099.水菜月との出会い
イルカとシャチのショーのあと、お昼ごはんを食べる場所を探す。
洒落たレストランが水族園の建物の中にあり、プールの水面下で泳ぐ海獣たちを眺めながら食事ができるのだが、なかなかの混雑ぶりだった。
少し歩いたところにマリーナがあって、そのそばの別のレストランに行くことにする。
人が多いのは水族園だけで、それ以外はどこも人影はまばら。
ガラス張りと打ちっぱなしコンクリートのすっきりしたデザインの建物。
お店の中も木の椅子とテーブル以外は無機質な感じで、あまり飾りっ気はなかった。
海側の屋外にもテーブルが並んでいて、バーベキューができるようになっている。
開放的な窓の向こうにはヨットやクルーザーが並んで、白い船体が日の光を反射していた。
このあたりにもお金持ちが多くいるようだ。
もう少し暑い時期になったら、賑やかになるのかもしれない。
その向こうは青い海と滲んだ水平線と青い空。それに白い雲が少し。
このお店の定番っぽい料理を頼んでみる。
ローストビーフにシーフードマリネとサラダ、それにあさりのトマトスープ。
パンは食べ放題。
「イルカやシャチって、自分たちが人間相手にショーをやっているって理解しているのかな?」
「わかってそうな気がする。餌のためにただやらされているって感じじゃなさそう」
「彼らも楽しんでやっているのならいいんだけどね」
「どちらが幸せなのかしら」
「人に飼育されているのと、自然界で野生生活なのとってこと?」
「うん」
「あそこにいれば食べ物の心配はないけれど…」
この問いは人間にも当てはまるだろうな。
「彼らの価値観しだい」
結論を放棄する。
社会性の高い動物を少数の個体のみで飼育するのは、難しい面もあるかもしれない。
「北山くんがシャチだったとしたら、どちらを選ぶ?」
安全安心か、自由かってことになるのだろうか。
「本来の生活を選ぶかな。危険があったとしても、それが自然なのであれば」
「水族園のレストラン、平日なら空いているのかな」
「予約ができたみたいだけど。あそこがよかった?」
「イルカを見ながら食事してみたい」
水菜月が次は予約して連れてけって顔をしている。
「水をかぶっても平気な頃になったらまた行こうか」
うれしそうな顔になる。
水菜月がこんな要求をしてくるようになるなんて。
去年は人見知りの不審者だったのに。
デザートは抹茶ティラミス。
◇
お昼ごはんのあとはマリーナを離れて、再び砂浜沿いの道を散歩する。
海岸の堤防に二人並んで腰をかける。
波打ち際で子供達がはしゃいでいる声が小さく聞こえてくる。
朝よりも暖かくなったとはいえ、春の風はそれでもまだ少し肌寒さが残る。
水菜月が静かに話し始める。
「以前はいまのような状態ではなかったの。もっともっと平和だった。外部世界からの干渉は散発的にはあったけどそれだけで、侵入者もいまほどではなかった。あったとしても大した害をもたらすようなものではなかったし」
「崩壊なんて、起きなかった。そういうことが起こりうることは、知識としては知っていたけど、実際に起こるようになるなんて思っていなかった」
「あの頃はいまよりはずっと穏やかで、侵入者への対処で悩んで辛い時期も確かにあったけど、それでも幸せを感じることだってもっとあった」
「その頃のきみとぼくは…」
「仲良しだったよ」
「仲良し?」
「うん、仲良し」
水菜月は普段あまり見せない無邪気な笑顔でそう答えていた。
当時のぼくは、水菜月をこんな笑顔にできたんだ。
「その後、外部世界からの干渉が活発になってきて」
「初めての崩壊が起きて」
「再起動した世界はいろいろ変わっていた」
「世界が変わるというか、人が変わってしまっていた」
「再び会ったあなたは、わたしが誰か分からなかったの」
少し寂しそうな声。
「そんなことが、何度も繰り返されるようになった」
「この世界がしだいにおかしくなっていっているのに、誰もそれには気づいていなくて」
「だからってわたしがそんな話したら、ただの不審者にしか見えないだろうし」
それは確かにそうだった。
「ほんとに仲良しだったんだよ。わたしたち。覚えてないんでしょう?」
「…ごめん」
「北山くんが謝ることじゃないよ。わたしが…どうにかするから」
やっぱり一人で抱え込んでいる。ぼくたちのことなのに。
ぼくにできることがないのが、だめなのに。
「本当はこんなこと、ぼくが聞くことじゃないと思うけど、ぼくたちが初めて、本当の一番最初に出会ったのってどこだったの?」
水菜月が笑ってる。
「その質問、覚えてて。きっと思い出した時に面白くなるから」
なにか恥ずかしいことをしたのだろうか。
なにも記憶がないのでなにも言い返せない。
「そんな大したものじゃないよ。衝撃の出会いとか。普通に同じ学校の同じ学年なんだし」
「単に席が近くだったとか?」
「北山くんにいきなり告白されたの」
思わず吹き出しそうになる。
玲奈にも似たようなことを言われたが、水菜月にもなにか口走ったのだろうか?
「うそ」
水菜月がケラケラ笑っている。
ぼくは顔がちょっとひきつっている。
「そんなことは一度もなかったよ。玲奈さんには好きって言うくせに」
「それは意味が…」
「どうちがうのかな?」
いじわるな笑顔。答えに困るのだが。
過去のぼくは別に彼女を好きだったわけじゃないのか。そんなはずないと思うんだけど。
それともそれを言い出せなかったのか。
「学校で他の子たちと一緒に話すことはあったけど、二人だけで初めて会話したのは、街の人混みの中だったかな」
なんでそんなところで?
というかなにがあってなんの話をしたの?
水菜月は俯いて真顔に戻る。
「必ず、あなたの記憶を取り戻すから」
足元の白い砂を見つめながら、静かに言った。
「わたしたちの思い出を、取り戻すから」
それから顔を上げて、遠い海を見ながら。
「涙が雨で流されたとしても、それで消えてなくなるわけじゃないから」
そういう彼女はなにかを噛み締めているようだった。
過去において涙を流すようなことがあったんだ。
いまのぼくが知らないそのときのぼくは彼女を守れたのか。
—— 誰かのために傷付くことができることだと思います。
水菜月のためなら、できるだろうか。
—— 思い出せるはずです。何度でも。
—— それが本当に必要なことなのであれば。
思い出さなきゃ。
それはきっと、未来に必要なこと。
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