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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第二章 デートは警邏から
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15.眼鏡の秘密


 シュタインに手を引かれながらヴィンツェルについていくと、噴水の広場に出た。さっきの軽技の彼が言っていた会場と同じようだ。


 石畳の丸い広場で、奥に噴水がある。噴水の向こうは生垣で仕切られていて、細い道が続いている。向こうに見える建物は図書館だったかな? あまり私と縁のない場所だ。


 噴水の前にステージが作られている。今は楽団が陽気な音楽を奏でている。

 ステージを囲むように、屋台のテントが立ち並ぶ。食べ物や小物を売る店、くじ引きや簡単なゲームの店。

 ガヤガヤとたくさんの人が行き来している。肉を焼く香ばしい匂いや砂糖菓子の甘い匂い、さわやかなフルーツの匂いが混ざって、匂いまで賑やかだ。


 その一角に、魔石屋がひときわ大きい店を構えている。

 紺色に魔法陣のような模様のテント。その怪しげな雰囲気がとても目立っている。でもこれが、この街のお祭りの雰囲気に大きく貢献しているのだ。

 店先にはお決まりの魔石探し。大人向けの高価な魔石が入っているコーナーでは、若者たちが盛り上がっているようだ。


「ヴィンツェル様! 来てくださったのですね」


 店先から覗き込むと、後ろで偉そうに店を見ていた恰幅の良い男が、慌てて飛び出してきた。


「こんにちは。盛況のようだね」


 ヴィンツェルがにこやかに挨拶する。この男がテントの主人なのだろう。


「友人を連れてきたんだ。今後いろいろ融通してあげてくれよ。……有名人だから知ってるでしょう?」


 にやっと得意げに笑うヴィンツェルに、男は少し怪訝そうな顔をして私たちを見る。そしてすぐに大袈裟にのけ反った。


「!!?? せ、聖冠騎士のシュタイナー・クラウゼヴィッツ様!?」

「シュタイン、紹介するよ、僕が小さい頃からお世話になってるケインだ」


 ケインは深々と頭を下げる。


「はーーー、いやはや、聖冠騎士様に御目通り叶いますとは。私はケイン・コルドと申しまして、商人の端くれでございます。どうぞご贔屓に」


 コルド、と言うとコルド商会だろうか。中堅規模の、質の良さが評判の商会だ。


「ケインの所は目利きも加工も一流だよ。僕の眼鏡も、ずっと用立ててくれているんだ」


 ヴィンツェルはかちゃりと、野暮ったい眼鏡を触る。

 え、その眼鏡……? 素材は一級品なのはわかるのだが、センスは大丈夫なのか?

 ヴィンツェルは私が少し疑っていることに気がついたのか、ちっちっちと指を振ってみせた。


「わかってないな〜、リーゼ」

「り、リーゼ!? ……そちらは、リーゼロッテ・ヘンデルベルク様で!?」


 ケインは素っ頓狂な声を上げた。私も有名なのだが言われるまで気づかなかったようだ。まあこんな格好だしな。

 あわあわしているケインを無視して、ヴィンツェルは眼鏡を外した。

 そして、意味ありげに私に向き合うと、顔を覗き込むように目を合わせた。


「……?」


 高級な魔石のような、底が見えないような深い深い眼。色は普通の薄い青なのに……

 もっと見たいと思った瞬間、大きな手に目を塞がれる。


「わっ」

「ヴィンツェル、何だそれは」


 硬い、警戒するようなシュタインの声。


「魔物のような気配だぞ」


「……生まれつきなんだよ、魔眼っていうの? 見ると魅了されちゃう」


 かちゃ、と、眼鏡をかける音がして、私の目からシュタインの手がゆっくり外された。

 ヴィンツェルは言い訳するように、大したことのない話のように続ける。


「これを完璧に隠してるわけ。すごいでしょ? これはケインの所でないと出来ないよ」


 眼鏡越しなら、先ほどの妙な深さは感じられない。普通の綺麗な目だ。


「小さい頃はそこまででもなかったんだけど、ちょうど道場やめたあたりからかな、制御できなくなっちゃって」


 はは、と、困ったように笑う。


「ケインは、一生懸命やってくれたんだよ。ムーンヴェールの魔石をガラスみたいに加工して、なんとかこの形にしたんだ」


 ケインは少し得意げに、でも不本意そうに眉を顰めた。


「本当はもっとオシャレな方がお似合いだと思いますが。どうしてもレンズ部分が厚くなってしまいましてね」

「オーダー通りだよ、変に洒落てないのが良い。ね、魔石の加工は、ケインの店が一番だよ」

「もったいないお言葉です」


 ケインは嬉しそうにニコニコしているが、ヴィンツェルはこちらを見て困ったように頭を掻いた。


「……シュタイン、リーゼには効かないみたいだから、そんなに睨まないでよ」


 シュタインは鋭い眼光でヴィンツェルを睨んでいる。まるで本当に魔物を前にした時のような顔だった。


「リーゼには効かない?」

「久しぶりだから、ワンチャンあるかと思ったんだけどなぁ」

「!……おい、それって」


 ガッ、と、シュタインはヴィンツェルの胸ぐらを掴む。


「いててて」

「シュタイン!」


 私は止めようとするが、シュタインは構わずにヴィンツェルを締め上げる。


「前にも試した、という事か?」


 ぎろりと睨まれたのに、ヴィンツェルは不敵にニヤリと笑った。そしておもむろに眼鏡をつかみ取ると、裸眼でシュタインを見つめる。


「さあ、どうだろうね?」


 確かに……思い返してみると、私といるときには眼鏡を外すことがあった。それでヴィンツェルはとても綺麗な目と顔をしていると知っていた。

 そんな事情があるとは知らなかった。デビュタントの時に言ってくれればよかったのに。


 シュタインはぐっと目をすがめる。でも目の強さは変わらない。


「あれ、シュタインにも効かないんだ」


 ヴィンツェルは目を丸くした。


「ある程度体鍛えると効かなくなるのかな?」

「坊ちゃん、およしなさいな」


 割って入ったのはケインだった。いつのまにか分厚いレンズの眼鏡をかけている。


「そういう、()()は、ご自分を苦しめるだけだとおっしゃっていたでしょう」


 ()()、か。


 確かにヴィンツェルは強い方ではないが、この力があれば思い通りになることも多いだろう。それでも訓練中も試合中も、眼鏡を外したのは見たことがない。


 生まれつきと言っていた。そう思うようなことが、色々あったのだろう。


「……そうだね」


 ヴィンツェルは締め上げられながらも何とか眼鏡をかけ直して、降参するように手を上げた。


「シュタイン、ごめんなさい。もうしないよ。約束するから離して」


 そうしているとシュタインが弱いものいじめしているようにしか見えない。


「シュタイン」


 それがわかっているのか、シュタインは私が声をかけると渋々手を離した。


「……ヴィンツェル、次はないぞ」

「ああ」


 何だか妙な雰囲気になってしまった。祭りの喧騒も少し引いたような気がする。

 見回すと、店先で二人が揉めたせいだろう、テントを覗いていたお客さんもずいぶん減ってしまった。


 元はと言えば、私が屋台が見たいと言ってシュタインを連れて来たのだ。

 変に責任を感じてしまって、キョロキョロと見回す。何か空気を変えられるような話題はないだろうか?


 見るとテントの奥に、何やら大きな黒い石がある。そこだけぽっかり夜の空があるように見える。黒かと思ったがよくみると深い深い青だ。その中に、星屑のように細かい光のような白い点がある。

 魔石のようだが、不気味な雰囲気もなく、ただ不思議な色をした石、といったところだ。


「ケインさん、あれはなんですか?」


 興味を惹かれたというわけでも無い。空気を変えたくて、話題に出しただけだ。


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