076.正義の味方
寒い日が続く。
天気はいいのだけれど、晴れた日の方がむしろ気温が下がる。
今朝も布団から出るのが辛かった。
午前中の授業が終わり、昼休みになる。
生徒たちは自前の弁当を食べたり、校内のコンビニでおにぎりやカップ麺を買ったり、学校を出て近隣のお店に入ったり。
ぼくも含めて大半は食堂に行くのだが。
校舎の最上階にある食堂。
料理を提供しているカウンターが並び、生徒たちが今日のご馳走を物色する。
料理の匂いと人の群れの中に、五十鈴が一人でいるのを見つけた。
トレイを両手で持ったまま、深刻な表情で周囲をやたらと気にするように視線を左右に走らせている。
ポニーテールを振り回すその挙動は、ほとんど不審者だった。
(…なにしてるんだろ)
話しかけない方がいいのだろうか。見なかったふりをした方が無難だろうか。
人に見られたくないことなんて、誰にでもある。
理由はわからないけど、きっといまの五十鈴はそれなんだ。
そっとしておこう。素知らぬふりをして立ち去ろう。
でもなんで?ただの学生食堂で料理を取るだけなのだが?
そうこうしているうちに目が合ってしまった。
まずいところを見られたって顔をしてこっちを見ている。
どうする?話しかける?それとも逃げる?
いやここで逃げたりしたら余計気まずい雰囲気になるのでは。
何事もないように装って、偶然見かけたふりをした方が無難ではないか?
そうしよう。普通に自然に話しかける。
「いいいや…やあ、五十鈴さんじゃあ、あぁりませんか」
どこが普通で自然なんだ。こっちが挙動不審じゃないか。
「あ、ああ、きったやまくん。おおおはよう」
昼なんですけど。
やっぱり動揺してる。目が泳いでる。
しばらく沈黙。気まずい雰囲気が流れる。
とりあえず聞いてみる。
「あの。なにか困り事でも?」
「…」
トレイを両手で握りしめたまま目をそらしてる。
「…あれ」
五十鈴がカウンターのひとつを指差す。
『期間限定☆特大特製うに鮭いくらまぐろ大トロはまち丼』と書かれたプレートが掛けられていた。
その下には巨大な丼に海鮮が山盛りになった写真がぶら下がっている。
(あれが食べたかったのか)
「別に恥ずかしがらなくても」
「…恥ずかしいわよ」
確かに女の子が食べるにはオーバーサイズかもしれない。
トレイで顔の下半分を隠しながらこっちを伺っている。
「一緒に食べようか?」
「…うん、いいよ」
二人とも同じメニューを選ぶ。
かなり大きめの器に大量の魚介類。
五十鈴は有希葉と食べることが多いのだが、今日は有希葉は美術部に呼ばれたらしかった。
美術部員じゃないんだけどな。
窓際の席に座る。
広いガラス窓の向こうに街と海が見下ろせた。
雲ひとつない水色の空がまぶしい。
「おいしいよね☆これ」
五十鈴がさっきまでとは全然ちがう至福の表情で、大トロに噛み付いている。
「先月から楽しみだったの」
海鮮好きだったのか。
そういえばしばらく前に蟹づくしを食べてたな。
「来月の特別メニューは鯛のしゃぶしゃぶ食べ放題だって」
うちの食堂はあいかわらず謎に豪華だった。
しゃぶしゃぶって、鍋はどうするんだろうか。
「北山くんとお昼食べるの久しぶりだね。学校来てた?」
「来てるよ普通に。同じクラスだろ」
「そうだった」
鮭といくらがうまい。海鮮親子丼になってる。
「最近、いろいろおかしなことが起きているじゃない」
五十鈴がまじめな表情で話す。
あの事件のことがやはり気になるのか。
「そうだね。あれって五十鈴はどう思う?」
「不思議な出来事っていうのはいろいろあるけど、なにがどうなっているのか、その仕組みというか原因がわからないのは怖いと思う」
「事故なのか事件なのか」
「自然現象とは思えないけど、誰かがなにかやってるのかなあ。でも誰がどうやって?ものを壊したり、亡くなった人もいるし、もう犯罪を通り越してテロよね?」
何者かはわからない。
犯罪どころか、侵略者かも知れない。
「やっぱり自然現象というか自然災害ではないのかしら」
「もしそうだったら、これまでにも同様のことが起こってるはずじゃない?こんなの初めてだよね」
「どこかの国の秘密兵器とか」
陰謀論的なことは考えたくなるのはわかる。
「どこかの国どころか、異世界か宇宙人かもね」
「あはは、なにそれ。北山くんってそっち系?」
そっち系ってどっち系だろうか。
五十鈴がまぐろの赤身を箸でつかみながらへらへら笑っている。
「あまりに現実離れしているというか、信じがたいことが起きてるから、そんなことも想像したくならない?」
「本当にそうなら怖いけど、ちょっと見てみたい気もする」
ぼくが知る限りでは、異世界というのが濃厚ということになる。
だけど改めて考えるとそんな馬鹿な、という気がしてくる。
「あり得ると思う?」
「さすがに無理あるよね〜」
ではあの現象というか事件はなんなのか。
不思議な自然現象を魔物や妖怪のせいにしていた昔の人たちの気持ちがわかってくる。
「そのうち解明されるよ。きっと」
水菜月の謎も解明されるだろうか。
彼女の存在自体が超自然的なのだが。
脂が乗ったはまちを白米と一緒に口に入れる。
五十鈴に意見を聞いてみよう。
「たとえばの話なんだけど」
「うん」
「もしこの世界が誰か一人の苦労により支えられていて、だけどそのことが誰にも知られていないとしたら」
「その人のおかげであることを誰も知らないの?」
「もしそうだとしたら」
「その人はどれだけ苦労しても、誰にも感謝されないということ?」
「そういうこと」
「正しくないわ。そんな世界」
「それでそのおかげで世界が平和だったとして」
「誰かが犠牲になることが前提になっているのであれば、たとえそれで平和であったとしてもそれは正義じゃないと思う」
「もし五十鈴がその一人だったとしたら」
「わたしがその苦労をやめたら世界が滅ぶってこと?」
「みんなが不幸になるというか」
「それってうまくやったら、わたし支配者になれるんじゃない?」
「そのためには五十鈴のおかげで暮らせているということを、みんなが知らないといけないよね。それができないとしたら」
「みんなを不幸にしてやるわ。ばかばかしいもの」
まあそうなるよな。
「ある人がそうであることを、五十鈴だけが知ったとしたら」
「全力でその人を助けるかな。なにができるかはわからないけど」
その意見に激しく同意する。
そしてぼくはどうやらその状況にあるようだ。
「その考えにはぼくも賛成だ。そのときにぼくたちができることは…まずはぼくたちだけでもその人のことを理解することかな。話をよく聞いて話を信じて、少なくとも孤独を感じないようにはしてあげたいよね。なにか手伝えることがあればいいんだけど。それから…」
五十鈴がちょっと驚いた顔でぼくを見ている。
右手の箸にははまちの切り身。
「どうかした?」
「たとえばの話よね?」
「そうだよ」
「北山くんの話を聞いていると実感がこもっているというか、なんかまるで実体験みたい」
「え」
「ひょっとして実話なの?」
「まさか」
「な〜んだ。つまんないなあ」
実話だと言えば信じてくれるだろうか。
「世界の秘密を掴んだんじゃないのか」
そう言いながらあら汁をすすっている。
片足の小指ぐらいは突っ込んでいるかも知れないが、掴んではいない。
「もしあの四角く消えるのが自然現象だとして、原理を解明したら大発見があるんじゃない?」
確かにいま知られている自然科学の理論が覆るだろう。
「なんでも消せるんだったら、取り合えずゴミ廃棄問題は解決よね。産業廃棄物処理業者でも始めよっか?」
なんだその地味に堅実な発想は。
「核燃料廃棄物なんて結構いい値段になりそうじゃない?」
あこぎな商売をやりそうだ。
「消えたのはどこに行くんだ」
「知らない」
それは危険だろ。
「そのうち空から降ってくるんじゃないか?」
◇
特製丼のおかげでお腹がきつい。
五十鈴はこともなげに平らげていたが、平気なのだろうか。
食堂を出たところで五十鈴と別れて校庭に向かう。
玲奈嬢からお呼びがかかっていた。
雑用というか便利屋というか、そんな用事なのだが。
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