095.春の嵐
気持ちの落ち着かない日が続く。
予報では夜から天気が崩れるといっていた。
夕方、駅ビルの構内にあるファーストフード店で旗章と早めの晩ごはんを食べていた。
テーブルの上にハラペーニョがたっぷり乗ったチリドッグが並ぶ。
(さすがにこれだけ食べると辛いのだが…)
口の周りと舌がヒリヒリする。
が旗章は平気なようだった。辛党だったのだろうか。
「なにか変わったこととか、いつもと違うようなことはなかったのか?」
旗章も玲奈のことを聞いてくる。聞きたくなるのは当然だ。
みんな落ち着いたふりをしているが、内心は相当動揺しているはず。
先日の茶道部の女子生徒たちもそうだっただろう。
「特に気になるようなことはなかったよ。ぼくも学校に来て知った」
大嘘だけど。
「まだ続くかもな」
「ああ」
これで最後であって欲しいが、そうはならないだろう。
「あっちの方は最近おさまっているようだな」
「あっち?」
「四角く切り取られるやつだよ」
紙コップの水を吹き出しそうになる。
まさか旗章があれと玲奈の関係に気づいている?
「あ…ああ、そういえばそうかな」
素知らぬふりをしようとするが、ぎこちない返答になってしまう。
旗章は気にもせず、チリドッグを頬張っている。
「失踪ってあれが原因じゃないのか?ツインタワーの片方が消えた時も、かなりの人が行方不明になっているだろ?つまり、これまでの失踪事件もあれに人が巻き込まれて消えたんじゃないか?」
あそういう解釈か。
「そうだとすると、四角く切り取られて消えるあれがなんなのか」
「あれは本当に意味不明だ」
「ツインタワーの映像を何度も見たけど」
「しばらく前にテレビでしょっちゅう流れていたやつだろ?SF映画としか思えないような映像だったな」
「でも現実なんだよ。あれが」
「映像だけなら作りものかとも思えるが、実際になくなっているからな」
旗章が包み紙をたたみながらため息をつく。
現場までここからせいぜい数百メートルの距離。
「なんなんだろうな。この世界は」
全くだ。
火の鳥に変身する少女までいたりするぐらいだ。
そのうち竜や巨人なんかも登場するんじゃないか。
実はここは剣と魔法の世界でしたなんて、お偉い魔導師様がカミングアウトしてくれてもいいくらいだ。
一時期マスコミで評判になっていた某占い師は、最近は姿を見なくなっていた。
ブームが去ったのか、一儲けしたのでどこかで遊び呆けているのか。
そのあとは答えのない疑問と妄想を二人でひたすらこぼしあった。
「じゃあまたな」
「おう」
中央駅のコンコース。
それぞれの列車に乗って帰って行った。
◇
春の日が西の地平に沈み、ぼくたちの街にも夜の帳が下りる。
暗い雲が次第に星空を隠し、夜半過ぎには雨が降り始めていた。
自宅の部屋の中。遠雷が聞こえる。
満開を迎えていた桜の花も、春の嵐が散らしてしまうかもしれない。
今年咲いた花が散ったとしても、また来年同じように花が咲く。
それは同じ花なのだろうか。それとも別のものなのだろうか。
同じ桜の木に咲いた今年の花と来年の花。
遺伝子的には同じもの。見た目も区別がつかない。
でも厳密には別のもの。大きさや形や色は微妙に違うはず。
そもそも別の個体だ。
だけど、それを区別するだろうか。
呼ぶとすれば、どちらも桜の花。
それでも、今年と来年は同じじゃない。去年だって違う。
この世界は繰り返している。だけど同じじゃない。
水菜月はそれを見てきている。彼女だけが見てきている。
他の誰もが気づいてはいないけど。
それはぼくも含めて。
彼女はずっと孤独だったはず。いまでも孤独なはず。
そばにいても距離がある。
手を繋いでも一緒にはなれない。
だけどそんなこと誰だってそうじゃないか。
誰だって本来は一人の独立した人なんだから。
ぼくたちは別に特別なんかじゃない。
普通に一緒に居られるはずじゃないか。
そう思いたいけど。
明かりを落とした暗い部屋の中。
おぼろげに見える四角い窓。
雷が空気を引き裂く音が、まだ遠くから聞こえてくる。
水菜月もこの音を聴いているだろうか。
それとももう眠りの中にいるのだろうか。
そんなこと考えたところで、なにがどうなるわけでもないのだが。
◇
外部世界。
ぼくたちが知らない謎の世界。
なにかが存在していて、この世界に影響をおよぼしている、ということ以上はわからない。
箱庭にいるぼくたちが知っているのは、その外になにかがある、ということまで。
外側の住人は、ぼくたちの世界をどのように見ているのだろう。
ぼくたちは水槽の中の小魚なんだろうか。
普段生活をする中でそれを意識する事はない。
ぼくだって水菜月の話を聞くまでは、そんなこと考えたこともなかった。
いまでも正直なところ半信半疑だ。
ほかの人たちはいまも想像もしていないだろう。
ときおり起こる奇妙な事件も、あくまでこの世界の出来事と考えるのが自然だ。
あれを異世界からの侵略だなんて言ったら、ほとんどオカルトおたくか厨二病。
とか言いながら、ぼくたちはそれに近いことを言ってるわけだけど。
しかもそれは、遠い宇宙の彼方にあるのではなくて身近にある。
目の前の薄暗い空間だって、干渉の対象になるかもしれない。
いまこの瞬間にもあの光る立方体が現れて空間を削っていく、なんてことを想像すると眠れなくなってくる。
安定しない世界。その時間と空間。
そこにいるあいまいなぼくたち。
存在している実感はあるけれど、それもぼくの意識の中でのこと。
知り得ない物について、どう考えればいいのだろう。
原理的には知ることができるのに、その術をぼくたちがいまは持たないだけなのか。
それとも、そもそも原理的に知りようがないのか。
前者であれば努力の余地があるが、後者であれば諦めるしかない。
というか前者なのか後者なのかもわからないのでは。
知り得ないことは、考えるだけ無駄だろうか。
遠雷の低い音が次第に小さく、鳴り響く間隔も去るように長くなっていく。
雨音は聞こえなくなり、小降りになっているか止んでいるようだ。
暗闇の中の白い天井を見上げる。それに連なる白い壁。
虚無感を象徴するような眺め。
水菜月はもう眠っただろうか。
それもぼくには知り得ないことだけど。
一人であれこれ考えていると、だんだん泥沼にはまっていくというか、よくない思考に落ちていく気がする。
誰かと話がしたい。
水菜月と玲奈の両方を知る人。
それでいて、ぼくたちを客観的に見れる人。
(橘香さんか…)
あのカフェに一人で行ってみようか。
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