表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
☆わたしのことだけ忘れるとかひどくない?燃やしたら思い出すかしら。  作者: ゆくかわ天然水


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/91

079.最近、水菜月の様子がおかしい

「四角く切り取られる事件」は頻繁ではないものの、その後もたびたび発生していた。


薄暗い雨雲が音もなく地平の彼方から広がるように、気味の悪い不安感が人々の日々の暮らしに影を落としていく。

生徒の間ではあまり直接的には話題にならないが、それは関心がないのではなく、話すのがタブーであるかのような陰鬱な雰囲気が漂い始めていた。


それと関係があるのかないのか。


最近、水菜月の様子がおかしい。

近頃はましになったとはいえ、もともとそれほど感情豊かなタイプではなかったのが、このところ一段と無表情。

意識が飛んでいると言うか、心ここに在らずな感じ。


学校で見かけても、目が死んでいるような表情。

声をかけてもすぐに気づかないことがあった。


なにかよくないことでもあったのだろうか。

気にはなるけれど、こういうのってどうすればいいのか難しい。

不用意には踏み込めない一方で、助けられるものを見過ごしてもいけない。

なんて声をかければいいのか。



いつもの高台のカフェ。


今日は一段と寒い。窓の外は灰色の世界。

水墨で濁ったような色の雲が街と海を包み込み、降りしきる雪でかすんで見える。


向かいに座る彼女の右手に握られたパフェスプーンから、溶けたアイスクリームが垂れている。


寒がりの水菜月が、店内でコートを着てマフラーを巻いたまま冷たいものを食べているのもシュールだが、それより魂が半分くらい離脱してそうな雰囲気。


「水菜月?」

「…え?あっごめん。なに?」


取り繕ったような不自然な笑顔。

目の焦点が合っていないというか泳いでいるというか。


やっぱりおかしい。


「今日は寒いし、なにかあったかいものをたのむ?」

「うん…そうだね…」


また沈黙。

温製甘党メニューを探す。


ここのお店はいまでも紙のメニュー表で、店員さんに口頭でオーダーする。

タブレットでオンライン注文なんて味気ないことはしない。


「チョコレートフォンデュなんてどうかな?」


ちょっとうれしそうな顔で頷く。

糖分補給の意欲はあるようだ。


今日のところはあまり踏み込まず様子を見ることにする。


チョコはビターにしてみた。

それでもぼくの感覚だと十分に甘いけど。


いちごやスライスしたバナナにキウイ。

マシュマロに小さくカットしたパンにナッツなど。


思ったよりボリュームがある。これだけでお腹が膨らみそう。


水菜月がフォンデュフォークを手に、楽しそうにあれこれディップしている。


「おいしい?」

「うん」


少しは気分が晴れただろうか。


結局この日は会話らしい会話もなく、なんとなく時間を過ごして別れた。


他の人の意見を聞いてみようか。

と言っても聞ける人は一人しかいないのだが。



週明けの放課後。談話室に来ていた。

畳の間の主と化している玲奈と話してみる。


「いつもここにいるよね?」

「住んでるの」

「やっぱり」

「簡単に信じないで」


お茶を一服。

柚子饅頭も合わせていただく。


「おいしい」

「でしょ?茶道部御用達の和菓子屋さんおすすめなの」


上品な甘酸っぱさとほのかな柚子の香り。


それはいいんだけど。


「最近、水菜月と会ってる?」


少し間が開く。


「みなちゃん、このところ元気ないね」

「やっぱりそうか」

「北山くんは原因に心当たりないの?」

「同じことを聞こうとしていた」

「この前も一緒にお茶していたんだけどほとんど会話がなくて、じっとわたしを見て泣きそうな顔をしているの。聞いてもなにも答えてくれないし。北山くんの方は?」

「うわの空というか、魂が抜けているというか。突っ込みづらくてなにも聞けない」

「きっとなんかあったんだろうけど」

「どうしたらいいんだろう」

「話してくれるまで待つしかないかな」


待ってて話してくれるだろうか。

だからって強引に聞き出すわけにはいかない。

こちらの聞く姿勢は示しておいて、やっぱり待つしかないか。



「写真は届いた?」


あれのことね。


「とても素敵なのが届きました」

「そうでしょう?だってモデルが最高だし、額だっていいの選んだんだから。日々欠かさずお祈りしなさいね。信じる者は救われるから」

「もったいなくて大切にしまってあるよ」


有希葉の指示により、クロゼットの最奥部に封印されていた。


「飾りなさいよ」

「神棚ないし」

「枕元に置いておけばいいんじゃない?毎朝目覚めとともに神々しい女神さまを拝むの」

「嫌じゃないのか?男の枕元に自分の写真なんて」

「北山くんならいい♡」

「逆にぼくの額入り写真を玲奈に送ったら、枕元に置くの?」

「なに言ってるの。置くわけないでしょ」

「じゃあどうする?」

「口髭・あご髭・渦巻きメガネその他の落書きをして送り返すから」


やっぱりこの人とは気が合うんだよな。



夜。自宅のベッドの上で天井を眺める。

窓の外は街を覆う暗闇の底。小雪が音もなく降りてくる。


水菜月は玲奈にもなにも話していないらしい。

あの様子からなにか深刻なことがあるのは、容易に想像できる。

玲奈は待つしかないと言っていたが、気長に待てるほど穏やかな気分ではいられない。

彼女がなにかを抱えているのに、それを知ることもなにをすることもできないのが、ひどくもどかしく苛立たしい。

きっと玲奈も同じように、なにもできずにいたのだろう。


(次に会ったときは、少しだけ聞いてみるか…)


聞き方を考えよう。

彼女を傷つけないように、いくらかでも気持ちが和らぐように。

話したくないなら話さなくてもいいように。



再び高台のカフェ。

この時期には珍しく、すっきりしない天気が続く。

空には灰色の垂れ込んだ雲。朝からちらほら雪が舞っていた。


午後の待ち合わせ時間に少し遅れてやってきた水菜月は、悲壮感の漂うやつれた表情。

顔色が一段と悪い気がする。

ちゃんとご飯は食べているだろうか。


いつもの窓際の席に向かい合って座る。

今日の水菜月は珍しく、スイーツの類はオーダーしないで温かい飲み物だけ。

それもシンプルなストレートのダージリン。


ぼくの方にちらちら視線を向けて、なにかを話そうとしているようにも見える。

でもうまく言い出せないようだ。


「なにかぼくが、聞いておいたほうがいい話があったりとか?」

「...」


話しにくいのなら話さなくてもいいけれど。


「一人で抱え込みすぎたりはしてないかな」

「…」


頼ってくれたらうれしいんだけど。


「ぼくにできることはあまりないかもしれない。だけどきみを理解したいとは思ってる」

「…」


無理に聞き出すようなことはするべきじゃない。

少し間を置いてもう一度、静かに話しかけた。


「いつか約束したけど、ぼくはきみのそばに、いるから」


彼女は少し目を見開いてこちらを見る。

その表情はまるで、苦悩と困惑が全身を覆い尽くしているようだ。


なにを抱えているのだろう。

ぼくはそれを聞くべきなのだろうか。

聞いたところで、それに向き合えるようなものなのだろうか。


ゆっくりと口を開きそして話し始めたことは、あまりに過酷で残酷なことだった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ブックマーク・いいね・評価ポイントいただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ