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1.女騎士の敗北

 

 キィィン……


 私の手から愛剣が弾かれ宙を舞う。


 思わず目で追う。澄み切った雲一つない青空に、くるくるきらきらとレイピアは舞う。


「勝負、あったな」


 喉元に突きつけられた剣先。


 刀身からまっすぐ伸びる太い腕、その先にある鋭く光る鷹のような眼。


 背後で、カランカランと愛剣が地面に落ちる音がした。


 ──それは、フェルデンラント王国初の女性騎士である私、リーゼロッテ・ヘルデンベルクが、その任を終えた音だった。



 全力を出した結果だった。悔しさはない。ただ、心にぽっかりと穴が開いたような気がした。


 周囲の観客がどっと湧く。歓声やどよめきが耳を撫でるが、体には響かない。


 胸に浮かぶのは、ただ一言。


 『負けた』。




++




 私の父は、若い頃に魔王を倒し、国に平和をもたらしたそうだ。

 そのためまだ存命ながら、すでにこの王国では伝説のような存在となっている。


 その功績により子爵位を賜り、今は王宮騎士団の指南役をしながら、王宮の一角に剣術道場を開き、広く平民にも門戸を開いて剣を教えている。


 私は幼い頃から、その父に師事していた。


 とはいえ、周囲からは「お嬢様の遊び事」だと思われていたらしい。しかし私には剣の才能があった。父はその才能を面白がり、淑女に育てようとする母に隠れて、私を最強の騎士へと育て上げたのだ。


 母が気づいたときにはすでに遅く、私は弟弟子のシュタインとともに、同世代最強のコンビとして恐れられるまでになっていた。


 私は当然、騎士になるつもりだった。


 しかし、王宮騎士団は女人禁制、剣聖と称される父でもその決まりは変えられなかった。


 悔しそうな顔で父は言った。「お前がそんなに美しく育たなければ」と。

 私はどうやら黙って立っていれば、相当美しいらしい。


 美しい私が男ばかりの騎士団に入れば、王族に誓った忠誠心や、騎士団の風紀、士気に関わるのでは無いか。そういう理由だった。


 しかし私はあきらめなかった。私が騎士となるための道が、ただ一つだけあったのだ。


 それはこの国で最強の騎士として認められ、国王の護衛騎士である「聖冠騎士」となる事。

 聖冠騎士には性別の決まりはない。おそらく、女が挑戦するとはだれも思わなかったからだろう。


 聖冠騎士になるには、年一度の剣術大会で優勝するか、武功をあげて現役の聖冠騎士への挑戦権を得るしかない。


 私は昨年の剣術大会で優勝し、その地位を手に入れた。


 史上初の女性騎士の誕生である。


 だが、それは長くは続かなかった。


 先日、騎士団の師団長シュタイナー・クラウゼヴィッツが、西の森の巨大ワーム討伐の功績で聖冠騎士への挑戦権を得た。


 そして今日、私はそのシュタイナー・クラウゼヴィッツ──弟弟子であるシュタインに敗北し、地位を返上した。



 ++



「リーゼロッテ・ヘルデンベルクよ。そなたは若き身にしてこの国の聖冠騎士となり、初の女性騎士として多くの民に希望を与えてくれた。しかし、聖冠騎士に求められるのは、最強であること。今、そなたはその座を明け渡さねばならぬ……だが、これからの其方には新たな道が開かれよう」


 通常であれば、聖冠騎士の座を降りた後は王宮騎士団に所属し活躍を期待される。

 しかし私は女だ。それは叶わない。


 剣で生きるなら、冒険者か貴族お抱えの騎士、あるいは傭兵にでもなるしかない。

 だが、私はこう見えてもヘルデンベルク子爵家の一人娘なのである。他家に仕えることや冒険者になるなど、母が許さぬ。


 母はこれまでも私が剣を持つのは反対だった。父の指揮下にある王宮内のみでなら、ギリギリ許可されていたにすぎない。

 きっと今頃、家で敗戦の報を受け取り、ドレスを用意して、うきうきと騎士を廃業した娘を待っている。


 父と仲の良い国王は、その事情を分かっている。だから慰めるような事はおっしゃらなかった。

 国王は昨年の剣術大会で私が優勝した時にも喜んでくださった。「聖冠騎士は『最強』であることが条件。難しい立場だが、心も強く持て」と女扱いせず言ってくださった事が嬉しかった。


 ……もう少し、続けられると思っていたのにな。


「そして、シュタイナー・クラウゼヴィッツ。今日より、お前が新たな聖冠騎士だ。王を守る剣として、その力と忠誠を示してみせよ。大いに期待している。フェルデンラント王国の誇りにふさわしくあれ」


 二人、国王の前に膝をつき、剣を捧げる。


 国王は聖冠騎士の証であるサークレットを手に取り、シュタインにかぶせた。それは、先ほど私が返還したものだ。

 私には少しぶかぶかで、髪を結って固定していたが、シュタインにはぴったりのようだった。


 シュタインは深く礼をすると立ち上がり、観衆に向かって国王を守るように剣を構えて見せた。


 その堂々とした姿に、おお、と、観衆のざわめきが広がる。


「さすがシュタイナー様、お似合いだわ」

「いくら剣聖の娘とは言え女ではこうはいかない」

「リーゼロッテ様も格好良かったけれど、こう見るとやはり女性なのね」

「これで我が国は安泰であろう」


 耳が勝手にそんな言葉を拾う。わかっている。そんなことは。


 私も女としては背も高く体も大きい方だが、シュタインと並ぶとまるで子供のようだ。出会った頃は私の方が背が高かったのに、今では彼の肩ほどしかない。


 筋肉もそうだ。私の倍ほどもある腕。不意を突かなければ投げ技が通じなくなったのはいつからだろうか。逆に、どんなに身構えていても掴まれてしまえば抗えない。

 剣技のみで戦えばまだ互角で、昨年の剣術大会は私が勝った。しかし、ついに負けてしまった。


 シュタインの詰襟の軍服には、ジャラジャラと勲章が並ぶ。その数は騎士団での彼の活躍を示している。

 西の森の巨大ワームの他にも、最近では国境に沸いたウェアウルフの群れを一網打尽にしたとも聞く。


 一方で、私は国王の護衛として王宮にいた。幸いにも平和が続き、国王の身に危険が及ぶようなことはなかった。

 つまり、訓練は積んでいたが、実戦経験が決定的に不足している。



 ──到底、かなわないのだ。




読んでいただいてありがとうございます。


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