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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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008.上里五十鈴

学校にある図書館はかなり立派だった。

どこかの街がやたらとお金をかけて作りそうな、いかにも近代建築風の見栄えで各種設備も整っていた。


その図書館の中にある談話室。

室内は落ち着いた和風のデザインの空間になっていて、洒落た木のテーブルと椅子が並んでいる。

その名の通り、生徒たちのおしゃべり部屋。

インフォーマルなコミュニケーションのための空間。


にぎわってそうな印象だが、実際は利用する生徒はそれほど多いわけではなく、穴場的にくつろげる場所になっている。

で今日もくつろぎに来たら、同じこと考えていたであろう知り合いと居合わせた。


木製の大きな扉を開けると、黒髪のポニテと視線が合った。

上里五十鈴うえさといすずは有希葉の友人。ぼくはそのまた友人ということで顔見知りだった。


「おはようございます」

「あ北山くん、来てたんだ。どうして敬語なの?しかも午後だし」

「となりいい?」

「どうぞ」


ポニーテールに大きめのリボン。きれいな黒い髪。落ち着いた声と話ぶりに上品な笑顔。

有希葉とは違うタイプに見えて実はこの二人は時々似ている。


「お一人ですか?」

「そうですよ。北山くんも?」

「ちょっと一人で考え事したかったんだけど、どうやら無理みたいだ」

「わたしとお話ししたいのね。とてもよくわかるわあその気持ち」


友達同士って似るものなのだろうか。

五十鈴は図書委員で、つまりは司書の仕事をしていた。

文学少女なイメージかもしれないが、ここには本以外にもいろいろある。

映像コンテンツが見放題で、名画と呼ばれる類いのものなどを見るのならいいだろうが、なぜかアイドルグループのプロモーションビデオなどもここの図書館にはあった。


「なんでそんなものが?」

「現代の文化と美術を学習するため、というような名目で実際は教頭先生の趣味らしいの。なにか見たいものある?見せてあげるよ」

「じゃ今週の一番人気のを」


五十鈴がテーブルの上の端末を操作すると、横にある大型ディスプレイに動画が流れる。

海外のアイドルグループのヒット曲に合わせてCGの女の子が軽快に踊りだす。


「これってWeb上で見れるとのは違うの?」

「無料で見れるのはショートバージョンだけなの。これはフルバージョン」

「教頭先生の趣味で購入したと」

「将来こういったコンテンツビジネスに携わる子もいるかもしれないでしょう?なんだって捉え方次第で教材になるんだから。と教頭先生が言ってた」


このCGは人が作ったのだろうか。かつてはそれが当然だった。

それとも自動生成だろうか。いまならそのくらいやれそうだ。

そもそもこの曲自体が、自動生成かも。

だとすれば、人がやるべき仕事って何になる?


その自動生成機能自体の開発は人がやるのだろうけど、極めて専門的で高度な仕事になる。

やれる人は限られ、そもそも労働集約型の仕事ではない。

それほど大人数は必要でなく、少数の専門家がやる仕事だ。


あとはそれを利用するユーザーたちが大勢いるだけ。

つまり、少数の高給取りがいるだけで、裾野の広い雇用は生まれないことになる。

アニメーションのセル画なども手書きしていた時代は、そうではなかったのだろうけど。


新技術が雇用を奪うっていう騒ぎは、昔から何度も繰り返されてきた話ではあるが…。

直接的には確かにその通りなのだが、結果的には経済活動はより活発化して新しい雇用が生まれることにより、失業者が溢れたりはしなくなるのが常のようだった。


むかしむかしの蒸気機関による産業革命も一時的には工場労働者は職を失ったが、工場が効率化されることで社会全体の経済規模は大きくなり、第三次産業の雇用が増えることになったわけだし。


パソコンが企業に導入されるようになったときは、中間管理職は不要になるなんて言われていたが、むしろ管理職は忙しくなったらしい。仕事の内容が大きく変わったのだろうけど。


「他のも観る?」


いくつか見せてもらった。

五十鈴があれこれ解説を入れてくるのは、実は五十鈴もこの手の趣味があるということだろうか。



「学食で新しいメニュー出てたじゃない?もう食べた?」

「牛肉に謎のソースがかかったやつ…」

「そっちじゃなくて、カニのほう」


うちの学校は食堂がやたらと豪華だった。

期間限定で「松葉ガニ食べ尽くしコース」なんてものが始まっていた。

刺身に陶板焼きに蒸し焼きに最後は雑炊。

学校でお昼に食べるメニューだろうか。カニって冬の料理だと思っていたが。


「ちょっと前に有希葉と一緒だったんだけど、あの子、カニは苦手なんだって。人生の何割かを損しているわ」

「ゆきはなにを食べてたの?」

「牛肉に謎のソースがかかったやつ」

「エビは食べるんだけどな」


少なくない種類の生き物が人間による乱獲で絶滅するか、その危険にさらされている。

ということは多くの生き物にとっては、人間が食べておいしくない方が生存確率が上がることになる。

十万年ぐらいしたら、この世界はまずい食材ばかりになるのだろうか。

その場合は、人間側が味覚を変化させる必要があるのかもしれない。

となると人間はゲテモノ好きの方が生存確率が上がるのか。



「五十鈴は、大学どうするかもう考えてる?」


ちょっと間が開く。


「うん…考えているけど、だいぶ悩んでる」

「学部学科をどうするかで?」

「わたしね、ロケットを作りたいの」


…あの?


「ロケットよ。どっかーんって打ち上げるやつ」


意外性というのは創造性を駆り立てる。

見た目は清楚な文学少女の口から出る言葉としては、なかなかの破壊力だ。

ぼくはきらいじゃない。けどなんでまたロケット?


「だから理工系に行きたいのだけど、物理学が全然よくならなくて。北山くんは成績いいよね?シュレーディンガー方程式とか訳わかんない」

「高校の物理にシュレーディンガー方程式は出てこないのだけど」

「ハミルトニアンの自己共役性と時間発展演算子の初期条件からユニタリ性が...」

「そんなのは大学入試にはありません」


この人、どんな本で勉強してるんだろ。


「しかしなぜロケットを作ろうと?」

「わたしが乗るの」

「そりゃいいね」


たまにメルヘン思考でドリーマーな人がいたりする。

それに近しい雰囲気を感じないではないが、そういうわけでもなさそうだ。

女性の宇宙飛行士は普通にいる。別におかしい話じゃない。


「しかし乗るのであれば、作るより宇宙飛行士を目指すのがいいのでは?JAXAか、それが直接NASAに行くとか」

「NASAに行くわ。大学はMITかCaltech目指すから」


右手の拳を握りしめて遠くを見つめる上里五十鈴。つやつやのポニーテールが光を乱反射している。

いつか国際宇宙ステーションから中継してくれるのだろうか。


「乗るのもいいけど、ロケットを作るのならそれでビジネスを考えてもいいんじゃない?ロケットって国の機関が作っているように見えて、実際に開発しているのは委託を受けた民間企業だし。ロケットの開発と打ち上げの会社を起こして、人工衛星の打ち上げを委託して儲けるとか。インターネット回線用の通信衛星やGPSとか偵察衛星とかこれからもっとニーズがあるだろうし」


五十鈴はポカンとした表情。


「それで株式を上場して大金持ちになる。ドバイのパーム・アイランドに別荘を欲しくない?」


ポニーテールが大きく左右に揺れて、破顔した顔が頷いている。


「それいい!!北山くんをわたしのゴージャス別荘の清掃員として雇ってあげる」

「五十鈴が使ったトイレをぼくが掃除していいのか?座面を頬擦りしたりするかもしれない」

「有希葉に言うわよ」

「すみません」



「北山くん、有希葉のこと、気づいてはいるんでしょう?」


この件についての回答をいずれははっきりしなければならないことはわかっている。


「なぜか仲良くしてくれるので、それはうれしいとは思ってる」

「そうじゃなくて…きちんと伝えてあげたほうがいいよ。きっと有希葉は待っているから。でないと愛想つかせて他の男の子に行っちゃってもいいの?」


五十鈴の柔らかい笑顔がむしろプレッシャーになる。


「来月ゆきの誕生日なんだけどさ」

「そうだねえ。彼氏としては誠心誠意お祝いしないとね」

「だからそうじゃなくて」

「有希葉のことをゆきって呼んでるの北山くんだけじゃない?」

「そうかな?」

「選ばれし彼氏にだけ許された呼び方だね。いやあうらやましい。わたしもそんな人ほしい」

「だからあ」


五十鈴は彼氏なしなのか。


「去年はなにをあげたの?」

「まだそこまで親しくなかったよ」

「じゃあいまは親しいんだ」

「去年よりはね」

「来年はどうなるんだろうね〜☆」

「何でそんなにうれしそうなわけ?」

「だって楽しいじゃない?」


自分はどうなんだ。


「今年はどうしようかということなんだけど、意見を聞けたらありがたいのだが」

「わたし、新しいツイードのジャケットが欲しいな。明るい色のがいい」

「いやきみのじゃなくて。それにまだ夏だから」


あまり参考にならなさそうだ。



「たとえばの話なんだけど」

「うん」

「横断歩道を渡っている最中に突然見知らぬ女性に腕を掴まれて、気が付けば全世界が消滅していたとして」

「心療内科に行った方がいいんじゃないかしら」


五十鈴も常識的で分別のある人だった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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