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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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089.思い出と思いやり

わたしはずっと、自分が生きていることの意味を探していた。

それは自分で自分の境遇に納得したかったのか、それとも誰かに認めてもらいたかったのか。

いまここに存在している経緯がどんなものであれ、意味のないものだとは思いたくなかった。


自分の価値。

誰か人のためになにかができればいいと思った。

人の役に立てるのなら、自分に自信を持つことができる。

将来なんらかの職業に就いて、世のため人のための仕事ができれば、それは価値のあることだろう。

だけど時間が進まないこの世界では、いつまで経ってもそうなることはなかった。


いまのわたしにできること。

それを考えたところで、決められたあの役割を果たすことしか思いつかなかった。

結局わたしにはそれしかないのだろうか。

それを前向きに捉えるしかないのだろうか。

とてもできそうにないのだけれど。


自分の生きる意味って、どう考えたらいいのだろう。

他の人たちはどう考えているのだろう。

みんなそれぞれ納得して生きているのか。

表には出さないけれど、心の中では悩んでいるのか。

それともこんなことで悩むこと自体、考えすぎなのか。


もっと違う考え方があるのだろうか。


彼ならわたしを理解してくれるかもしれないと思った。

ただそう期待しているだけではないのかと言われると、その通りではあった。

それでも彼にわたしを理解して欲しかった。


だけどありのままを話すわけにもいかない。

話すのをためらうようなこともある。

それに話したところで信じてもらえるだろうか。

信じたとこで受け入れてもらえるだろうか。


明らかに異端の存在。

自分でも受け入れられていない現実。

拒絶されるだけではないのか。


そうなったとしても、以前のようなひとりぼっちに戻るだけなのだけど。


いまはまだ、全ては話せないけど、全てを見せられないけど。

でもいつか気持ちの整理がつけばそうしたい。

それで拒絶されるのなら、それがわたしの置かれた立場なのだろう。



崩壊が起きれば人々の記憶がかき乱されるのはわかっていた。

そのたびに多くの人の脳裏からいろんなものが失われていた。

彼についてもそれが起こることは、もちろんわかっていた。


だけど自分と共通の記憶が失われるというのはどういうことなのか、わかっていなかった。

一緒に体験したことなのに、自分だけが覚えていて、相手は覚えていない。

それどころか、相手はわたしのことすら覚えていない。わたしが誰だかわからない。

それが大切なことであるほど、相手が大切な人であるほど、その悲しみは大きい。


—— きみは…だれなの?


何度繰り返しても、この言葉は心をえぐる。


心を通わせることができる人と、共通の記憶を持つこと。

それがどれだけ素晴らしいことなのか、それを失って初めて知った。


心を通わせることができる人との共通の記憶。

それを思い出と呼ぶらしい。


それはただの記憶じゃない。

その人との絆であり、共に過ごした歴史。

ずっとひとりだったわたしには、最高に素敵なものに思えた。

これこそが生きる意味なのかもしれない。


思い出が美しいのは、相手と心が通いあうからだろうか。


—— その頃のきみとぼくは…

—— 仲良しだったよ

—— 仲良し?

—— うん、仲良し


記憶を失っている彼からの質問には、寂しいものを感じるけれど、

それでもわたしは自信を持って答えることができる。


わたしたちは仲良しだった。

お互いを思いやり寄り添うものがあった。

共に過ごした時間は、美しい思い出だった。


勘違いや勝手な思い込みでは?

そんなことはない。たぶん。

大袈裟かもしれないけど、生きててよかったと思った。

そんな風に思えたのは、これが初めてだった。


だからわたしは、彼の記憶を取り戻さなくてはならなかった。


この世界がどんな世界であったとしても、わたしたちを作ったのが何者であったとしても。

自分にとって大切なものであれば、なんとかして守りたい。

そうすると自分で決めたのなら、それを貫きたい。


そんな強い意志を持ったのも、これが初めてだった。



それでもわたしは相変わらず自信を持てないでいた。

相変わらずあれこれ思い悩んで沈んでいた。


彼と話すのは楽しいけれど、まだ何でも話せるわけではなかった。

話す内容も言葉も、選んでいた。


一人で悩んでいると、彷徨いながら負の螺旋階段を降りていくようで、ますます心は深みに落ちていく。

さすがにこのままでは、また心を病んでしまいそう。

わたしの中で煮詰まって澱んでいるものを吐き出す手段が必要だった。


声に出して人に話せないのなら、紙に書いてみようか。

文字にして見てみれば、自分の悩みも客観的に捉えられるかもしれない。


机に向かい、ノートを広げてペンを握る。

だけど、手が動かない。


自分の悩みを文章にして書き下す、というのはとても抵抗があった。

胸が締め付けられ、腕が硬直するような感覚。

思いのほか難しい作業だった。


自分の心理を直視するような、それまで曖昧にして誤魔化していたものを明示してしまうからだろうか。


やっぱり書けない。

どうしよう。


窓の外をぼんやり眺めながら、逃避的なことを思いつく。

自分の悩みだと書けないけれど、他人事にしてしまえば書けるのでは。

そのまま直接的に書くのではなく、婉曲的にというか例え話のようにして。


深刻な雰囲気にならないように童話風に書いてみようか。

それならいっそのこと絵本にしてしまおう。

かわいい絵を描くのは、実は得意だった。


書き始めた。

自分のことを題材にして小説を書くような感じ。

話が自虐的になったり、登場人物がかわいそうなことになるのは仕方がない。

思いのほか、筆が進む。


自分の思いをなんらかの形で書き出してみることで、気持ちが整理されていくようだった。

わだかまりがいくらかは解消されていった。



自分が描いた絵本の下書きのひとつを彼に見せてみた。

恥ずかしくて緊張したけれど、とても上手だと褒めてくれた。


彼は「ひのとりさん」は幸せになっていいと言った。

みんなを守っているのなら、一番幸せになっていいと。


わたしもそうしたい、そうなって欲しいと思ってはいた。

でもそのようには描けなかった。


諦めていたのだろうか。卑屈すぎるだろうか。



ところがその絵本の続きが描かれることになった。

思ってもみなかったのだけれど、うれしい後日談が追加された。


それはとてもとても、素敵なことだった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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