073.四角い異変
始まりは些細なトラブルだった。
ある洋菓子店である客が、記念日用にホールケーキを購入した。
ところが客が自宅で箱を開けてみると、ケーキの一部が切り取られてなくなっていた。
店員の不手際だと考えた客は店にクレームを入れ、店側も原因はわからないものの新品と交換し謝罪した。
数日後、その洋菓子店の建物が破壊されているのを、朝出勤してきた店員が発見した。
警察が出動する騒ぎになったが、目撃者や夜中に不審な物音を聞いた人はなく捜査は難航した。
結局、原因も犯人もわからないまま捜査は打ち切られた。
店は営業を再開することなく、そのまま廃業してしまった。
しかし、その破壊のされ方が奇妙だった。
建物の前左上の半分以上が、四角く切り取られていた。
その切り口は重機での破壊やチェーンソーなどで切ったような形跡はなく、元からそのように作られたかのような滑らかな状態だった。
切り取られた部分はどこにも見つからず、まるで立方体の空間が消滅したかのようになっていた。
幸い店には誰もおらず、人的な被害はなかった。
最初のホールケーキのトラブルも、四角い箱型に切り取られていたと言う。
◇
学校の教室にて。
同級生たちが、そのことについて話している。
「ニュース見た?ケーキ屋の話」
「ああ、あれな。ほとんどオカルトだな」
「物が消えたり、人が消えたり、いったい何なんだろう」
「まあ、そのうち犯人が捕まるんじゃない?一時期騒ぎになっていたミステリーサークルも結局は手の込んだいたずらだったし」
世間ではそこそこ話題にはなっていたが、この時点ではそれほど深刻に考えられていなかった。
しかしその後、同様の破壊のされ方をした建造物や設備などがたびたび発見されるようになる。
そのどれもが立方体の形に切り取られ、切断面は滑らかで失われた部分は見つからなかった。
手がかりはなく、原因も犯人もわからないままだった。
被害の規模は次第に大きくなっていき、犠牲者も出始める。
道路が大きく陥没し、車両が巻き込まれて運転手が死亡したこともあった。
地下に箱型の空洞ができていたのが原因とされた。
巨大な吊り橋が切断された時には、かなり大きな騒ぎになっていた。
時折り発生していた失踪事件が世間に不気味な影を落としていたが、この消滅事件は人々の不安をさらに深刻なまでに増大させていった。
◇
テレビでは報道番組かバラエティか問わず、この話題が頻繁に取り上げられていた。
なにかの専門家とか評論家などと名乗る人物たちが持論を展開するのだが、どれもこれも何の根拠もなく憶測の域を出ない。
タレントたちがヒステリックに騒いで、全く意味のない議論が繰り返される。
挙げ句の果てに怪しげな如何にもという風貌の自称上位精霊を召喚できる占い師が、暗黒世界の邪悪な意思がこの世に降り立つのだとかなんとか言い始める。
で、その占い師が霊力を込めたお札を買えば救われるらしい。誰が買うのだろう。
と思っていたら、番組終了後に視聴者からの問い合わせが殺到したとか。
しばらくして、そのお札やらインチキ臭い救世主グッズがネットオークションで高値で転売されていた。
オンラインブックストアでは、占い師の著書がベストセラーになっている。
スマホのアプリストアを見ると、厄払いアプリの類がランキング上位に入る。
各種新興宗教団体のコマーシャルがテレビで流れ、新聞の折り込みチラシやネット上でも広告が頻繁に見られるようになった。
ネットの書き込みは賛否両論で喧々諤々。こういうのも炎上商法というのだろうか。
この世は思いのほか平和なのかもしれない。
◇
昼休み。
食堂で特選霜降り牛ステーキ定食をいただく。
加熱された鉄板の上で和風大根おろしソースがジュージュー音を立てている。
「旗章はどう思う?」
「まったくわからんな」
多くの人の見解がそうだろう。あまりにも不可解すぎる。
旗章の皿にはなぜか三人前のステーキがのっている。
「宇宙人の仕業とか悪霊の祟りとか某国の秘密兵器とかカルト集団の陰謀だとか言うような話は置いておくとして、それでも俺たちの知らないなにかがあるのではという気にはなるな」
ぼくはきっと「その知らないなにか」に片足を突っ込んでいる。
「なにかがあるとすればどんなことだろう」
「起きていることが非現実すぎるというか、突飛な話だが、この世界の構造が俺たちが知っているのとは違うのでは、なんてことも考えてしまうな」
「どう違う?」
「いま俺たちに見えているのは片面だけで、見えていない裏面があるんじゃないか、というようなことだ」
見えていない裏面。
世界が一時的に消滅するのも、火の鳥に変身する人がいるのも、そこに原因があるのか。
いずれそれを目にするときがくるだろうか。
ぼくも旗章も他の生徒たちも、あまり表情には出していないが、見えないなにかに対して言いようのない不安を感じていた。
「それでもよくわからないのが」
肉を頬張りながら話が続く。
「過去にこのような事件は起きていない。つまりここ最近の問題ということだ。となると根本的な世界構造なんて突拍子もない話はないだろう」
ぼくたちに本当の過去がないとしたらどうなるか。
「さすがに自然現象ではないだろうな。それなら昔からあるはずだ。であればやはり人為的な破壊行為なのではないか。からくりはわからんが」
人為的なことをやっているのが何者なのか。
それはぼくたちには知り得ないものなのかもしれない。
箸で牛ステーキをつまむ。
醤油風味の味付けと柔らかい和牛がご飯に良く合った。
学食の昼ごはんはいつもと変わらずうまかった。
◇
その日の夜。
自宅のベッドの上で仰向けになりながらぼんやり考えていた。
ついに来たのか、という感覚があった。
水菜月は次第に状況は悪くなっていると言っていた。
それが普通の人の目にも見える形になってきた、ということなのだろうか。
信じられないようなことが起きるとも言っていた。
それがこれなのか。
この世界自体がなくなってしまう可能性も話していた。
それもぼくたちが気づくことなくそうなるとも。
話を聞いた時はまったく実感が沸かない荒唐無稽に思えたが、いまはもう現実に起こり得る感覚が生じ始めている。
なにかが起こりつつある。
きっと水菜月はそれを知っている。
全てではなくても、他の人が知る以上のことを知っている。
ぼくには他の人と同様によく知らないままでいるという選択肢もある。
しかし水菜月といればそれ以上のことを知ることになる。
知らない方がマシなこともあるかもしれない。
だけど水菜月を一人にしてはいけない。
してはいけないというか、一人にしたくない。
彼女が一人で誰にも話せず孤独に苦しんでいるなんて、とてもほってはおけなかった。
明日は高台のカフェで水菜月と会う約束になっていた。
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