072.どっちの水菜月が…
夜の空を舞うオレンジ色の光が脳裏から離れない。
一方でそれが現実だったとも思えない感覚が錯綜していた。
冷静に考えてあり得ないもの。
人が炎の塊のような鳥の姿に変身して空を飛ぶなんて、現実と夢の区別がつかなくなっているのだろうか。
なんて気もしてくる。
誰かに相談したところで、例のごとく心療内科に行けと言われるんだろうけど。
だけどあれは紛れもなく現実。
ぼくは確かにそれを見た。
水菜月とよく話そう。
ぼくは彼女のことを理解したい。
驚くようなことがきっともっとあるとしても。
彼女は本当に何者なのか。
そう言うぼく自身も何なんだろう。
ぼくがこの世界について知っているのは半分だけ。
多くの人がぼくと同じ。
水菜月はなぜか残りの半分も知っている。
その彼女がぼくに関わってくると言うことは、ぼくも知らない半分に片足をつっこんでいる。
これからなにかが起きていく。
それは見たくないようなことかもしれない。
そうだとしても、この世界とぼくたちについて知ることになるのだろう。
◇
今日は学校帰りに水菜月と一緒だった。
校舎の外はいまにも雪が散らつきそうな曇り空。
吹く風も冷たい。
「早くいこっ」
寒いのが苦手で甘党の水菜月がせかしてくる。
大通りを下って中央駅へ向かう。
水菜月がいつもより早足なのは寒いからか、目的地が呼んでいるからなのか。
駅近くの広い歩道にある階段から地下へ降りていく。
中央駅の地下街。
平日だからかそれほど混んではいなかった。
白色が基調の床と壁と天井を、LEDの照明が明るく照らす。
両側にさまざまな店舗が並ぶ中を二人並んで進んでいく。
駅ビルの真下あたりが吹き抜けの広い空間になっている。
その一角にある少し前に新しく出来たチョコレートの専門店。
有名な海外ブランドのお店らしく、お洒落だけどちょっと高そうな雰囲気。
店の隣がイートインになっていた。
水菜月がお品書きとショーケースを食い入るように見ている。
彼女が眉間に皺を寄せる姿はあまり見たことがない。
店員さんも声をかけづらそう。
オーダーを済ませて空いている席に座ると、程なくして品が運ばれてくる。
水菜月の表情から上機嫌が溢れてる。
「いただきます!」
そう言って盛り盛りなチョコパフェを細長いスプーンでつつき始める。
甘いものが苦手なわけではないのだが、そんなにたくさん食べるものではないだろと思うぼくにとっては、パフェという食べ物はなかなか手が出ない。
が好きな人にとっては至福の一品なんだろうな。
周囲にも水菜月の同類と見られる客が多数いた。
というかそんな客ばっかりだった。
当然かもしれない。ここはスイーツの店。
ここ数日の間、脳内を占拠していた質問をしてみる。
「どちらのきみが本来のきみと考えたらいいんだろ」
「人か火の鳥かって話?」
「うん」
「どっちも」
予想というのは意外に当たるものだ。
それも望んでいない結果を予想した場合には特に。
そんな悩ましい答えが返ってくる気がしていた。
「両方ともわたしなの。コインの表と裏みたいなものかしら」
「どっちが表?」
「どっちも」
二つの小皿に洒落たチョコが、ぼくが三粒で水菜月が十粒。
「どちらかを選びたいのなら、あなたが好きな方を本来のわたしとしていいよ」
水菜月らしい回答がつづく。
両肘をテーブルについて両手で顔を包みながら、ちょっといじわるな目でこっちを見てくる。
右手にはパフェスプーン。
「どっちのわたしがいいの?」
「どっちも」
ふふっと笑ってまたパフェをつつき始めた。
こう言った仕草も、しばらく前までは見られなかったのだが。
海沿いの公園で見た巨大な火の鳥。夜空を舞うオレンジ色の光。
その正体は目の前の少女が変身したもの。
なんてやっぱり実感が湧かない。
「どうしたの?人の顔をじっと見て。見惚れているの?」
最近、やっぱり水菜月が玲奈っぽく感じるのは気のせいだろうか。
「この前は…驚きはしたけれど、水菜月のことを知れたのはよかったと思う」
水菜月は俯いている。
「ぼく以外にあのことを知る人がいないというのは、ぼくだけが知っているというのは、よろこんでいいことなのかな」
その質問には、水菜月は答えなかった。
「自分がそうであることにいつ気づいたの?」
「初めからわかってたよ」
「人と違うということは?」
「それも同じ」
ストローでグラスの氷を回す。
「わかってたよ。初めから。わたしだけ違うってこと」
別の気になっている質問をしてみる。
「あれってどういう仕組みなの?」
「仕組み?」
「あの変身」
「それは…どうなっているのかは自分でもよくわからないの。なにも特別なこともなく自然に出来てしまうから」
事もなげに話す水菜月。
「普通じゃないことをやっているのは分かっているんだけど、手のひらを開いたり閉じたりするのと同じような感覚」
他の人とは根本的に違うのか。
「いろいろ理解しがたいことはあるんだけど…でも水菜月のことを理解したいとは思ってる」
水菜月の表情が少し緩む。
「…うん」
それができるのは、ぼくしかいないだろうし。
「これからたぶん、いろんなことが起きると思う」
「いろんなこと?」
「うん。事件というか、信じられないようなことがきっとあるから」
さっきまでとは違って沈んだ表情で話す。
「それは誰にでもわかるようなこと?」
「そういうのがやって来るよ。そんな先じゃないはず」
なんらかの予兆か気配を感じているんだろう。
心の準備をしておくようにということなのか。
ぼくの小皿に一粒残ったチョコを水菜月がじっと見ている。
水菜月のパフェと小皿はすでに完食。
「…どうぞ」
「ありがとうっっ」
どういたしまして。
以前に比べて水菜月は表情と感情が豊かになったと思う。
心を開いてくれるようになったと考えていいだろうか。
店内は若い女性客が殆どで、数少ない男性客も女性を連れている。
ぼくもその一人ということになるんだろうけど。
うちの学校の制服もちらほら見かけるのだが、みんな女子生徒。
ということに気づくと、急に場違いな感じがしてきて居づらくなってきた。
「なにそわそわしているの?」
気付かれた。なんでそんなに勘がいいんだろう。
「男だけだと来にくい店だな、なんて思って」
「いいじゃない。かわいい女の子を連れているんだから」
やっぱり玲奈化してる。
◇
どちらも水菜月。コインの両面。そしてどちらも表。
深く考えなくてもいいのかもしれない。
ぼくがそれを受け入れるのなら。
彼女を拒絶するなんて選択肢は、そもそもなかった。
それがなにを意味するのかは、考えないでおこう。
考えたところで、なんの結論にも至らないだろうし。
なにがどうなったところで、ぼくは水菜月のそばにいるつもりだった。
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