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【毎日更新・学園ラブコメSFまたはファンタジー・文庫本3巻分目標】5010.The Phoenix - 箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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009.うちの学校

街の中心部にある中央駅を北側に出て横断歩道を渡り、緩やかな坂道の大通りを上がっていく。

街路樹が並び、夏場はいつも蝉の声がかまびすしい。

通りの両側にはオフィスビルや商業施設が並び、華やかな路面店が雰囲気を洒落たものにしている。


それらを横目に歩いて十分程度で、左手にうちの学校が見えてくる。

ガラス張りの校舎はまるで大手IT企業の本社か研究所のような雰囲気で、高台にあるため教室からの眺めはとても良かった。

夜になると夜景がきれいなのだが、そんな遅くまで学校にいたくはない。


この地域ではそれなりの名門校だった。殆どの生徒は一流とされる大学に進学していく。

生徒数の割には設備や教員数が充実しているのが売りで、校舎自体も相当お金がかかってそうだし、学費はよく知らないがきっと高いはず。

社会人になった卒業生から結構な額の寄付金が集まるという話も聞いたことがある。

ひとクラスあたりの生徒数は20〜30人程度。少ない方だと思う。男女比率はほぼ同じ。


生徒の自主性を重んじる方針であるため、校則や生活指導は緩かった。

制服はあるのだがデザインが好評で、それで学校を選ぶ生徒もいるくらい。

卒業生に服飾デザイナーが複数いるらしく、何年かごとに新しくなるので古臭くもならない。

お揃いのトートバッグ型の学生カバンも、制服に合わせて作られた。


生徒も教員も優秀で目立ったトラブルもなく、世間の評判は悪くない。

いい学校だとは思う。学校生活はいろいろ楽しかった。



校門は石造りで重厚感があり、凱旋門の小型版のような雰囲気。

椿の花と五芒星をかたどった校章の彫刻が、上部のアーチに掲げられている。


「おう、ななお。おはよう」

「ああ旗章。おはよう」


門をくぐったところで同級生の岩倉旗章と会った。


「坂道のおかげでこの学校は通学するだけで運動になるな」

「健康にいいだろ」

「この時期はちょっと辛い」


駅前からバスに乗ることも可能だが、通学時間帯は混雑がひどかった。



授業は進学校らしく平均的な学校よりはペースは早く、教科書の難易度も高いものが使われていた。

内容自体は他の進学校と比較してもそれほど特別感のあるものではなさそうだが、設備面で余裕があるのでおそらく他校よりは快適な環境なのだと思う。


その中で特徴的な科目が一つあった。

各生徒は毎年テーマを決めて一年かけて自由に研究を行い、学年末に論文のようなものを提出するのだ。そのための費用も上限はあるが認められていた。


研究テーマは公序良俗や法律に反するものでなければ、本人の興味次第で決めることができた。

自然科学でも人文科学でも、理学でも工学でも医学でも文学でも政治経済学でも考古学でも哲学でも、古典的なものでもサブカルでもよかった。

イグノーベル的なものはむしろ好まれる傾向があったように思う。


「サイドテールは右寄せと左寄せで好感度の差に有意性があるか?」というテーマであっても、本人が右利きなのか左利きなのか、カバンは左右どっちに持つか、腕時計はどっちにはめるか、髪のつむじの位置の偏り、クルマに乗る際に左右どちらのシートに座るか、光のあたり具合や見る角度、仕草や姿勢、そもそも人は相手の髪型についてどのような観点で好意を感じるのかなど、各種条件による違いやそれが生じる原因および対策などが合理的に説明されるのであれば高く評価された。


いかなるテーマであってもそれに対する調査・分析・考察の合理性が重要で、つまりは論理的思考を訓練することが狙いだった。

研究は一人でやっても複数人でやってもよかったが、論文は各自でそれぞれ独自の内容で提出することになっていた。

そのため共同でやった場合には、論文に書くネタが被らないようにうまく分担しなければならなかった。

一見面倒な科目ではあるが、実際のところ多くの生徒が積極的に取り組んでいて、通常の授業よりも楽しかった。


なのだが、ぼくはまだ今年のテーマはまだ決めかねていた。


(去年はひとりでしてたので、今年は誰かと共同でやってみようか)


道連れを探さなければ。



学生食堂はなぜか校舎の最上階にあった。

おかげで眺望は素晴らしく、ガラス張りの向こうに街並みと海が見渡せた。

料理は前述の通り、謎に豪華で美味しくてとても学食とは思えないレベルだった。

おかげで多くの生徒にとって一日の主たる食事が昼食になっていて、お昼にしっかり食べて夜は軽めに済ませることが多かった。


今日は旗章とお昼ごはん。


「…」

「何だ?」

「それ全部食べるのか?」

「おう」

「そうか」


旗章の前には厚切りステーキの皿が5つほど並んでいた。



有希葉は同じクラスで隣の席。授業も仲良く受けている。


教室は学校というよりはいまどきのIT企業のオフィスのような洗練された感じで、高い天井の明るく広々としたフロアに余裕のあるサイズの机が並び、椅子はオフィスチェア的なもので座り心地は良かった。


教室の前には黒板の代わりに大型スクリーンが設置されており、教師はパソコンやタブレット端末でスライドなどを表示させて、プレゼンテーションのように授業を行う形式だった。

生徒にもそれぞれノートパソコンとタブレット端末が支給され、教科書・参考書・問題集・ノート・レポートなどは殆ど電子化されている。

ネット環境は快適で、宿題もオンラインで提出していた。


ここまで来れば授業もオンラインでいいじゃないかという気もするが、IT化がどれだけ進んでも人同士直接会ってのコミュニケーションは重要との学校の方針で、体調が悪いなどの事情がない限り登校は必須だった。

しかしオンラインで出席することも可能ではあった。

それはつまりはたとえ入院していても授業は受けられるということだった。


今日の授業が全部終了し、生徒たちは荷物を片付けている。

それぞれ帰宅するか部活に行くか、それともそのまま繁華街に遊びに行こうとしていた。


むかしは大量の教科書やら参考書を毎日持ち歩いていたそうだが、ノートパソコンとタブレットだけで事足りる現在はきっと恵まれている。

データも全てクラウドに保存されるので、紛失してもダメージは少なくなる。



帰りの列車の中。

窓の外を見ていると、隣の席の有希葉が話しかけてくる。


「ななくん、なに考えていたの?」

「毎日暑くて嫌だな〜って」

「本当に?そんな感じじゃなかったよ」

「どんな感じだった?」

「毎日眠たくで嫌だな〜って感じ」

「見ただけでその違いがわかるか」


帰りは途中の駅まで一緒のことが多かった。

二人とも同じ路線の列車で通学していたが、有希葉の最寄り駅よりも手前にぼくの最寄り駅があった。


向かい合わせのボックスシートの片側に並んで座っている。

車両の反対側の窓から夏の日差しが差し込んでいる。

この時期はまだ日が高い。



もうすぐ夏休み。休み中は授業はない。

しかし、休み中も平日は学校に来る生徒が結構いた。

一つは部活。もう一つは学校が思いのほか快適だから。


教室で各生徒に与えられている専用の机は、大きくて椅子も快適。

荷物や書籍類を入れるキャビネットも各机に備え付けられている。

図書館や自習室などは常時利用可能で、エアコンも稼働する。

教室などそれ以外のエリアも必要であれば、照明やエアコンも含めて使うことができた。


そもそも校舎がいまどきのオフィスビルのようでかっこよく、機能的な机と椅子に座ってガラス越しに街を見下ろしているだけで気分が良かった。

食堂も利用できた。生徒は休みでも教師や職員は出勤するので、食堂も通常よりメニューが限定されてはいるが、食事は提供されていた。


そのため休み中であっても、校内にそこそこ人がいるのだった。

夏休み中でも来たくなる学校というのは、恵まれているのだと思う。



ある日の放課後。

自宅の最寄り駅から高台のカフェに向かう。

夕方に桂川さんと会う約束をしていた。


窓際のこの前と同じテーブルの席に彼女は座っていた。


「ごめん。待ったかな」

「大丈夫。約束の時間には間に合っているから」


彼女も同じ学校の制服姿。

やっぱりあの学校なんだよな。


「学校じゃ見かけないよね?」

「ちゃんと行ってるよ。だってわたしのことを知ったのはつい最近なんでしょ?」


まあそうなのだか。


この日はこの前までとは違って、なんてことのないとりとめのない話だけで終わった。

学校のこと、授業のこと、最近の世間の出来事など。

彼女の私生活についてはあまり聞けなかった。

なかなか聞きづらいし、そもそもプライベートなことにどこまで踏み込んでいいのやら。

まずはこちらから自分のことを話して、それで相手も話してくれたら、ぐらいなんだろうな。


だけど今日、意外なことに気づいた。

彼女と会話する時の、何とも言えない肩の力が抜けるような感覚。これはなんなんだろう。

居心地の悪さと心地良さがゆるく混ざっているような、表現しがたい気分。


この前までは普通じゃない話ばかりで、ざわざわした気分にしかならなかったけど。


また二人で話がしたい。

なんてことをなんとなく思うようになっていた。

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