18.露店の宝石
ヴィンツェルたちと別れ、またシュタインとの二人歩きに戻った。露天を覗きながら道をゆく。
当然のように手を握られている。あれ以来、指を絡めてくるのだ。私の指の間に太い指があって固定されている。
慣れない。特に、何かの拍子で離した時に、改めて繋ぎ直すのがどうも慣れない。
ずっと触れていると熱い。モゾモゾと位置をずらそうとしたら、急に親指で手の甲を撫でられた。
「!?」
驚いてシュタインを見上げると、なぜか余裕の顔で口の端を上げた。
何だかイラッとして離そうとするが、この男は力が強い。
「やーめーろ」
「いやだね」
シュタインは私の手を簡単に押さえると、そのまま上機嫌で路を行く。
だんだん暗くなってきたが、日が沈むのと入れ替わりに街の明かりがつき、祭はまた違う雰囲気になってきた。
祭だからだろう、いつもより明かりが多い。クズ魔石をエネルギーにした色とりどりのランタンが露天を彩る。
「綺麗だなぁ」
「そうだな」
独り言のように呟いた感嘆の言葉に、シュタインの声がかぶさる。
同じ景色を見て、同じように思っているのは、なんとも心地よい。
「お」
綺麗な赤い石がたくさん並んでいる小さな魔石屋のテントが目についた。
先ほどのケインのテントよりずっと小さいが、同じような紺色のテントに魔法陣が書かれている。ふんわりとランタンに照らされた赤い魔石も光っているようで、なんとなく紫色に輝いて見えた。
赤い小さな魔石をアクセサリーにしたものが並んでいる。
「見てみるか」
「いや別に……」
露店のアクセサリーが気になるなんて少し子供っぽいかなと思っていたら、意外とシュタインが乗り気で引っ張られる。
「ハートモスの魔石だよ、お兄さん、彼女にプレゼントするといいよ」
近づくと、ベールをかぶった神秘的な店員がシュタインに話しかけた。
ハートモスか。そんなに珍しい魔物でもない。クズ魔石に分類されることもあるくらいだ。なのでなんとなく、オモチャの宝石と言うイメージがある。
しかし、こうしてみると綺麗な色をしているんだな。深い赤い小さな石は、落ち着いた金色の台座に良く似合う。
「どれがいい?」
「え? いや、欲しいわけでは」
「ならば俺が勝手に選ぶ」
シュタインは上機嫌で指輪を選ぼうとして、店員さんに「お兄さん、指輪はちょっと重いからこっちにしな」と、ペンダントをすすめられていた。
指輪は結婚する時に贈るものとされているので、若い子ならまだしも大人の男女の間では……まあ、それ相応の意味になってしまう。
そんな重要なものを、祭りの露店で済ませようとするのは紳士としてはいかがなものか。というのが、一般的な感覚である。
しかしシュタインはそんなことは知らないのか、
「リーゼは重くても大丈夫だろ?」
と、素で聞いてくる。
「……物理的にはね」
そう答えながら、私は細い金の輪に丸い石が飾られたブレスレットを指さした。シンプルで何にでも合いそうだ。
「これがいいな」
ペンダントは、邪魔だし目立つ。可愛らしいデザインは、ちょっと恥ずかしい。どうせなら、使えるものがいい。
シュタインは少し驚いたような顔をしてから、でれっと目じりを下げた。
「なんだその顔、だらしないぞ」
「いや、こうやって何かをねだられるのって……嬉しいものなんだなって」
「な……」
デレデレと頭を掻くシュタインには、どう対応したら良いのだろう……
シュタインはお代を渡すと、私の手を取ってブレスレットをはめた。金属と石なのに、不思議と暖かく感じる。
「ひゃーー! ラブラブだねぇ! お姉さん、もっといいもの買ってもらいなよう!」
店員さんが冷やかす様に言うので、恥ずかしくって顔が熱くなる。
「いや、これも、十分いいものだし」
しどろもどろに言うと、
「まー! いい子だね! お兄さんちょっと! いい事を教えてあげるよ」
シュタインは店員さんに耳打ちされている。最初は不審そうにしていたが、話を聞きながら、私の方を見てニヤァっと笑いやがる。
なんだ、何を企んでいるのだ!?
「ありがとう、行ってみる」
シュタインは礼を言うと、店員さんに手を振ってご機嫌に歩き出した。
浮かれた足取りのシュタインに手を引かれやってきたのは、薄暗い公園だった。
デートの終わりに、こんなところに来るなんて。
そういえばさっき、優勝したらキスとか言っていたが……あれは、半分は私の力なのだから、無効ということでいいだろう……な?
手はがっちり押さえられている。もし何かあったら、前回の様に投げられるだろうか……いや、そもそもデートって、もしかしてそういうこと込み……か?
動揺を悟られないように、何でもないようにシュタインに話しかけた。
「何にもやってないじゃないか」
「二人で静かに過ごせると教えてもらった」
「……」
シュタインは上機嫌だ。一人だけ昼間の訓練場にでもいるようにカラッと明るい。夜の公園の怪しさなども全く気にならない様だ。鼻歌を歌いそうな勢いだ。
その少年のような横顔を見て、気が抜けた。
……つい警戒してしまったのが何だか馬鹿馬鹿しい。
木の影のベンチに座る。祭りの喧騒が聞こえてくるが、壁を隔てたかのように遠くで聞こえる。
しかし、どうも落ち着かない。シュタインとは魔物を狩りに行き、森の中静かな中で二人過ごした事も何度もある。シュタインに寄りかかると暖かいので、普通にくっついたりしていた。……それと何が違うのか。手を握るからか。デートだと宣言されたからか。
しかし今は、寄りかかるどころか逃げ出したい気分である。
「なあリーゼ、さっきの」
「え?」
急に手を取られてどきりとする。
さっきの……? まさか、褒美か? ……、ちょ、ちょっと待て……
とっさに身構えてしまったが、それは違ったようだ。
シュタインはさっき買ってくれたハートモスのブレスレットを、私の手首ごと大きな手で包んで嬉しそうに見つめている。
「ああ、良かった」
シュタインは嬉しそうにほほ笑んだ。
「この魔石は、持ち主の気持ちと同じ温度になるんだそうだ。暖かくてホッとした」
「それは……体温が移っただけだろ」
「いや」
ブレスレットに触れて言う。
「手よりずっと暖かい」
嬉しそうな顔にどう反応して良いかわからず俯いてしまう。
その時だった。
「!?」
微かな足音。顔を上げたのは二人ほぼ同時だった。
こちらに向かって男が3人、刃物を持って近づいてくる。まだかなり遠いが、こちらに向かってきているのは確かだ。
酔っ払っているのか、ヨタヨタとした足取りだ。我々が誰だかわかっている様子はない。物取りだろうか?
と、考え、はたと気がつく。
……祭りの夜、薄暗がりにいる男女二人。
……確かに客観的に見て、爆発させたくなるかもしれない。
しかし、そういう二人は他にもいるだろう。目を付けたのが最強の二人というのは、運が悪かったとしかいいようがない。
「邪魔しやがって」
シュタインがとんでもなく低い声で呟いて拳を固める。
あわてて手を掴んで止めた。
シュタインは強いのだ。この国で一番。たとえ刃物に拳で立ち向かったとしても、間違いなく過剰防衛だ。
「相手は酔っ払いだぞ、落ち着けって」
「しかし」
「普通に縛り上げて、警邏に突き出せばいいだろ」
「い、今いい所だったじゃないか!」
「何がだ!?」
そんな事思っていたのか!?
私としては、逃げる口実ができてすこしホッとしたのだが。
シュタインはそんな私に構わず、凶悪な顔をし、指を鳴らす。
「許さん……すぐに動かぬ物体にしてやる」
……本気で危険だ。とりあえず今は、シュタインを止めなければ。
「おいおい、死体のそばで続きは無理だろ? 落ち着けって」
たしなめるようにポンポンと腕を叩く。
すると、がばっ、と、シュタインが振り向いた。その勢いに気押される。
「つ、続きだと?」
なぜ赤くなる? 私変な事言ったか?
「続きとは、具体的に、どのような」
なぜか鼻息荒く迫ってくるのだが。……何を考えているんだ!!
「そんなものはない!!」
もう、ここは一人で何とかしようと思い、手を振り払って立ち上がった。
「リ、リーゼェぇぇ」
絶望したような呟きが聞こえたが、そんなのは無視である。
私は立ち上がって男たちと向き合う。相手は3人とはいえ普通の男だ、大したことはない。むしろ怪我させないように気をつけないと……と、思った時、
「何をしている!!」
勇ましい声とともに、一人の少年が私を守るように男たちの前に立ち塞がった。