16.バッドキャット
「あ、ああ、あれはですね」
ケインさんも空気を変えようと思ったのか、合わせるように笑顔で答えた。
「バットキャットの魔石です。大きくてそこそこ綺麗なんですが、魔力が少ないんですよ。大したものではないんですが、あの大きさなんでね、ステージのトロフィーにしようと思ってるんですよ」
「ステージ?」
ケインは噴水の前の、楽団がいるところを指差した。
「大道芸や、踊り自慢なんかに出てもらって、盛り上がったチームに商品を出す、というのをやるんです。飛び込みも歓迎ですよ」
さっきの彼が言っていたイベントだろうか。
「それは面白そうですね。シュタインも出たらいいじゃないか、さっき誘われたろう」
「う……」
あえてシュタインに話しを振ると、気まずそうに、目を逸らした。嫌そうだ。さっきはあんなにノリノリだったのに。
「かっこよかったのになぁ」
ふう、と、ため息をつきながら言うと、む、と、口をへの字にして少し赤くなった。
まあ、無理に出ることもない。考えてみれば聖冠騎士様だ。ここで目立って、任務がおろそかだと言われたら、国王様も困るだろう。
その時だった。
ガシャン!!
テントの外で何かが壊れる音がした。
「うわっ!」「な、なんだ!?」
商人達が騒いでいる。見ると黒い影が、テントの中に飛び込んできた。商品が並んでいるのもお構いなしに、台の上に飛び乗り、駆ける。
並んでいた魔石がバラバラと落ちた。
「あああ!」
ケインが頭を抱えて叫ぶ。
「!?」
そしてそれは、台を蹴って、私たちの方に飛び込んでくる。闇の塊のような何か……それに正面から対峙した時、
ゾッと、背筋に悪寒が走った。
咄嗟に防御の姿勢を取る。その闇の塊はブワッと大きくなったように見えた。
「リーゼ!」
シュタインが庇うように私の前に飛び込み、拳で思い切りその黒い影を殴りつける。
「グオオォォ…」
その影は不気味な声をあげて、そのまま飛んでいき……
があっしゃああああん!!!
奥の大きな魔石に派手な音を立てて突っ込んだ。
「ああああああああ!!!!」
ケインが大きな悲鳴を上げた。
「あああ!!! 魔石が!! トロフィーがっ!」
もうもうと黒い粉と白い埃が舞う。
大きな魔石は、影がぶつかった衝撃で粉々に砕けたようだ。
「けふ、けふ」
小さな咳が聞こえた。
粉塵が舞うのが収まり、粉の中にいたのは、小さなコウモリのような羽が生えた黒い子猫だった。
「こ、このやろう〜〜!!」
ケインが顔を真っ赤にして飛びついた。
「にゃ!?」
小さい身体を翻し、ぴょこんとケインの一撃をよける。
バットキャットの子供だ。可愛い。私の両手に乗るくらいの大きさしかない。生後1ヶ月の子猫くらいの大きさだ。可愛い。
真っ黒で艶やかな毛並みに、産毛に包まれたこれまた小さい羽。可愛い。鮮やかな翠のお目目。可愛い。可愛いしかない。
いやほんと可愛いな!?
しかし、先ほど飛びかかってきたのはこんな子猫では無かったような気がする。あまりの勢いに大きく見えたのだろうか?
こんなに可愛いのだったら、絶対抱きとめたのに。
子猫はにゃうにゃうと、不満げに鳴きながらきょろきょろと私たちを見渡した。
そして、ヴィンツェルの顔を見ると丸い目をさらに丸くした。
「え? 何? 僕?」
可愛い目に凝視されたヴィンツェルは、まんざらでも無い顔でしゃがんだ。
「おいでおいでー」
ちっちっち、と、ヴィンツェルが指を出すと、バットキャットはそろそろと近づいていく。
ヴィンツェルの手元に恐る恐る鼻先をくっつけた。その時。
「捕まえた!」
「にゃ!!??」
ヴィンツェルは容赦なくバットキャットの首筋を掴んだ。バットキャットは丸い目をぱちぱちさせている。なぜ捕まったかわからない、と言った顔だ。あああ、可哀想可愛い。
ヴィンツェルはそのままその子を抱き上げた。
「なかなか可愛いね」
よしよし、と、顔の前まで持ち上げた時、
「にゃ!」
バットキャットはヴィンツェルの顔面に、強烈な猫パンチを放った。
「うわっ」
ヴィンツェルの眼鏡がずれる。咄嗟に目を閉じた瞼に、バットキャットは鼻面を押しつけた。
「何!?」
ヴィンツェルの頭を抱え込むように、まんまるなお腹で張り付く。そのまま瞼をべろべろと舐めている。
……正直、ヴィンツェルが羨ましい。
「やーめーろー!」
ヴィンツェルはなんとかその子を引き剥がす。ケインにバットキャットを渡し、慌てて眼鏡を戻した。
「ケイン、どうする? このイタズラ小僧」
眼鏡の間からハンカチを差し込んでゴシゴシふいている。
「ああっ、ベタベタして気持ち悪いっ」
「イタズラなんて可愛いもんではないですよ! ……同じバットキャットでもこのチビじゃあ、あの大きさの魔石は取れないだろうしなあ」
「にゃ!?」
魔石を取る? それは殺して、核を取り出すと言う事だ。なんて可哀想な事を言うんだ!
バットキャットも焦った様子だ。
バットキャットは洞窟に生息していて、大きくなると虎くらいのサイズになる魔物だ。小さいときはこんなにかわいいのに、結構凶悪になる。
「こんなに小さいんだし、飼えないのかな?」
あまりの可愛さにそういうと、ケインは首を振った。
「魔物使いが隷属させるならまだしも、愛玩用には無理ですな。懐かないし、大きくなったら手がつけられません」
「そうかあ」
可愛いのに残念だ。
「まあ、今回はこれそのものを景品にしましょうかね。檻に入れて見てるだけでも可愛いですし、一年くらいたてば、そこそこの価値が出るでしょう」
「やっぱり毛皮と魔石にされちゃうかなぁ」
「にゃ!?」
バットキャットは怯えたように毛を逆立てた。
まるで言葉がわかっているような反応をするな。耳をピッタリ後ろにつけて、にーにーと悲しそうに鳴いた。
「どうにかしてあげたいけどなあ」
私がつぶやくと、シュタインがわざとらしく咳ばらいをする。何か気にして欲しそうだ。
その態度になんだかイラッとして無視してたら肩を叩かれた。
「なんだよ」
「リーゼのために、やってやらんこともないぞ」
「お?」
「要は、勝てばいいんだろ?」
なんとも覚悟を決めたような目をしている。
「自信あるのか?」
「リーゼからも褒美があるなら」
「……何? 一応聞いてやる」
なんだか嫌な予感がするな……
シュタインは私の耳に口を寄せると周りに聞こえないように呟いた。
「……勝ったら、キスしてくれ」
ブッ
突然の発言につい吹き出す。
「な、何言ってんだ!?」
「いいだろ?」
「よ、よくない!」
慌てて止める。
「だったらいい!!出なくていい!!」
シュタインは私の制止を無視して、ケインさんに飛び込み参加の相談に行ってしまった。
++
『皆さまっ! お、お、お待たせ、いたしましたァ!!
今宵、ここに集いしは、技と誇りと己の魂を賭ける猛者たち――!!
これぞ祭の頂上決戦!
マイスターシュピールステエーーーッジ!!
拍手と歓声で――主役を選べッ!!』
ケインさんがノリノリで、黒い魔石に向かって声を張り上げている。それに合わせてステージの四隅に設置された黒い板から、ケインさんの声が響いていた。
すでに祭りで盛り上がっている観客たちが、なんだなんだと集まり、自分たちも声をあげて盛り上がる。
ステージは、思っていたよりも大掛かりなものだった。
ケインさんが持っているのは、最近良くみるようになった魔道具だ。先日の舞踏会でもアナウンスに使われていた。
王宮のホールだともっと繊細に響くものが使われているが、今日は若干音が割れてギンギンしている。ケインさんの声が大きすぎるのかもしれない。
ケインさんのゴキゲンなMCを挟みながら、ステージはどんどん進行していく。
魔術で炎を操りながら踊り子が妖艶な踊りを披露したと思えば、ステージにみっしりと並んだ仮装の男達がラインダンスして笑わせる。相方の頭に乗せたリンゴをナイフ投げで刺したり、樽を何個も並べて太鼓のように叩いたり。
今は小さい子がたどたどしく手品を披露して、あたたかい拍手が送られていた。
もう、本当に何でもありだ。
プロとアマが入り混じって、とにかく皆楽しそうだ。
観客も大いに盛り上がっている。
「あ、さっきの」
軽技の彼が手を振りながら登場し、さっきより派手な技を次々と披露して拍手喝采を浴びた。
実はこのイベント、数年前から毎年やっているらしい。賞金も出るし誰でもでられるので評判になっていて、毎年ステージの規模が大きくなっているそうだ。
シュタインは、本当に飛び入りでエントリーしてしまった。ヴィンツェルが、有名な聖冠騎士様が出たらフェアじゃないと言うので、偽名を使い仮面で顔を隠すことにした。
ヴィンツェルは上半身裸に覆面にしようと提案し、シュタインも自慢の筋肉を披露しかけていた。さすがにそれはやめてくれと何とか止め、結局、昔の戦士のような格好に落ち着いた。
『さあ、お次は――飛び入り参加!
仮面の奥に素顔を隠した戦士、だが、只者じゃないッ!
その動きはまるで龍、力強さとしなやかさを兼ね備えたミステリアス・ウォリアー!
さあ、挑戦者よ、その力を見せてくれ!!』
正体を隠したシュタインが、舞台にさっそうと飛び出した。
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