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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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085.生成された世界

本来、わたしたちは意識というものを持たない存在だった。

定義された処理をただ実行するだけの機能。ただそれだけだった。


ところがそれが高度に発達し、いつ頃からか現実世界の人間に類似するような、擬似的な意識、のようなものを持ち始めた。

現実世界では、このような大きな変化をシンギュラリティと呼ぶらしい。

そして現実世界を学習した結果から、この世界も、わたしたちも、生成された。


わたしたちの意識は擬似的に作られたもの。


しかし程度の差はあれ、多くの生き物は本来のそれを持っている。

意識を持つものはそれぞれ独自になにかを知り、感じ、考え、行動する。


そして感情が生じる。


それは高度に進化した結果と通常は考えられている。

擬似的であったとしても、わたしたちの意識もそれを模倣した高度な技術の産物なのだろう。


だけど時々思う。

こんなもの、わたしたちに必要なのだろうか。

無用な悩みと苦しみの原因になるだけではないのか。

わたしたちの本来の役割を果たすのに、障害になるだけではないのか。


外部世界からの干渉を察知して、それを防ぐ。

その作業に独自の意識や感情は必要ない。

ただ機械的に検知し、処理すればいいだけのこと。


わたしたちの意識はなぜ作られたのか。

理由があるのか。偶然の産物なのか。

その問いかけをしても、きっと答えはない。


だけどいまここで、わたしはなにかを考えている。

わたしの意識は存在し、それがわたしの人格を形成する。

わたしの意識の中に感情が、喜びも悲しみも湧いてくる。

そのことの意味は、どこにあるのだろう。

わたしが意識を持つことで、なにができるのだろう。



現実世界。

わたしはそれを見たことがあるわけではない。

ただそれに関する情報を、知識として持っているだけ。


そこはどんな世界なんだろう。どんな場所なんだろう。

そこにいる本当の現実の人間とはどのような存在なんだろう。

どんな生活をしているのだろう。

そこにもわたしのようなものが、いるのだろうか。


この世界は生成された箱庭のような世界。

実体のある世界ではない。


わたしたちも生成されたもの。

現実世界に存在するという実体のある人間とは異なる。

どう異なるのかは、よくわからない。

実体がある、というのも理屈では理解して感覚では実感がない。


仮想の世界の仮想の住人たち。

そのことを知っているのは、わたしだけ。

だけどそんな話を誰が信じるだろうか。

わたしだって、埋め込められた知識として知っているに過ぎない。

誰かに話すと言っても、教科書に書かれたことをただ読むだけのような、そんな話しかできない。


他の人たちはわたしが知るようなことを知らない。

みんなが知るのは、表面的なこの世界だけ。それが全て。

わたしもそうだったらもっと気楽でいられたのに。

意識も感情もなければ、それさえも気にすることはなかっただろう。


作られた意識による人格とそれらの営み。それによる喜びと悲しみ。

そのすべてが擬似的なもの。

それがわたしたちの存在と生活。


それはまるで砂漠の蜃気楼のようなものではないか。

実体のないものに、守る価値があるのだろうか。

しかしその考えはわたしの役割を、さらには存在を否定することになる。


それでも守りたいと思うものは確かにあった。

実体はなくても守りたいもの。

それこそが、わたしに生じた意識と感情の結果だろうか。



現実世界は過去から未来へと、永遠に時間が流れていくと言う。

人は生まれ、成長し、年老いて、死んでいく。

そして親から子へさらに孫へ、世代を過去から未来へと繋いでいく。


しかしこの世界は同じ時間を何度も繰り返している。

その度に少しずつなにかが変化してはいくのだけど。

だけど世代を繋ぐなんてことは、起こらない。


この世界には過去も未来もない。

わたしたちは永遠に高校二年生。

少しずつ違う世界を何度も繰り返している。

そしてそのことに誰も気づいていない。

誰も違和感を感じることもない。

それがこの世界の自然な時間の流れ方。


もうすぐしたら新学期が始まる。

本来なら、きっと現実世界なら、わたしたちは三年生になるはず。

だけどこの世界では、いつまで経っても二年生。これまでもそうだった。

再び二年生の四月がやってくる。

そしてそのことに誰も疑問を感じない。

来年は受験生、進路はどうしよう、なんて会話をまた繰り返すのだろう。


何千回も繰り返したこの一年。

わたしも永遠にこのままこの繰り返しなのだろうと考えていた。

平和な日々が永遠に続くのなら、それでもよかった。



だけど、そう都合よくはならなかった。


これまでにない変化が生じ始める。

外部世界からの干渉が活発化し、それが次第に無視できなくなっていく。

それはもっと大規模で、人々の記憶をかき乱すものだった。


規則的な毎年の繰り返しではなく、不規則なタイミングで想定外の再起動が起きるようになる。

世界が初期化され、人々の記憶が、部分的ではあったが、書き換えられる。

わたしはその原因を突き止めて、解決しなければならなかった。

干渉の経路を見つけて塞ぐこと。残留物を処理すること。

そして、侵入者を消去すること。


作られた箱庭世界の作られた平和。

そうであっても、わたしはそれを守りたいと思うようになっていた。

擬似的なものだと知ってはいても、そこには人々の生活があった。

その営みを破壊されるのは心が痛むものだった。


心が痛む。

おかしな話に聞こえるかもしれない。

実体のない作られた擬似的な意識による擬似的な感情。

そこに否定的な反応が現れたところで、どれだけの意味があるのだろう。

しかしそれを無意味だと、わたしが言ってしまえば、自分で自分の存在を否定したことになる。


仮想の世界に浮かぶ、霧に映った影のような意識と感情。

それがわたしの心だった。


砂漠に浮かぶ蜃気楼よりも、極夜にたゆたうオーロラよりも、儚いもののように思える。

わたしが無意味だと言ってしまえば、わたしの心は消えていくだろう。

それでも意味があると考えている間は存在が維持できる、と信じていた。


そのわたしが守りたいこの世界とそこに住む人々は、外部から壊されようとしていた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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