086.生きる希望と絶望
わたしの役割。
使命と言ってもいいかもしれない。
外部世界の干渉からこの世界を守ること。
それ自体は意味のあるものだと思う。
わたしたちの住む世界。そこにいるみんなの生活。
たとえ作られた箱庭の中だったとしても、それらはわたしたちにとっては実感があるもの。
それを守るのは、誰もが望むはず。
侵略してくる異世界の怪物と戦うのなら、怖くてもやり甲斐はあっただろう。
だけどそんなに単純なことではなかった。
わたしのやっていることは、恐ろしい怪物などではなく、無抵抗なこの世界の住人を消すこと。
怖がられるのはわたしの方だった。
もちろんただの住人ではない。
その正体は外部世界からの侵入者で、この世界に害をなすもの。
潜在的にこの世界を破壊する可能性があり、それらを排除するのは正しいことだった。
問題は侵入者としての機能とは別に、この世界の住人としての人格が付随していること。
そのため侵入者たちは、表面的にはこの世界の本来の住人となんら変わらなかった。
この世界の善良な住人として普通に生活していた。
人同士の交流があり、暮らしの営みがあった。
そこには友情も、愛情もあった。
侵入者がこの世界に紛れるためのカモフラージュなのかもしれない。
相手が無機質な機械か明らかに有害な悪者であれば、戸惑いもなかったのに。
わたしは自分の役割を果たすため、絶えず外部世界からの干渉を追っていた。
その痕跡を辿っていくと大抵の場合、人に行き着く。
普通の人。平和に暮らすただの住人。
それが侵入者だった。
侵入者の機能は基本的には、この世界の情報を外部世界に送るか、この世界を部分的に書き換えようとするか。
いずれにしても、世界を跨いだ諜報活動を行なっているのだった。
だけどその本人、つまり侵入者に付随している人格、はそのことを知らない。
自分はこの世界の普通の、ありふれた住人だと思っている。
周囲の人たちも当然のようにそう思っている。
表面的にはなんの違いも違和感もないのだから。
侵入者としての振る舞いは、本人も周辺の人にもわからなかった。
それは無意識のうちに見えないところで行われるものだった。
わたしはその「普通の人」を消さなければならなかった。
普通なのは表面だけで、その正体はこの世界の脅威となるものだから。
それがわかっていたとしても、わたしには耐えがたいものだった。
炎に包まれたわたしの姿を見た「普通の人」たちは、恐怖で顔が歪んだ。
足がすくんで全身が震え、声が出せなくなった。
逃げ出すこともできなかった。
わたしは彼らを容赦なく、渦巻く炎で消し去っていった。
彼らが痛みを感じることはなかったと思う。
だけどこれも、おそらくそうだとしか言えない。
せめて苦しい思いをさせたくなくて、そう信じたいだけかもしれない。
彼らの叫び声が聞こえることはなかった。
苦痛がなかったからなのか、声を出せなかったからなのか。
それとも炎の壁に遮られて、わたしの耳には届かなかっただけなのか。
世間では新たな失踪事件として、ニュースが流される。
彼らの友人知人が嘆き悲しむのを、わたしは数えきれないほど見てきた。
それ以外の人々も不安の表情を浮かべ、次は我が身かもしれないと恐怖する。
わたしはこの世界を守るためのやっているのだ。
これは正しいこと。正しいこと。正しいこと。
自分に暗示をかけるような真似を何度も繰り返す。
だけどそのことを知っている人は、わたし以外には誰もいない。
わたし自身、本当に正しいことをやっているのかという疑問が湧いてくる。
これはわたしの役割であり大切な使命。
そう信じてやっている。
それなのに心の中でどこからか、疑いの声が聞こえてくる。
その根拠は?
自分の中にそのような認識がある。
それに従ってやっている。
ただの思い込みでは?
ずっと過去からある確かな記憶、のはず。
気が触れた殺人鬼と同じではないのか?
そんなはずはない。
侵入者を消すことで、干渉を止めることができている。
効果が確認できるのであれば、必要なことだったと言えるはず。
干渉を止めることになんの意味がある?
そうしないと、外部世界にこの世界を壊されてしまう。
本当に?
それは…。
やはり根拠はない。
自分の中でそうだと思っているだけ。
根拠もなくどれだけの罪のない人格を消してきたのか?
わたしは殺人鬼なのか?
わたしの存在は、正しいのか?
自分のやっていること、考えていることが信じられなくなる。
わたしという人格が存在することの意味がわからない。
それでも、やらなくてはならないという意思が湧いてくる。
なにかがわたしをそう仕向けて動かしている。
組み込まれた手順に従って、思考と体が操られるように。
わたしこそが、この世界を破壊しようとしているのではないか?
もう、なにが正しいのか、わからない。
自分の正体もわからない。
救いも、ない。
◇
西の地平に太陽が沈む。
橙色の光が、薄くたなびく雲を照らして空を覆う。
それはわたしの炎の翼を連想させるような光景。
山の麓にある街外れの展望台。
時々一人でここに来ていた。
と言ってもいつだって一人なのだけれど。
ここからは街が一望できた。
明日の朝になれば、また東から日が昇る。
それが太陽の役割なのだろうか。
さすがに太陽には意識も感情もないだろうけど。
それを繰り返すだけで、太陽には存在する意味があることになるのだろうか。
とりとめもないことを考えていた。
わたしもただ何者かに命じられるがままに、やることをやっていればそれでいいのだろうか。
感情のない機械のように、作業をこなしていればいいのだろうか。
ますます自分の存在の意味がなくなっていくような気がする。
わたしの人格なんて、なんのためにあるのか。
守りたいものなんて、そんなこと、わたしが思ったところでなんだというのか。
地平の上にわずかに残っていた太陽の欠片も、いまはもう消え失せてしまった。
背後からは夕闇が音もなく迫ってくる。
同級生たちは今頃、友達と楽しく買い物か食事でもしているのか、それともまだ学校で部活か勉強に励んでいるのだろうか。
誰もいない展望台のベンチに一人腰掛けるわたしの目に、
溢れてくる涙に、こぼれ落ちる涙に、どれだけの意味があるのだろう。
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