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⭐︎箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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083.玲奈の消滅

炎の翼から放たれる大量の火の粉が火災旋風のように、空中に巨大な渦を巻く。

やがてそれが玲奈を取り囲み、その姿は見えなくなる。


地面や周囲の建物はオレンジ色に照らされている。

恐ろしい光景、だと思う。

火の化け物に人が焼き尽くされている。

目撃した者はそのように描写するだろう。

だけど、それが見えているのは、きっとぼくだけ。


火の鳥の姿を見た人は誰もいないと水菜月が言ったのは、見た人はみんな消されてしまったからなのか。


ぼくはその場で無言で立ち尽くしていた。

だけどなぜかどこか冷静だった。

人が火で燃やされているというのに。


謎だった失踪事件の真相を知ることができたからだろうか。

四角く切り取られる事件が解決するかも知れないからだろうか。

非日常的なことが続いて、感覚が麻痺してしまっているからだろうか。


それともこうすることが、本来は正しいことだからだろうか。

玲奈は本来はこの世界に存在すべきではないもの、水菜月はそんなことを言っていた。


どれでもないのかもしれない。

ただ受け入れることができなくて、考えられないだけかもしれない。

考えることを、感情が拒否しているのかもしれない。


やがて炎の竜巻は解かれ、静寂と暗闇が再び周囲を覆う。



水菜月は人の姿に戻っていた。


「ごめんなさい…玲奈さん…ごめんなさい…」


消え入るような声で呟いているのが、微かに聞こえる。


上岩瀬玲奈の姿はもうどこにもない。

水菜月が言っていた通り、消えてしまった。


細かい火の粉がゆっくり旋回してぼくたちを取り巻いていたが、やがてそれも見えなくなった。


しばらく沈黙が続く。

ぼくはなにもできずにいた。


「北山くん、わたしが怖い?」


水菜月がぼくの方を振り向きながら、震える声で尋ねる。

その表情は苦しみと悲しみに満ちていて、ぼくは返す言葉もなく彼女を見ていた。


水菜月の目から涙が溢れて頬を流れ落ちていく。


「どうしてこんなことが、わたしの役割なのかしら」


彼女はこれまでにこんなことを、どれだけ繰り返してきたのだろう。

あまりにも過酷で残酷な役割ではないか。

なぜこんなことが、運命づけられているのか。

そしてそのことを、他の誰もが知らない。


彼女はなぜこれをぼくに見せたのだろう。

誰かに知って欲しくて、それが唯一可能なのがぼくだったからか。

こんなこと誰にも言えず、陰で一人でやっていたのでは心を病むだろうってことは容易に想像できる。


ぼくにできること、やるべきこと。

彼女が何者であったとしても、それを理解して受け入れること。

ずいぶん偉そうな話だが、でもきっとそれが彼女の期待に応えること。

水菜月を拒絶するなんて選択肢は、ぼくにはなかった。


彼女に歩み寄り、手をとって、そのまま抱きしめた。

水菜月の肩は小さくて、か弱くて、微かに震えていた。


静まり返った公園を抜けていく、まだ冷たい夜の風。

だけどその中にもすでに、春の気配が溶け込んでいるのが感じられた。



中央駅までの帰り道。

歩道をすれ違う人々も、大通りを走るクルマも、明かりの灯る街並みも、さっきまでとなにも変わらない。


ぼくの右手は水菜月の左手を握っていた。

彼女もぼくの手を握り返していた。

水菜月を安心させたかったのか、それともぼくが安心したかったのか。


二人とも無言のまま、手を繋いで歩いていく。

冷たい風が路上の枯れ葉を舞い散らせていた。


摩天楼の灯りが頭上を覆い、街灯の灯りが足元を照らす。

車道を走るクルマのヘッドライトが眩しく刺さる。

普段はなんとも思わない光が、なぜか心をざわつかせる。


なんの変哲もないはずの夜の街の景色が、歪んでいるように見えてくる。

まるで地面が揺れて、足元を取られるような感覚。

まっすぐ歩けているはずだが、めまいがしてふらついているように感じられる。


何度も歩いたことのあるいつもの大通り。

なにも変わらないはずのこの道が、いまは異次元空間にでも続いているかのように思えてくる。


ぼくたちはなにをしているのだろう。

これから歩んでいく世界に、なにが待ち受けているのだろう。

なにが来るとしても、この繋いだ手だけは離してはいけない気がしていた。



四角く切り取られて消滅する事件は、この時を境に起こらなくなった。



列車の窓の外の暗闇を、街の光が流れていく。

まばゆい人工の光の束は、いつもと変わらず夜の空に美しく映える。

だけどガラスにうっすらと映るぼくの姿は、表情を失っていた。


海沿いの公園での出来事が現実ではなく、昨夜見た夢の残像のように感じられる。

それはそうであって欲しいという願望のせいかも知れない。


いまこの瞬間も夢の中なのかもしれない。


それでもよかった。

気がつけば朝が来て、なにごともなかったように学校に向かう。

教室には有希葉がいて五十鈴がいて旗章がいて、放課後に図書館の談話室に行けば、玲奈がいる。

明日以降もそんな変わらない日常がただ続けばよかったのに。


だけど平凡で平穏な日常は失われていっている。


背中合わせのボックス席に座る二人の客の会話が聞こえてくる。

片方の知り合いが、あのツインタワーで働いていたようだ。

連絡が取れないと、不安そうに話している。

もう一人が「きっと大丈夫」と答えていたが、大丈夫な根拠や確信があるわけではなく、そうであることを望んで言っているだけだろう。

これまであれによって消えたものが、見つかった事は一度もなかった。


一体どれだけの犠牲者と被害が出たのか。


今後はもうあれが起こらないのであれば、玲奈を知るぼくたちだけがその悲しみに耐えさえれば、多くの人々が安心してこれまで通り暮らせるようになる。

それが正しい選択だったんだ、ということになるのだろうけど、いまはまだそこまで納得できていない。


誰かの苦労と犠牲により支えられた世界。


食堂で五十鈴と話したことを思い出す。

この世の中というのは、少なからずそうなのかもしれない。


一人一人の努力がなんらかの形で世界を支えている。

それが他の人にはほとんど知られなかったとしても、その集合体で世界が成り立っているとすれば。


たとえ人に知られなくても、やりがいを感じることができたり達成感が得られることであれば、それでいいと思う。

健全な社会貢献ということになるだろう。

苦労があったとしてもそれに見合うものがあれば、その人は満足していられる。


だけどそれが心身を蝕むようなことだとしたら。

その人がその状況に耐えられなくなった時、不幸が起きることになる。

世の中の不幸と、その人自身の不幸。


水菜月はその瀬戸際にいるのかもしれない。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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