074.最近の出来事についてどう思う
水菜月といつものカフェ。
暖かい店内に入るといつものように橘香さんが迎えてくれる。
「今日も寒いですね」
ここしばらく心のざわつくことが続いたが、橘香さんの笑顔は変わらず清々しい。
それを見るだけでもここに来る価値がある。
「なに締まりのない顔してるのよ」
白いマフラーを巻いたままの水菜月に脇を突かれる。
橘香さんには上品に笑われる。
いつもの窓際の席に向かい合って座る。
予約しているわけでもないのに、毎回この席が空いているのはなぜだろう。
少し離れたテーブルで、近所のマダム風のグループが楽しそうにおしゃべりしている。
あとは一人客が幾人か見える程度。ノートパソコンを開いたり、分厚い本を読んだり。
壁に掛けてある大型テレビが、のどかな音楽と共にどこかの国の観光案内を流している。
緩やかなくつろいだ雰囲気がお店の中を漂う。
しかし水菜月の表情が少し疲れているようにも見えた。
「調子、良くないのかな?」
「ううん、体調は悪くないよ。ちょっといろいろあることはあるんだけど」
声に張りがあるので心配はいらないかも知れない。
気にしすぎだろうか。
むしろ疲れ気味なのはぼくの方だったりするのかも。
橘香さんが飲み物を運んで来てくれる。
「あの、しばらく前からニュースになっている話って」
世間で持ちきりの話題について聞いてみる。
「外部世界からの干渉によるものなんだろうか」
水菜月は沈黙してストローでグラスの氷を回している。
「…早くどうにかしないといけないのだけど…」
やはりなにかを知っているようだ。
「これまでもたびたび干渉はあったけど、目に見えてなにかが壊されるなんてことはなかったのに」
「あれはなにが起きているの?」
「空間の一部が削除されているみたいなの。こちらの世界の構造が理解されてきているのだと思う」
「外部世界はどうやってそれを?」
「侵入者たちが情報を送っていて、きっとそれを分析している」
水菜月の話ではこの世界の外側に別の世界があり、そこには別の住人がいてかつそれらがこの世界に害をなそうとしているということになる。
ぼくも含めて多くの人はそのようなことは知らないし、考えもしないだろう。
話したところで、オカルトでしかない。
空間の一部を削除、なんて言われて誰が理解できるだろうか。
しかしこれまでの認識では説明できないようなことが確かに起きている。
「その侵入者を見つけることは…」
「やれるけど、時間はかかる」
彼女の不思議な話にはもう、根拠がないからと荒唐無稽だと言ってしまうことはできないように思う。
多くの人が知らない破滅的ななにかが密かに進んでいて、その一部がすでに現れている。
水菜月はそれを止める方法を知っていて、やろうとしているのだろう。
だけど、一人きりで。
それに対処できるのが、どうやらなぜか彼女だけ。
他にいないのだろうか?
「水菜月のような人は、この世界に他にはいないの?」
「いないと思う。いままでに見つけたことないし」
確信があるようだった。
「でもこれは、わたしの役割だから」
まっすぐに前を見て、彼女はそう答えた。
作り話としか思えないような全く不自然な話なのだが、これまでのことを考えると否定しがたくなる。
この世界を作った人は、なぜ水菜月一人だけにしたのだろう。
もっと仲間がいればよかったのに。
ぼくももしそうであれば、水菜月と一緒に悩むことができたのに。
なにもできない無力感に、落ち込むこともなかったのに。
いまできるのは、水菜月の話を聞いてそれを受け入れること、ぐらい。
彼女の目にはぼくはどんなふうに映っているのだろう。
話を聞くだけ愚痴を聞くだけの役立たずだろうか。
励ましの言葉なんて、伝えたところで虚しく宙を漂うだけのような気がした。
だけど彼女には困難に立ち向かう強い意志があった。
「お気に入りのスイーツショップを一つ潰されたのよ。許せないわ」
使命感に満ちた表情で、パフェスプーンを握る手に力が入る。
そうゆうモチベーションだったんですね。
それで世界を救っていただけるのなら。
◇
「七州くん」
トイレから席に戻る途中で、カウンターの向こうにいる店長から声がかかる。
「彼女とはうまくいってる?」
水菜月のこと?
「ええ...まあ」
躊躇しながら曖昧な返事をする。
「七州くんの周りでは、なにか変わったこととか起きてない?」
店長も気にしているんだな。変わったことは、起きている。
そもそも水菜月とぼくが話をするようになったきっかけ自体が、おかしなことだった。
だけどここでは無難な回答をするしかない。
「いまのところは特になにも。でも友達とか、みんなやっぱり気にはしてますね」
「そうか。実はいつも来てくれていたお客さんが、急に姿を見せなくなることとか時々あってね。ニュースを見ていたりすると、なんかあったんじゃないかって気になるんだよ」
「そういえば以前、うちの学校でも行方不明になった生徒がいたみたいなんです。ぼくはよく知らないんですが」
「しばらく前にニュースになっていたやつかな。気持ち悪い話だね。昔はこんなことなにもなかったのに」
神隠しのような失踪事件は、いまでもたびたびニュースになっている。
それに加えて、今度は物が切り取られたように消える事件。
「店長はどう思いますか?この…ちょっと信じがたい出来事について」
「早いとこ真犯人が捕まって、種明かしをしてくれることを祈るよ。オカルトみたいな話は勘弁して欲しいね。テレビ見てても変なのが出てきておかしなこと言っているし」
両方の手のひらを上向きに広げて、お手上げのポーズをしている。
「あのケーキ屋みたいに、このお店をちょん切られでもしたらたまらないよ」
席に戻ると、水菜月がマカロンをがっついていた。
思ってたより元気そうだ。
「一つ食べる?」
どうも。
◇
駅までの下り坂。
西の地平線に向かって傾いていく冬の日の光が、歩道を歩くぼくたちを照らしている。
古びた路線バスが車道を通り過ぎていく。
「話を聞いてくれるだけでうれしいよ。それだけでずっと気持ちが楽になるから」
彼女はそうは言ってくれるけど、ぼくとしては情けない気分だった。
「なんでそんな顔するのよ。あなたはわたしを救ってくれたのに。ずっと前のことだけど」
「救うって、そんなことがあったの?」
「あったよ。あの時は...あなたがいなければ、わたしはいまはもうここにいなかったと思う」
「それは…」
過去にそんな大きな出来事があったのか。
水菜月になにがあって、ぼくはなにをしたのだろう。
救うというのは、なにからどうやって?
いなくなるというのはどういう…。
「覚えていないとは思うけど」
水菜月は立ち止まって、ぼくの方を向く。
「お願い。あの時のこと、いつかまた思い出して」
冷たい冬の夕日を背に、栗色の髪と三日月形のピアスが揺れる。
思い出せない思い出に胸が痛んだ。
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