071.炎の翼
水菜月とは最近は高台のカフェ以外で会うことも増えた。
毎回あの店だと店長と店員に茶化されるからと言うのもあるけど、いろんなところに行ってみたいのもあった。
このあたりは洒落たお店が多く、行き先には事欠かなない。
事前に調べたりしなくても、ただ歩いているだけで入りたくなる店はあちこちにあった。
体験学習で証券会社に行っていた水菜月は、デイトレードで一儲けしたのに分け前がなかったと愚痴をこぼしていた。
素人の高校生にデイトレードさせる会社もどうかと思う。
ちなみに海運会社が派遣先だった有希葉は、二週間の船旅がほとんどバケーションだったとか。
旗章は自動車メーカーのデザイン部で、朝から晩までクレイモデルを削ったり盛ったりていたらしい。
出版社だった五十鈴は、担当編集と一緒に逃げ回る小説家を追いかけて原稿の取り立てをしていたという。
各自それぞれ有意義な職業体験ができたことだろう。たぶん。
このような機会を設けて受け入れてくれる企業にも、それの調整をしてくれている学校にも感謝だと思う。
「玲奈さんと一緒だったんでしょ?楽しかったんじゃない?」
「おもしろかったけど、いろんな意味で疲れたよ」
豚汁とだし巻き卵。
「自由研究は仕上がりそう?」
「なんとか提出できるものにはなると思う。水菜月は?」
「わたしもあともう少しってところかな」
焼き魚にほうれん草のお浸し。
「地下街に新しいチョコレートのお店が出来ていてイートインもあって」
「先月オープンした時に長蛇の列になってたところね」
「まだ混んでるかな」
「平日の方がいいかも」
「今度行ってみない?」
「いいよ。じゃあ学校帰りにしようか」
豆ごはんと揚げ茄子。
「後で海沿いの公園に行っていいかな?見せたいものがあるから」
「公園で?」
「うん。広い場所がいい」
なんだろう。
広い場所で見せるもの。
なにか大技でも身につけたか。
デザートに抹茶ゼリー。
◇
大通りに面した家庭料理風レストランで夕食を取ったあと、海沿いの公園を二人で歩く。
あたりはもうすっかり暗くなっていた。
葉を落として幹と枝だけになった木々が並ぶ。
遠方には暗い海と人工島の明かりが見える。
背後にはきらめく夜の街。週末だけど、公園内の人影はまばら。
真冬の夜は冷えるけど風はなく、吐く息が白い煙になって顔のまわりを漂った。
「ちょっと驚かせてあげるね」
そういうと彼女は歩いてぼくから少し離れて、そしてもう一度こちらを振り向いた。
水菜月がぼくたちとは違う存在であることはわかっていた。
本人もそのように言っていた。
どのように違うのかは十分には理解していなかったが、同じでないことは理解しているつもりだった。
そうだとしても初めて見るもう一つの水菜月は、目を疑うような信じ難いものだった。
これまでに彼女が話していた不思議なあれこれが真実であると、受け入れざるを得ないようなそんな驚きをもたらすものだった。
彼女の体がオレンジ色に光り始める。
それが炎のようにゆらめいて全身を包み、背中から鳥の羽のようなものが現れて大きく広がりゆっくりはばたく。
炎の翼から飛び散る火の粉が、旋回する風にのってぼくたちを取り巻いていく。
変化していく水菜月の姿を見て驚きを感じつつも、どこか冷静にそれを受け止めていた。
人の姿は消え、輝く炎に包まれた巨大な怪鳥となっていた。
静かに舞い上がると漆黒の空と街の灯りを背景に、光の粒を散らしながら大きく弧を描いて、火の鳥が大空を舞う。
現実なのか幻覚なのか、まるで映画でも見ているかのような光景。
これまでにあった非日常的な出来事や、水菜月が語っていた理解しがたい話を思い出す。
受け入れようとしても、どこかで拒否していた。
だけどもうそれはできないのだと思い始めていた。
夜空を舞う非現実的な光。
消滅してまた現れる世界。
失われる記憶。
この世界はぼくが知っていたよりも、もう少し複雑なようだ。
きっとこれだけじゃない。
これからさらにいろんなものを、見ることになるのだろう。
平凡で平穏な時はもう終わるのかもしれない。
そんな予感が脳裏に浮かぶ。
(これからなにが起きるのだろう)
それは抗えない運命なのかそうではないのか。
どちらであったとしても、避けられないなにかに踏み込んでいっている。
その予感は確実な気がしていた。
冬の夜空をオレンジ色の光が揺らめきながら滑るように飛んでいく。
ぼくは黙ってただそれを見つめていた。
地上に降りて元の姿に戻る水菜月。
舞い散っていた火の粉も消えていた。
「びっくりした?」
「少しね。だけどきみがただの人じゃないのは、わかっていたから」
驚きはした。でも、
「きれいだったよ。とても」
それを聞いて彼女は少し笑った。安心したようにも見えた。
あの姿をぼくに見せるのは、彼女にとって勇気のいることだったのかもしれない。
公園にはまばらだけど、いくらか人がいた。
だけどだれも水菜月の先ほどの姿に気づいた様子はない。
「他の人には見えてないの?」
「いま見えていたのはあなただけ。わたしが意識した相手にしか見えないの」
「ぼく以外にその姿を見たことのある人は?」
「…いないわ」
彼女は少し言葉に詰まったように答えた。
「なぜぼくにだけ?」
「わたしのことを、あなたには知ってて欲しかったから」
だれにも見せたことがない?ぼくがいま見たのが初めて?
そのことは不自然に感じたが、その意味を知るのは、もう少し先のことだった。
◇
海沿いの公園から駅まで大通りを並んで歩く。
さっき見たもう一つの水菜月について考えていた。
「きみが火の鳥なら、ぼくなんてせいぜいハチドリだね」
水菜月は一瞬、表情が固まってそして盛大に笑い出した。
「それって、わかってて言ってるの?」
「わかってるって?」
「ううんなんでもない」
ハチドリが面白かったのか?
それともなにかあるのだろうか。
「火の鳥なのに名前が川とか水っぽいのはなぜ?」
「名前まで火だったら暑苦しいでしょ」
平静を装ってはいるが、内心かなり動揺している。
水菜月がただの人ではないことは、わかっていたことだ。
だけど、人の姿をした水菜月と火の鳥の水菜月。
どちらの水菜月を本当の水菜月と考えればいいのだろう。
自分の中で水菜月に対して、抑えがたい感情が生じ始めていることを否定はしない。
でもそれは叶わないことなのかもしれない。
というか到底無理な話ではないのか。
相手が、人ではないのであれば。
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