080.玲奈さんを
水菜月が話し始める。
聞こうとしていたのに、いざそうなると緊張と不安が胸と頭の中で渦を巻く。
「しばらく前からおかしなことが起きている、あの件なんだけど」
以前からニュースになっているあれか。
巻き込まれて犠牲になったと見られる人もいる。
「建物とかが四角く切り取られる話?」
水菜月が頷く。
「時間かかっちゃったけど、だいたい分かってきたの。おおよそはしばらく前に話した通りなんだけど、一番鍵になる侵入者を…見つけたの」
「その侵入者をどうにかすれば、解決するってこと?」
水菜月はなにかを言おうとして俯いてしまった。
そこに困難があるのだろう。
「…北山くん、玲奈さんとは仲が良かったよね」
「そうだけど…それがなにか?」
「あなたにとって辛いことを、わたしはすることになるわ」
「それはどういう…」
「わたしは彼女を…消さないといけない」
また水菜月がぶっとんだことを言い始めた。
「…消すというのは?」
「いなくなるの」
「玲奈がなぜいなくなる?」
「わたしが玲奈さんをそうするから」
水菜月が玲奈になにを?
「それは誘拐するとか…消すってまさか殺すってこと?なんで水菜月が玲奈にそんなことを?」
「本人は自覚していないけど、彼女は外部世界との接点になっているの。彼女は本来この世界の存在ではなくて、外部世界から送り込まれた侵入者の一人なの。外部世界は彼女を通じてこの世界を把握して干渉しているの」
玲奈が侵入者…。
「あれの痕跡を、ずっと辿っていたの」
「玲奈があれに関係していると?」
視線を逸らして水菜月が頷く。
「玲奈さんが…玲奈さん自身は自覚していないし、彼女の意思でもないんだけど、彼女に割り当てられた機能が集めた情報が外部世界に伝わっていて、それを元に外部世界から干渉が来ているの。それがあれなの」
諜報員からの情報を元に隣国に攻撃を仕掛ける、というようなことか。
「消すというのは…消すとどうなる?」
「文字通りよ。この世界からいなくなるの。跡形も残らないから」
「消さないとどうなる?」
「外部世界からの干渉を止められない。これまでもあまり見えないところで細かい異変はあったのだけど、今回のような誰もが見て明らかな実害があるようなことは、いままでなかった。このままだときっと、もっと酷いことが起こるようになるはず」
だけど、玲奈自身の意思でもないのであれば、その厄介な『機能』だけをどうにかできないものなのか。
「彼女自身は、なにも悪いことをしているようには見えないけど…」
「彼女の人格自体はなにも関係ないの。何の罪もないの。でも彼女自身が外部世界由来の存在で、その機能はこの世界に干渉するためのものなの。それは本人の人格とは全く別物なんだけど、存在としては同一なの」
まくし立てるように水菜月が話す。
「玲奈は…いい友達というか…別物なのであれば彼女の人格を残したまま、その問題だけを取り除くようなことは…」
水菜月は顔を強く左右に振る。
「できるのは、外部世界からの侵入者そのものを消すことだけ。この世界を守るために」
「彼女の機能というのは…」
「この世界の状況や構造についての情報を外部世界に伝えること。彼女は偵察のために送り込まれたってこと。それが玲奈さんの本体で、彼女の人格は本体なしでは存在できない付随的なものなの」
水菜月は自分の役割に従って、侵入者を始末しようとしているということになるのか。
玲奈を消す…跡形も残らない…。
「水菜月」
彼女が少し顔をかしげる。
「以前からときどき、人が失踪したり行方不明になったりするニュースがあるけど、あれはひょっとして…」
彼女が静かに頷く。
その質問が来ることを予想していたようだ。
「侵入者を、わたしが消したの」
押し殺したような、だけど強い意志が込められたような声で答える。
そういう彼女の瞳には、冷徹さと苦悩が同居しているように見えた。
「…全部?」
「全部」
衝撃の事実、というはこういうものなんだろう。
ずっと以前から人々を不安にさせ続けていた一連の失踪事件。
目の前の少女が、自分がやったのだと言っている。
「しばらく前に言ってた、深草謙心という以前ぼくの友人だった人がいなくなった話は…」
「深草くんも、同じ」
「行方不明ではなく、水菜月が…?」
水菜月が頷く。
落ち着け。水菜月が信じがたいことを言うのはいまに始まったことじゃない。
彼女は以前から、侵入者の存在について語っていた。
侵入者は見た目は普通の人だとも言っていた。
それをどうにかしなければいけないとも言っていた。
だけどそれが具体的にどういうことか、までは考えなかった。
自分たちの友人さえも、その侵入者になり得ること。
そしてそれへの対処が、水菜月が彼らを消してしまうこと。
ということなのか。
しかし人を消すというのは、そもそもどうやって?
これまで行方不明になった人たちは、手がかりすら見つかっていない。
魔法のように消せるのだろうか。
彼女がただの人でないことは、ぼくも知っている。
ぼくはどうしたらいいのだろう?
玲奈を消してしまうなんて、普通なら止めないといけない。
だけど、水菜月を止められるとは思えない。
彼女はきっと、ぼくを消すことだってできるはず。
玲奈に言って逃げさせる?いや、玲奈はこんな話は信じない。
それに水菜月から逃れることは、そもそも無理だと思う。
彼女はこれまでにも、多くの侵入者を見つけ出して始末してきているのだろう。
「…北山くんも来てくれる?」
「え?」
唐突な質問。
「来るってどこへ?」
「わたしが、玲奈さんのところで行く時に一緒に」
水菜月が玲奈を消す場面に、立ち会えと。
「だけど、ぼくがその場にいるべきなんだろうか」
「見てて欲しいの。わたし本当の姿とわたしのやることを」
「過去のぼくが、それを見たことは?」
「ないわ。これが初めて」
見るべきなんだろうか。知るべきなんだろうか。
水菜月が玲奈を消してしまう。
まったく想像がつかない考えたこともないような状況。
だけどぼくはきっと、水菜月を知らないといけない。
そしてそれを受け入れないといけない。
ぼくは一体、なにに巻き込まれているのだろう。
「…いつやるの?」
「今日の夜、玲奈さんと会う約束があるので」
「そんな急に…」
「早くしないと、犠牲者が増えてしまう」
気持ちの整理がつかない、とはこういう状況を言うのだろうか。
きっと水菜月も、最初にそのことに気がついた時はひどく動揺したはずだ。
こんなこと、玲奈本人に言えるはずがない。
何日も葛藤したのだろう。一人で眠れない夜を過ごしていたのだろう。
彼女の言うことが正しいのなら、このままほっておけばこの世界はさらに酷いことになる。
それを防ぐためなら、玲奈を犠牲にするのが取るべき選択肢なのか。
でもそれで本当に、解決するのだろうか?
そもそも水菜月の話していることは正しいのだろうか?
疑いたくもなるが、疑ったところでぼくには他に選択肢はないように思えた。
◇
「ちょっと、あれ見て」
カウンター席に座る女性のお客さんが、驚いたような声で壁の方を指差す。
居合わせた客と店員が、一斉にそちらに目を向ける。
お店の壁にかけられた大型テレビに、臨時ニュースが流れている。
ニュースキャスターが緊張した声で話す横には、街の中心部の映像。
高層ビルが立ち並ぶ。が、なにかがおかしい。
(ツインタワーの、片方がない?)
高層ビルの上部3分の2ほどが突然消滅した、という字幕が表示されている。
相当数の行方不明者が出ている模様、とのコメントが続く。
画面に目が釘付けになる。
防犯カメラの録画映像が流れる。
なんの変哲もない普段の街の中心部の風景。
どんよりとした空を背景に普通にビルが並んでいる。
次の瞬間。
ツインタワーの片方の上部を囲むように立方体型の白い光が現れ、そして一瞬で消え去った。
映像を見る限りでは、ビルの上部がなくなっているように見える。
「…」
店の他の客も店員も、呆然とした表情でその映像を見ている。
(あれは、本物の映像なのか…?)
いまどきの生成画像や動画は、見ただけでは本物と区別がつかない。
しかしそれは、書かれた文章が読んだだけだと真偽がわからないのと同様かも知れない。
過去においてはリアルな画像や動画は本物であると、当然のように考えることができたのがむしろ特殊だったのだろうか。
窓の外に目を向ける。
彼方に小さく見えるはずのツインタワー。
片方が確かになくなっていた。
そこは少し前に、体験学習で玲奈と訪れた場所だった。
「水菜月、あれは…」
「急がなきゃ」
動揺するぼくとは違い、水菜月は事態を冷静に理解しているようだった。
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