13.かっこいい、か?
通りの向こうに見える広場から、テンポの速い音楽とともに、ときおり大歓声が上がる。
広場の中央には人垣が出来ていて、どうやら踊りの得意な男たちを囲んで盛り上がっているようだ。応援する声も聞こえる。
何だか楽しそうだ。
「行ってみよう」
店を出て、広場の方へ通りを渡ろうとすると、シュタインにぱっと腕をつかまれて、つんのめった。
「なんだよ」
「……今日はデートなんだってば」
「うん」
私もそれは分かっているのだが。
シュタインは何か物足りないのか、もじもじしている。
「……て、手を……だな、その」
ワキワキと手を握ったり開いたりしながら、チラチラと私の手を見ている……
なるほど、手を繋ぎたいのか。
「ほら」
「ぐふっ」
手を出してやると、手を口に当ててうめいた。みるみるうちに耳まで赤くなる。
「……自分から言い出したのに、なんなんだよ」
「いや、ちが……いや、違くはないが!!」
挙動不審になって、こっちまで恥ずかしくなる。
「いいならいい」
「いや!よくない!」
手を戻そうとすると、慌てて掴んで引っ張る。だからもう少し力加減をだなぁ……
私の右手を大きな手が包む。熱い。ぐぐっと強く握られて、つい「う」、と、うめいてしまった。
手を、その角度で握られる訓練はしていない。
「あ、す、すまない」
強すぎたと気づいたシュタインは、ふわっと手の力を抜く。離さないようにしながら、手を繋ぐというより、私の手を掌に閉じ込めるように固定した。
「これで大丈夫か?」
わざわざ心配そうに覗き込む。少し寄った眉に優しい目。その目には私しか映っていないことに気がつく。
「……」
真剣な目に、ドキドキと胸が鳴る。私としたことが声も出なくて、こくりと頷いた。
「い……行くぞ」
シュタインも照れたように顔を背ける。
手を繋いだ男女2人、気まずい気分で広場に向かった。
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祭りの喧騒は、そんな気まずさをすぐに吹き飛ばしてくれた。
「見ろシュタイン! 何だか戦いのようだよ!」
今日は豊穣祭、そんな事気にしている余裕はないのだ。楽しまなければもったいない。
気がつくと私の方がはしゃいでいて、シュタインの手を引っぱっていた。
広場では数人の青年の周りを、観衆が取り囲んで囃し立てていた。誰が盛り上がるか競っているようだ。
舞踏会とは違う一見めちゃくちゃなステップも、格好良ければ周りに人垣ができてヒューヒューと盛り上がる。
幸い背は高い方なので、背伸びすれば後ろからでも見える。
ぴょこぴょこと覗いていたら、シュタインが後ろから腰を抱き抱えるように腕を回して、背伸びした私を支えた。
そして、そのまま少し上に引き寄せ抱き上げる。
私のつま先が、地面から離れた。
「わっ」
「見えるか?」
「ひゃ」
シュタインの口がちょうど耳元にあって、騒がしい中なのに声が耳に響き、首筋がちょっとぞくっとする。
「み、見えるけど……大丈夫だから降ろして」
持ち上げるなんて、子供じゃあるまいし。
シュタインの腕が少し下がって地面に足がつく。ちょっとホッとしたが、腰に回った腕はそのままで離れない。
今度は背中にぴったりくっついた身体を意識してしまう。
「シュタイン……」
「なんだ」
「……」
シュタインはあまりにも平然としている。これでは意識している私の方がおかしいみたいではないか。
……そうだ。別にこのくらい、何でもない。寝技で固めた時など、もっと密着しているだろう。
そう自分に言い聞かせて、あらためて中心で踊っている男たちを見る。
「あ、」
その一人とパッと目が合った。彼は嬉しそうに目を細めた。さっき、スリを捕まえた時に巾着を拾ってくれた彼だった。
帽子を押さえて、おどけるようにポーズをつけて私の方に指を鳴らす。
それから、ポーンポーンと音に合わせて軽く、高く跳ねると、三回目でくるりと宙返りして見せた。
「おおー!!」
観衆がわっと湧く。彼はそれに手を広げ、ポーズして応えている。
「凄いな! かっこいい!」
私も夢中で手を叩いた。
「知り合いなのか?」
「さっき手伝ってくれたんだ」
「ふうん」
シュタインに聞かれて答えると、何とも面白くなさそうな声で返される。
のしっと、頭に顎を乗せられた。重い。
「俺とどっちが?」
「は、はー?」
意味がわからん。どんな顔をして言ってるのかと振り返りたくても、顎で押さえられて頭が動かない。
「シュタインは、あんなの出来ないだろ?」
比べようがない。舞踏会の時は少し見直したが、こういう踊りはできないはずだ。
「出来る」
ぶすっと呟くと、おもむろに私の手を引いて、人を掻き分けて前に出た。
「おい、何を……」
「見てろ」
そしてシュタインはそのまま観衆をかき分けて、躊躇なく踊りの輪の中に飛び込む。
「え? おい、何を無茶な」
動揺する私を置いて、音楽に合わせリズムに乗って、拳を振り始めた。
ひゅーーー!!
突然の大男の乱入に、誰かが口笛を鳴らす。シュタインはそれに応えて大きな身体を片手で支えて回ってみせた。
どっと場が沸いた。
踊っているというより、音楽をバックにダイナミックな技を繰り出しているだけなのだが、さっきの彼が軽技を披露してくれたおかげか、受け入れられている。
……ウケまくっている。
「あれ、聖冠騎士のシュタイナー様じゃない?」
「リーゼロッテ様も居るじゃないか」
だんだん、正体がバレ始めた。
別に変装しているわけでもないしな。私まで指をさされている。恥ずかしい……
しかし、他人のふりをすることもできず、自棄になって私もリズムをとって大きく手を叩いた。
シュタインは大技を挟みながら、演武のように何かと戦っているように踊っている。
回し蹴りのように長い足を上げて勢いよく回り、盛り上がった観客を煽るように腕を振り上げる。
なんだ、……意外と、これは。
いやいやいや。これは踊りというものではないだろう。
いや、でも、……
跳躍する大柄な体躯、祭りの雰囲気に高揚した明るい表情に、浮かれた金色の目がきりりと光っている。
うん。
まあ、かっこいい、と、言ってもいいかもしれない。