12.デートとは
<二章 プロローグ>
おめでとう、リーゼロッテ様!
ありがとう、リーゼロッテ様!!
彼女は、去っていくシュタイナーと、耳を押さえて立ち尽くすリーゼロッテを見学席から見守りながら、目頭が熱くなるのを感じた。
アリシアがヒロインに転生したのは十六の時。
しかし、学園でいじめられることもなかったし、高位貴族のイケメンに好かれることもなかった。普通に楽しい学園生活を過ごした。
伯爵のおじいさんをたまたま助けて、養子になるのだけはストーリー通りだった。
もしストーリー通りなら、そろそろ魔王が復活し王都を焼き払っている頃だが、そんな気配は全くない。町も国も、平和そのものである。
これはどう考えても、悪役令嬢リーゼロッテが自分の破滅を回避するために動いた、としか思えない。
ほら、その証拠に、魔王になるはずのシュタイナーは、リーゼロッテにデレデレだ。
ストーリーは始まらなかったけど、平和に過ごせるならそれが一番!
彼女はリーゼロッテのイメージカラー(非公認)である深紅のハンカチを握りしめ、それを汚さないように指でそっと涙をぬぐった。
<二章 デートは警邏から>
どすんっ、と、少年が勢いよくぶつかってきた。
「おっと」
もちろんその程度でよろけるような私ではない。
少年は反動で転びそうになる。咄嗟に手を伸ばして助け起こした。
「大丈夫? 人混みで走るなよ」
「あぶねーなー! 気をつけろよ!」
優しく声をかけたが、生意気そうに睨んで強がった。振り払おうとしているが、その程度では私の手は緩まない。
「くっそ」
少年は悪態をついて、歯をむき出して噛みつこうとしてくる。
うん、遠慮はいらないということだな。
「いてててててて」
腕を捻り上げてやる。高く上げた手から小さな巾着が落ちて、ちゃりん、と小銭の音がした。
「他にもあるだろ? ほら、ジャンプしてみろよ」
捻りあげた腕を上下に揺すると、ぎゃあぎゃあと悲鳴を上げる。大袈裟だな。
疑いの通り、ちゃりちゃりと上着のポケットから怪しい音がする。
「警邏にいくぞー」
「や、やめろー!!!」
やめろと言われてやめるわけがない。犯罪は犯罪だ。少年をひょいと肩に担ぐ。
「あ、あの、リーゼロッテ様」
そばにいた青年が落とした巾着を拾ってくれた。
「ありがとう」
受け取ると青年は嬉しそうに、
「かっこよかったです! 応援してます!」と言うと走って行ってしまった。
気づけば遠巻きに囲まれて注目されていた。ちょっと恥ずかしい。
この少年を軽々持ち上げた姿もだが、今日の私は有名な女騎士リーゼロッテ・ヘルデンベルクとはあまりにも印象の違う格好だ。人目が気になってそわそわする。
「お、おろせー! 何だよこの力! 女じゃねえのかよー!」
「失礼な!」
肩の上でジタバタと暴れる少年の尻を叩く。
「ぎゃあ」
少年は大袈裟に悲鳴をあげた。
「どう見ても完璧な淑女だろう」
「……」
少年は黙った。納得したようだ。
しかし、彼が私を舐めてかかったのも仕方がない。今日は、……お祭りデートなのである。なので私は、豊穣祭に相応しい、伝統衣装──つまりとても可愛いエプロンドレス姿なのだ。今年のトレンドだという、花の飾りがついたショールまで被っている。
靴も花柄の刺繍が施されていて可愛い。ヒールはない靴なので、少し大きめの女子と言ったところか。歩きやすくて良い。
デートだというのになぜ私が一人でいるかというと、シュタインはシュタインで先程ひったくりを捕まえて、警邏に引き渡しに行っているのだ。
なので、この子を担いで詰所の方に行けば、途中で会えるだろう。
++
店先に並べられた簡易な丸椅子とテーブル。
テーブルを挟んで二人座る。シュタインはどよんとしている。
「デートとは」
なにやら悲しげな声で呟いている。
祭なので、いつも夕方からの店も昼から開いていた。ここは訓練終わりによく飲みにくる店だ。
通りに面していて、そこそこ広い。お値段は普通だが、それに対して量が多い。大衆向けの酒場だ。
「リーゼ様じゃない! 可愛い格好しちゃって、そういうのも似合うんだね!」
「ありがとう」
女将さんが、とりあえずいつものセット……ビールと揚げ芋の皿を出してくれた。
そんないつもの、まったくいつもと変わらない光景に、シュタインは頭を抱えている。
「まあまあ、防犯の役には立っているし良いじゃないか」
2人連れ立って祭りに来てみたものの、ひったくりやらスリやらを捕まえたり、喧嘩の仲裁などしていたら警邏の一員のようになってしまった。
魔王の脅威が去ってもうすぐ30年、街は復興し活気に湧いているが、まだまだ治安が良いとは言えない。祭りの日はみんな浮かれているから、トラブルも多い。
騎士として顔と名が知れている私とシュタインが、普通にその辺を歩いていれば、当然の流れである。今日はオフみたいだから、犯罪はしないでおこう、とはならないのである。
故に、いろいろ頼まれ、いろいろ首を突っ込み、どんどんデートというイメージからはかけ離れていく。
私としては、まあ、こんなのいつも通りだし、可愛い格好もしているのでお祭り気分も楽しんでいたのだが、シュタインは不満だったようだ。
とりあえず仕切り直そう、ということで、座って休憩することになった。
そして、なぜかやたらと混んでいる可愛らしいカフェに並ぼうとするシュタインを引っ張ってこの店に来た。
はっきりいって、カフェよりこちらの方が落ち着く。我々は、紅茶とケーキより、ビールと芋だろう。
「あ、ほらみろ、シュタイン」
豊穣祭は豊作を祝う祭だ。カラッと明るくて陽気な音楽があちこちから聞こえてくる。
酒場の軒先のテーブルからは、通りの向こうの広場が見える。広場では演奏に合わせて踊る人達。
花の紋様の刺繍のスカートの民族衣装で、くるくると回る少女達。それに合わせてステップを踏む男達。
歓声、口笛、笑い声。
音を聞き、景色を見ているだけで心が浮き立ってくる。
「いいな、まさに豊穣祭だ」
いつもの気分で、頬杖をついて広場を見る。ちょうど目の前を道化屋が、外れた調子で歌いながら通り過ぎたので、思わず声をあげて笑った。
淑女たれという母の顔が頭をよぎったが、今は仕切り直し中である。淑女も休憩だ。
「そうだな」
シュタインも笑う。よかった、陽気な音楽で機嫌も上向きになったようだ。
「まさに、豊穣祭の景色だ」
「え?」
街の方ではなく、私をまっすぐ見てシュタインは目を細めた。
「ディアンドル、よく似合ってる。……可愛いよ」
は? か、可愛いだと?
不意打ちに何も言い返せずぽかんとと口を開けてシュタインを見る。
何というか、私に「可愛い」、と言うのは違うのではないだろうか。かっこいい、美しいは少しわかる。こんな大女に、可愛いは無いのでは。
「……そんな呆れなくてもいいだろ」
シュタインは誤魔化すように目を逸らしてジョッキを傾けた。
「いや、可愛いはないだろ、と思って」
あのデートを賭けた勝負の日以来、……いや、その前日の舞踏会からか。シュタインは似合わない気障な台詞を言うようになった。
彼も紳士の練習をしているのかもしれない。で、相手にしやすい私に、そんな事を言って慣れようとしているのだ。
何だか流れで婚約者になってしまったが、こうやって気障な物言いや仕草に慣れていけば、そのうち本命ができるかもしれない。
シュタインはいい男だと思う。客観的に見てね。
背も高いし顔も悪く無い。三男坊だが貴族だし、何せ聖冠騎士である。今は身近な女は私しかいないから懐いているんだろうが、好きな子が出来ればまた違ってくるだろう。
そうしたら、また姉弟子として慕ってくれるだろうか。
妙に耳に残っている掠れた声の『愛してる』は、その場の空気に飲まれただけだろう。早く忘れなければと思う。
それなのに、シュタインは一気に杯を空け、その勢いで、
「可愛いよ。久しぶりに見たけど、似合うよ。前から可愛かったよ! またその姿が見れて俺は嬉しい!」
と改めて言う。可愛い可愛いと、恥ずかしい……まあ確かに、この服は可愛い。この衣装は誰が着ても、結構可愛いのだ。
十五になるまでは毎年豊穣祭でディアンドルを着ていた。シュタインは覚えていたのか。剣術大会に出るようになってから浮ついた行動は制限していた。
祭りを楽しむのも自制していて、毎年男装で、今日のように防犯を買って出ていた。
ああそうか。今日はもっとはしゃいで良いのだ。そう思うと顔が緩む。
「ふっ」
「わらうな」
「ああ、違う、シュタインがおかしいんじゃなくて」
気持ちを切り替えようと、私も一気に杯を空けて立ち上がった。
「遊びに行こう、警邏ごっこはもうおしまいにしてさ」
2025/4/13 プロローグを挿入しました。
読んでいただきありがとうございます!
ここは、剣と魔法と芋がある世界です。
第二章は火曜日と土曜日の朝に投稿いたします。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
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