から
19/82

19.なぜか辺境伯に溺愛されています


「か弱い女性によってたかって、卑怯だとは思わないのか!」


 少年は小さく、背丈も私の胸ほどまでしかない。かなり貧しい身なりをしていた。痩せてガリガリで、立っているのもやっとではないかという風体だ。その割にはしゃんとした動きで、手に持った木の棒を振り翳し、男たちを威嚇している。

 しかし、私をか弱いとは、なかなか目がよろしいと見える。

 とはいえ、ナイフを持つ男三人と、木の棒を持った小さい少年。どう見ても勝ち目はない。


「きみ、危ないよ、下がって……」


 止めようとした時、少年は勇敢にも男たちに飛びかかった。


「でやあああああ!!!」


 大袈裟に棒を横に振り抜く。三人の男たちはそれに合わせて衝撃を受けたように吹っ飛んだ。


「え?」


 いま、棒が当たったようには見えなかったが……魔法か?


「なんだこいつ、つよすぎる」

「おれたちじゃあ、とうていかなわない」

「ちくしょう、おぼえてろよ」


 三人の男たちは口々に、なぜか棒読みで負け惜しみのセリフを言う。そしてまたフラフラとした足取りで、回れ右をして去っていった。


「な、なんだったんだ?」


 ぽかんとしていると、少年が駆け寄ってくる。


「美しいお嬢さん、あなたが無事でよかった」


 やたらと気障なセリフを言うと、紳士のように足を引いて頭を下げる。


「私は貴女の騎士。ようやく……またお会いできました」

「……え?」


 何かおかしい様子に、シュタインに助けを求めようと振り返ろうとすると、すっと、頬に両手を添えられ、遮られる。


 それがあまりにも自然な動きだったから、間合いに入られたことに気づかなかった。


 細い少年の指が私の頬を撫でる。愛おしそうに、ゆっくりと……


 思わず少年を見る。双眸は翠。深い深い色をしている。

 先ほどのバットキャットの目の色を思い出した。あの子のように、丸い目……

 ……しかし、この覗き込みたくなる不思議な深さは、色は違えどヴィンツェルの……


 そう思ったとき、くらりと意識が揺れ、思わず目を閉じる。


「ああ、やはり……其方は美しい」


 その声は低く、柔らかい。……低い……? 違和感を覚えて目を開ける。

 あれ? なぜ目の前にシュタインが?


「……シュタイン?」

「ああ、そうだ。其方を愛する哀れな男だよ」


 切ない声で囁く。

 両頬に添えられた大きな手、私を覗き込む目は金色。精悍な顔立ち、意志の強そうな眉に、意外と長い睫毛。

 その顔と、深い底の見えない瞳につい見惚れた。


 シュタインは優し気にほほ笑んで、私を抱き上げる。そしてそっと寝台に横たえた。

 見回せば、そこは見たこともない寝室だった。私の部屋の三倍はありそうだ。寝台には天蓋があり、ベルベットのカーテンが下がっている。重々しい雰囲気、しかし魔石が入ったランプに照らされた調度品は、我が家の見慣れたものより数段ランクが高い。


「これよりここで、其方は私に尽くし、癒すのだ」


 寝台に身を起こす私を見下ろして、若き辺境伯、シュタイナー・クラウゼヴィッツが言う。

 そうだ、国を守った英雄はなぜか褒章に私を望み、そして今日、この東の国境に位置する地に嫁いできた。


「その代わり、私が一生、其方の剣となり盾となろう」


 クラウゼヴィッツ卿は王都でお会いして以来、私を姫君のように扱う。

 最初は本当に王家の血筋を引く姫君との婚姻を許される栄誉が与えられるはずだったらしい。だが彼は剣聖の娘である私を望んだそうだ。国一番の美しさと言われる私が、国一番強いと言われる自分に相応しいと……


「何一つ不自由させない。望むものがあるならば与えよう。だから、其方の全ては……黄金の髪から桜色の爪先、身体を駆ける血の一滴までも、余す所なく私のものだ」


 優しい声だが、返事は求められていない。それは、決定しているのだろう。私は変わらず微笑みの仮面をかぶり続ける。

 クラウゼヴィッツ卿は金色の瞳を蕩けるように細め、長い濃茶の髪をかきあげた。洗練された仕草で、詰襟の軍服を脱ぐ。それは王都の騎士達の軍服と違い、勲章などはついていない。

 シャツの上からでもわかる鍛え上げられた体に、壊れ物を扱うようにそっと抱きしめられる。


「リーゼロッテと、呼んでも良いか」

「はい」

「私の事はどうかシュタイナーと」

「はい、シュタイナー様」

「ああ……」


 掠れた声が耳朶を打つ。

 ぐ、と、力が強くなる。少し苦しくなって、私はつい、太い腕を掴んだ。


「なんだ?」


 クラウゼヴィッツ卿は驚いたように身体を離す。眉間に皺が寄って、厳しい顔をして私の手首を見た。


「あ、……申し訳ありません」


 抵抗したと思われたのだろうか。


「いや、氷でも持っているのかと思った……ブレスレットか。何だ、やけに冷たいな」

「これは……貰ったもので」

「外せ」


 鋭い声で言われて赤い石のついたブレスレットを外す。なぜ持っているのだろう。祭りの屋台で買ってもらった、オモチャのようなアクセサリー。嫁入りの日に着けるようなものではないのに。

 あれ、誰から貰ったのだっけ……?

 何か違和感を感じながら、ブレスレットを外すと、クラウゼヴィッツ卿はそれを乱暴に取り上げた。


「宝石でも魔石でも宝飾品でも、もっと良いものをやる」

「でもそれは」


 大事なものだ。返して欲しいと思って、取り上げられたブレスレットに手を伸ばした。指の先がそれに微かに触れる。


「熱っ!」


 少し触っただけなのに、指先に強烈な痛みを感じた。見れば指先は火傷していて、じんじんと痛い。


「魔道具か? なぜこんなものを」


 クラウゼヴィッツ卿は忌々しそうにブレスレットを握りつぶす。装飾品用の、硬度の低い金属で出来たブレスレットは、傷だらけのゴツゴツした手の中でぐにゃりと歪んだ。


 あ、れ?


 何かおかしい?


 それはさっき、お前が、私にくれたのでは


「リーゼロッテ、其方には何が似合うだろうか、そうだ、サンクティアはどうだろうか。白い肌によく映える」


 私の手を取って愛おし気に見つめながら、呟くように言った。


「ソリニエに頼むとしようか」


 まるで明日のお茶の予定を立てるかのような口ぶりだった。

 サンクティアは小粒でも王都に小さい家が建つ最高級の魔石であり、ソリニエは王族御用達のブランドだ。ソリニエのサンクティアの婚約指輪は、御令嬢達の憧れである。


 なぜシュタインが、そんな、宝石の価値を知っている……? そんな男だっただろうか?


 祭りの屋台でハートモスの指輪を買いそうになるような、身体だけ大人になったような男では?


「お、おまえ、だれだ」


 喉から声を絞り出す。声が出にくい。


「おまえは、シュタイン、ではない」


 そう言った時、目が覚めた。


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